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魔法"処女"、狩屋三咲。 その6

魔法少女のオキテ Another Side の更新は今しばらくお待ちください。

次回も狩屋三咲編更新です。

 狩屋三咲は自らの寿命を対価とし、自称・悪魔の黒猫ルシファと契約した魔法少女である。魔法少女は一日一善を義務とされている。

 GWのある日、彼女は街の名士の息子で男子小学生の真柴秀典と出会う。彼から”不条理”の存在を感じ取った三咲とルシファは【一善義務】を果たそうと彼の自宅に訪れる。真柴家の家政婦・木下の案内で真柴邸を散策するも、三咲は真柴家の奇妙な点に気づく。そこには持ち主のいない大量の婦人服があり、そのほとんどに”H to M”という見慣れない刺繍が施してあったのである。


※※※


(何故だ・・・・・・何故こんな羽目に・・・・・・)

 悪魔は慟哭し、地に伏せった。

 その絶望は計り知れぬ深さである。未だかつて経験したことのないその深い絶望は悪魔の胸を痛めつける。

 墜天使の名を与えられた悪魔の顔は憎悪と嫉妬に歪んでいる。

 向けられたたぎるような怨嗟の視線は神のおわす天上へ。

 そして彼は叫ぶ。


(何でオレ様だけ猫缶なんだぁぁぁ!)


「いや、猫だからでしょ」

 三咲はミディアムレアのステーキを頬張りつつ呟いた。

 床に無造作に置かれた平皿にぶちまけられた猫缶に文句を吐くルシファを、冷淡にあしらう。

(不当な扱いだ!)

 ぷんすか怒っているその様子は、契約者である三咲以外には猫が鳴いているようにしか聞こえない。

「おねーちゃん、ルシファ、何か言ってるみたいだよ?」

 中世貴族のような長テーブルの向こう側で、秀典が器用にナイフを使いながらそう言った。テーブルマナーなど知らん、と適当に食器を扱う三咲とは違い、徹底的に仕込まれたようなナイフ捌きである。

「猫缶おいしいってさ」

(おい! そんなこと言ってないぞ!)

「あーはいはい。"にゃんにゃん"ね。よかったね猫缶」

 何でもないように咀嚼しながら三咲は返答する。

 今は食事に集中したいのである。

 それにしてもすごいブルジョワぶりだわ、と三咲は肉を切りつつ部屋を見渡してみる。

 ダイニングだと言われて通された部屋はまるで高級レストランの予約席をそのまま持ってきたかのような絢爛ぶりだった。シャンデリアが煌びやかに輝き、どう使うのかわからない燭台まで備え付けてある。その輝きぶりから行くと銀製のようだ。

 庶民の生活しか知らない三咲にとっては、夢のような空間だった。

 この肉も普通のスーパーで買えるような品ではない。日常的な食事とは思えない肉汁の香ばしさ。ほどよく焦げ目がついているものの、柔らかさは失われず肉本来の重厚な歯ごたえを感じることができる。三咲のナイフとフォークはとまらない。思わず瞳を閉じて声を上げてしまう。

「んー。うまっ!」

 頬を手でさすり、恍惚の表情を浮かべる三咲を、恨めしくルシファは睨む。

(あの女の拷問に耐えたと思ったら次は兵糧責めか。一体猫に何の恨みがあるんだ)

 そんなに猫の食事がイヤなら人間に憑依すればいいのに、と三咲なんかは思うのだがそれは無理らしい。知性の存在する動物にはなれないのだという。たまに犬や鳥の中にも抜きんでて理性と自我を持つ個体がいるらしく、そういった特定の動物にも憑依することができないのだとか。  

「ごちそうさまぁ」

 出されたプリンのデザートまで早々に片づけて、三咲は膨らんだ腹を満足そうに撫でた。久しぶりのまともな食事である。そのゆるみきった表情を、秀典は微笑んで見つめる。その視線に気づいた三咲は少し恥ずかしくなってしまう。

