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6話

 爆発が終わって疲労困憊となった躍斗だったが、立てないほどではなかった。全力疾走をした後のようになっただけだ。

「魔法と似てるかもですね」

 と、エステルが説明した。話に寄れば大きな魔法を使う時も相当な疲労が纏わり付くのだという。

「だとすれば、慣れもありますね。ただ、慣れすぎると限界を超えて無茶できるようになるって意味でもあるんですけど。限界を超えて無茶すると、気絶してそのまま目覚めないってことありますし」

「疲れてるうちはまだいいってことか」

 そんな注意事項を受けながら躍斗たちは、蹂躙され、動けなくなった蟲たちを尻目に躍斗たちは街の中央部へと馬車をゆっくりと走らせる。

 エステルの家が直轄する街だ。

 外壁といったものはなにもなく、家屋の寄り集まった市街地とそこから線引きもなく農地が広がっていた。

 外に広がっていくほど農地が多くなっている。

 躍斗がサーモバリック爆弾を爆発させたのはさらにその外殻となるが、殺傷範囲に蟲がすべて入っていたおかげで、一部以外は破壊せずに済んでいる。

「ぱっと見、農地はほとんど無事のようで良かったよ」

 馬車に揺られながら安堵の溜息を吐くエステル。

 元々は穀倉地帯を取り戻すものだったのだ。収穫ができなければ、目的の半分は失われてしまう。

「ですが、エステルさん。ここの守りはどうするんですか? 取り返しても維持ができなければどうにもなりませんよ?」

「一応、その辺りは王子様と相談してて、ここに兵士も置いてもらうことになってる」

「こちらに蟲の全軍が来たら?」

「転送魔法で全軍こっちに来てもらうことになるかな。だから、こっちの破壊された転送石を設置しないといけなくて」

 エステルの表情を見るに、抜かりはないらしい。

「領民はこっちに戻ってきてもらわないといけないし」

「でも、こちらの領地はこの状況でエステルさんの好きにさせてもらえるんですか?」

「まあ、ボクのやることはそんなにないよ。収める税金の話はほとんど関係ないしね。それに王様はほとんどやる気なくしちゃってるし。今、やる気あるのは第四王子様だけだよ」

 エステル曰くそれが民にも伝播し、全滅に怯え続けているという。

「シモナもそうだしね」

「………」

 突然話を振られたシモナは、反応を返さなかった。御者に集中しているらしい。

 彼女もまた目に力がない。諦観の中にいる人間だ。

 だが、エステルはしつこくシモナに話を振る。

「ヤクト様がいるんだから、どうにかなるって。だからボクたちみたい若い人間が率先していかなきゃダメだよ」

「英雄がひとりいたところで世界は救えない。このまま島を取り戻しても、結局は次々に蟲は送られるんだ。全滅までの時間を稼いでいるだけだろう」

「もう……やってみなきゃわからないじゃない。シモナだけなんだからね。ひとりだけで蟲を倒せるの」

「………」

 それきりシモナは黙ってしまった。

 すでに諦めの入っているシモナがこうしてエステルに付き従っているのは、彼女が心配だからという感情がありありとわかる。

 もしかしたら、彼女はエステルと静かに最期の時を過ごしたいのかもしれない。

「俺ひとりがいてもな……」

 力を貸している躍斗だが、それでもこのまま世界が救えるのかというと実感はない。

「早く実情を知らないとな」

「そうですね。まだ世界の大きさもわかりませんし」

 躍斗の呟きに、レオナが返した。

 彼女は彼女でできることをやろうとしている節がある。

「やることがありませんから」

 とは彼女の弁だが、躍斗が思っているよりも強い女性なのかもしれない。

 ……もっとも装甲車の目の前に晒されれば無力であることには変わりがないが。

「さて。この死骸はうちの私兵を使ってどっかに投棄して……」

「エステルさん。この蟲って使えませんか?」

「は!?」

 いきなりのレオナの提案に、エステルは眼を丸くした。

 シモナも躍斗もだ。前にも似たような反応になったな、と躍斗は我ながら思う。

「この蟲、外皮は相当硬いですし。剣や槍に加工するとかできそうです。内臓にも何かしらの利用価値があるかもしれません。虫の死骸は肥料になりますし、生育にも影響がでるかもしれませんよ。蟲の死んだ場所で生育が良くなったとか、そういう報告はないんですか?」

「……そう言えば、何か妙な報告はあったような」

 シモナが思い出すように言う。

「もっとも、虫の死骸がそのまま肥料になるわけではないので……。土中の微生物や菌の餌にならないとダメですからね」

「えっと……ごめん。微生物? 菌?」

「まだその辺りまで化学は発展してませんか」

「……ふたりのいる世界って、相当進んでるんだね」

「どうなんでしょう。わたしたちの世界では魔法というのはありませんでしたし、科学の代わりに魔法が発展したのかもしれません。書物で読ませてもらった限りは、科学ではできないようなこともできますし」

 昨日の夜、レオナは書庫に行き、魔法の書物を読んでいた。「常識に囚われてると、頭がクラクラしてきます……」とは彼女の感想だ。

「こう、氷を発生させるとか、大地を隆起させるとか、食物の生育を促進するとか……星を落とすなんていうのもありましたよ。氷河期突入の魔法かと……」

 それでも実用的なものは相当見つかっていたらしい。

「転送魔法はもはやわたしたちの戦術をまとめて覆すような代物ですね。わたしたちはせいぜい列車で兵員や装備、食糧を運ぶぐらいでしたし……。タイムラグ無しでそれを送られたら相手陣地を潰すには、真正面からとか奇策を以て潰すとかではなく、転送の目印となる石を密かに置くというのが最大の戦果となると思います」

「俺らの時代は長い距離の輸送だと飛行機だったけどね」

「あ、やっぱり時代は航空戦に移ってましたか。いずれは空だろうな、とは思ってましたが」

 事実、日本軍が真珠湾を攻撃して以降はどの国も戦術が変化した。

 特に海の上では軍艦からの魚雷や砲撃という時代から、艦載機からの魚雷や爆雷が主流になっている。

「飛行魔法もありましたので、これも積極的に使っていければいいんですけどね」

「飛行魔法かー。でも、ちょっと難しいんだよね。飛行魔法って」

「エステルさんでも無理なんですか?」

「ううん。ボクはできるよ」

 そう言うと、彼女は座りながら三十センチほど軽く浮いて見せた。

 釣り糸も何もなく浮いてみせるエステルに、躍斗は少し頭がくらっとした。

「なるほど。常識に囚われてると、頭がクラクラする……か」

 そんな躍斗を余所にエステルは椅子へと戻る。

「鳥みたいに飛ぶこともできるけどね。召喚魔法を使ったせいで、今は魔力がからっけつなんだ。だから、できる限り回復させておきたいから」

 どうやらその魔力が魔法を使うための力ということらしい。

 ただ、ゲームのように宿屋で寝れば全開するというわけでもないようだった。

 血液を抜き取るようなもの、とはわかりやすく教えてくれたレオナの話だ。

「200mlを献血した場合、成分も含めると約2、3週間で回復するらしいな」

「ペース的にはそれとよりも遙かに早いですが。どうも内臓に魔力を溜める貯蔵庫器官があるようで」

「前にエステルがこの世界に馴染ませた……ってことは、俺らにもあるのかな」

「かもしれませんね。わたしたちも使えるのかもしれません」

 すると、エステルが楽しそうな笑顔を躍斗たちに向けた。

「家に戻れば検査用の器材があるからわかると思うよ」

 とのことである。

「ただ、こればっかりは資質によるし、習得には前も言ったけど時間かかるから」

「便利なスキルを簡単に覚えられたら、どれだけ楽になるかわからんよ」

 躍斗はその辺りをちゃんと弁えている。

 この災害を再生するという能力が例外すぎるのだ。

「一番時間かかるのって育成ですからね……」

 レオナもまたしみじみと言う。

 何かうっすらと記憶があるのか、難しそうな顔をしてた。

「レオナ、記憶って戻ったのか?」

 ふと聞いてみると、ふるふると首を振られる。

「少なくとも思い出といったような記憶はないですね。知識だけはあります。合ってるかどうかはわからないですけど……」

「でも、話の流暢な人間だったのかな?」

 初めて会った時はほとんど喋らない女の子という印象だった。

「はう……うるさいですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

 レオナが恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 その様子を見てエステルがニヤニヤと笑っていた。