「何よ。あたし、やっぱはしたない?」

「ううん、違うんだ。誰かとご飯を食べるのは久しぶりだから」

 一瞬、秀典の表情がかげる。

「お父さんーー秀隆さんは? 一緒に食べないの?」

「父さんは忙しいから」

「木下さんがいるじゃない」

 そう言ったそのとき、給仕として働いていた木下が口をはさむ。

「主とともに食事をとる従者など従者失格です。わたくしはわたくしで別に食事をとってますから」

「でも一人でご飯はあんまりにも寂しいでしょうに」

「それが当家のしきたりです。不文律、掟と言い換えてもいいでしょう」

 掟、ね。

 三咲は心の中でその言葉を反芻する。

「秀隆様の教育方針でもあります。甘えさせないこと。自立の精神を磨くこと。秀隆様がそうおっしゃるならわたくしと坊ちゃんは従うまでです」

 当たり前だ、とでも言わんばかりに食器を片づけ始める木下。

 当の秀典も、何も言い返す様子はない。

 

 そのとき、猫缶を拒否して丸くなっていたルシファが視線を送ってきた。

 三咲もその視線の意味を理解している。

 聞くなら今以外にない。


「じゃあ、お母さんは?」

 三咲がそう口にした瞬間、木下の手が止まった。ナイフとフォークが危うく彼女の手から落ちそうになり、それに気づいて慌てて握り直す。

 明らかに様子がおかしい。

 木下は食器カートに使用済みの食器を収納し終えると、三咲に向き直った。その瞳には動揺の色が浮かんでいた。

「三咲さん。いくら客人と言っても貴女はまだ身元不明のーーキツい言い方をするなら”余所者”にすぎません。家庭の事情に踏入るのはいささか非常識ではないですか」

「木下」

 秀典が名前を呼んで諫める。

「三咲おねーちゃんも。つまらないお話はやめようよ」

 ね? と小首を傾げて微笑む秀典に、三咲もそれ以上の追及はできなくなってしまう。床で事の成り行きを見守っていたルシファに視線を送ると、彼も首を横に振っていた。

(これ以上聞き出すのは今は無理だな)

 それが結論であった。三咲も同意である。

「あ、別に気分を害するつもりはなくて。ごめんなさい」

「わたくしも言い過ぎました。申し訳ありません」

 

 その場はそれで収まったものの、どうも納得のいかない部分があるのは確かだった。不在の母親はいったいどうなったのか。あの"H to M"の刺繍を施してあった大量の婦人服の持ち主はどうなったのか。その点が最大の問題であるようだった。


※※※


 実は食事の前、三咲とルシファの二人でダイニングで待たされているとき、こんな会話をしていた。

(ここにいれば何かがわかる、と言ったな三咲。その根拠は?)

 木下に連行され再び水攻めにあった黒猫は、明らかに不機嫌な様子で三咲に聞いた。

「さっきのあの衣装部屋、大量に婦人服があった。ほんともう、デパート並。ううん、専門店でもあれ以上種類はなかなかないと思う。でもその持ち主はもういないって言われて。持ち主がいないなら何で売ったり処分したりしないのかなって不思議に思った。そしたら、その服のほとんどに刺繍がしてあったんだよね。"H to M"って。

 ブランドに詳しいわけじゃないけど、でも一応女だからね、あたし。有名なブランドなら聞いたことくらいあるはずなんだよ。でもそんな名前のブランドは知らない。一流志向っぽいのに、変なマイナーブランドなんて買うかなって思ったんだ」 

 三咲はうまく言葉にできないもどかしさを感じながら答える。

(言わんとしたいことがわからねぇよ。はっきり言え)

 苛ついた様子のルシファに、三咲はある仮定を提示したのだ。

「あれ、たぶんオーダーメイドだと思う。"H to M"はきっと、誰かが誰かに捧げる品だってことを記したものなんじゃないかと思ったわけ。"H"はたぶん、ここの当主の秀隆さん。そして"M"は秀隆さんの奥さんの名前なんじゃないか。そう思った」

 まとまりのない三咲の言葉を、ルシファは懸命に理解しようとした。

 そして、そのある仮定に達したのである。

(持ち主がいない、って言われたんだよな。じゃあ、それって)

 ルシファの言葉の続きは、三咲が補う。


「うん。たぶん、真柴秀典から感じた”不条理”はそれ。『母親の不在』だと思う」


つづく・・・・・・

 

H to Mに関しては某有名ブランドとは一切関係ありません!

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