「黙って」

 シモナが突然、会話を遮断するように声を被せて、馬車を止めた。

 緊張感の無さに怒ったのか、と一瞬躍斗は思ったが、どうも違うようだ。

「エステル、御者お願い」

 彼女は馬車から降りた。そして、腰の鞘から剣を抜き、自身を盾にするよう馬車の前に立つ。目線だけで周囲を見渡し警戒していた。

「そこの脇道に」

 そう言われたエステルは、鐙を操って車を市街地の細い道の中へと入らせる。

 音が、轟く。

 何かが走ってくるような――巨大な生物が走ってくるような音。

「はぐれた蟲がいたのかなぁ……」

 エステルが小さく溜息を吐く。

「仕留めきれなかったのか?」

「だね。森の方に行ってたんだと思う。で、戻ってきたら……」

「仲間がやられて怒っている、と」

 躍斗の言葉にエステルはこくりと頷いた。

「まあ、一匹だし、ちょっと覗いてみる?」

 エステルの指は先程まで歩いていた大通りの道を指している。

「いざとなったら、転送魔法で逃げるから手は掴んでて」

 エステルが馬車から降りて引いている馬擬きを繋いでから、躍斗たちも馬車を降りた。

 そして、躍斗とレオナはエステルの手を握ったまま、家の壁に隠れて大通りに顔を出す。

 装甲車のような蟲が、こちらに突撃してきているのが見えた。

「い、いくら何でも無茶なんじゃ……」

 レオナは怯えた表情で推移を見守っている。体も震えていた。

 躍斗も若干膝が震えた。

 生身で装甲車にひとりで勝つなんて――。

「はっ!」

 シモナが走り出す。それはまるで当然のように蟲の方だ。

 ひとりの少女と、装甲車のような蟲が交差する――その瞬間だ。

 シモナは剣を振りかぶって跳躍した。蟲の上背よりも高く。

 この時点でレオナと躍斗は絶句した。この世界の人間は五メートルも上に飛べるのかと。

「はああああああああああああああああああああああああああっ!」

 そして、落ちる勢いのまま剣を振り下ろす。

 それは寸分違わず、頭部と胸部の接ぎ合わせったところへと落ちた。

 ギィン! と甲高い音を響かせて、頭部と胸部は――千切れる。

 斬られた部分から体液が迸った。

 それを気にすることなく、着地したシモナは千切れた胸部へと向かい、その胸部と腹部に肉薄する。

 そして、事も無げに剣を振り上げた。

 まるでバターでも斬っているかのように、胸部と腹部も別れを告げる。

 しばらくビクビクと動いていた蟲だったが、三分割されてしまい、とうとう動かなくなった。

「人とは思えねぇ」

 躍斗がそんな失礼な感想を漏らすと、エステルはぷっと吹き出す。

「この国でもシモナだけは特別だもん。ああして斬鉄ができるのはシモナだけだからね。他は弱い箇所……肢を斬っていくしかないから」

「彼女が十人いれば、この国は守れるんじゃないですか?」

 レオナがそう言うと、エステルは首を傾げた。

「どうだろう。斬鉄って相当集中力使うらしいし……瞬発的な力では蟲を圧倒できるけど、長期間となると、ね」

「彼女の剣の素材は、一般的なものなんですか?」

「うん。いい鋼は使ってるけど、そこまで稀少なものじゃないけど」

 エステルからの返答を受けたレオナは少し考え始める。

「これなら、もっと固ければ……」

 と、ブツブツ言っている。

「終わったぞ」

 まるで運搬作業でも終わったかのような気軽さでシモナが戻ってきた。

「ああ、もう顔に少し体液付いちゃってるよ」

 エステルがそれを持ってきた布で拭き始める。

 少し嫌そうにしていたシモナだったが、抵抗はしなかった。

「シモナって凄いんだな」

 躍斗が感心したように言う。心の底から出た言葉だった。

「う……いや、あのぐらい騎士を拝命した身としては当然です」

 そう言いつつも、シモナは照れたように顔を俯ける。

「そ、それにヤクト様の方が凄いんですから。私など……」

「俺のは努力して手に入れた力でもない。あの力は日々の修練で手に入れたものだろう? それに、俺のは忌み嫌われる力だからな……」

 災害を望む者などいない。

 どうせだったら彼女のような力がほしかった。

 あるいはエステルの力でもいい。

 破壊しか生まない力は、まだ受け容れられない。

 口を真一文字に結んだ躍斗を見て、シモナは小さく口を開く。

「……どのような力も過ぎれば忌み嫌われますが、正しく使えば周囲は正しくそれを理解するでしょう」

 シモナはまるで躍斗をフォローするようにそう語った。

「私の力とて、やろうと思えば人を何人でも虐殺可能なんですから。力は使いようです。どのような力であれ、正しく使えば道を違えることはありません」

 そして、彼女は一礼する。

「差し出がましい真似をしました。それと、お褒めの言葉、感謝致します」

「いや、こっちこそ。ありがとう」

「では、行きましょう。エステルの家はすぐ近くですから、車もここに置いていきましょう」

 シモナは率先して歩き出す。

「あ、シモナ、そっちじゃないよ」

「えっ!?」

 慌てて戻ってくるシモナ。

 少しそそっかしい騎士様だった。


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