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5話

 夜が近くなった頃に、エステルは戻ってきた。

「ただいま帰りましたー」

 寝室にノックもなく入ってきたエステルは、寝ているレオナと手を握り合っている躍斗を見て、「お邪魔しましたー」と踵を返した。その後、すぐにレオナが起きて、躍斗が説明し事無きを得たが。

 レオナという名前を思い出したことを伝えると、

「よろしく、レオナさん! 体調も大丈夫みたいで安心した」

 と、エステルも握手を交わした。

「さて。お腹減ったでしょ? パン買ってきたから食べよ」

 買ってきたというパンを受け取り、そのまま躍斗は囓る。少し固かったが、ちゃんとしたパンになっていた。

「小麦はあるようですね」

「相当、俺たちの世界に近いような気がするんだが」

 パンと食べながら、躍斗とレオナは腹を満たしていく。こちらに来てからというものお茶ぐらいしか飲んでいなかったので、特に美味しいと思えた。

「シモナは?」

 半分ほど食べ終えてから、躍斗はもうひとりがいないことについて尋ねた。

「自分の家に帰ったわよ」

 躍斗が聞くと、エステルはシモナは別の家の長女なのだとか。

「女で騎士ってのは珍しいな。あんな若いのに」

「あら。躍斗様の世界ではそうなの? こっちではそう珍しいことじゃないよ」

 そんなエステルの説明を聞いて、今度はレオナが口を開く。

「こちらの世界では、軍に属する女性というのは珍しいですから。前線に出張るような女性は稀なんです」

「へー。それだと女性蔑視激しそうだなぁ」

「仰るとおりです。もちろん、中は英雄となっている者もいますけど……」

 特に必要もないだろうと敢えて躍斗は語らなかったが、躍斗の住んでいた時代では少しずつ改善はされていたが、それでもやはり自衛官は五パーセント前後と男性の方が多い。

「それに、英雄という意味なら彼女も英雄よ。この国で一番強いしね」

「は?」「え?」

 躍斗とレオナは揃って声を出した。

「おや、信じてない? でも本当。蟲の一匹や二匹ぐらいならシモナひとりで倒せるもの。五匹までならどうにか、みたいなことを言ってたしね」

「マジか。もしかして、そんなやつが――」

 ごろごろいるのか? と聞こうとして口を噤んだ。

 いれば戦局はここまで悪くなっているわけがない。

「彼女と彼女以外の差が激しくてね。シモナが言ったけど、蟲を倒すには熟練の兵士が六人必要。それだって、ひとまず動けなくするだけだしね……。シモナだけが特別なのよ。英雄の一族だしね」

「英雄の一族、ですか?」

「ボクの御先祖様が呼び出した一族の末裔なの」

「俺と同じように召喚したってことか?」

「うん。そして、その英雄はここに住み着いて子を成したの。もっとも、子を産んでから行方不明になっちゃったけどね」

「何があったんだ?」

「何百年も前の話だけど、この世界に巨大な龍が現れて、世界は滅亡の危機に瀕してたの」

 よくよく滅亡に瀕する世界だ、と躍斗は思ったが口には出さなかった。

「で、ボクの御先祖様が初めてそこで世界を救う人を召喚したんだ。その英雄は仲間と共に龍を倒し、世界は平和になりました……って感じ」

「本当にファンタジーだな……」

「ですねぇ……」

 龍を倒す英雄なんて、物語の世界だけの話だった。

「それって本当に起こったことなのか?」

「うん。国営の図書館に行けば文献はいくらでもあるし、ちゃんと魔法でその時の姿も綺麗に収められてるよ。動いている姿も見られるしね。もう閉まってるから、見るとすれば明日になるけど」

 不思議な世界だ。と、躍斗は心底思う。

「エステルさん、魔法について教えてもらえますか?」

「え。魔法? レオナさんに使えるかどうか、ちょっとわからないよ? 魔法はどうしても先天的な才能だし。実用できるまでは――」

「いえ。魔法でどんなことが可能なのか、ですね。現時点で人を異世界から呼び出す召喚や人の転送、そして映像の保存ができるようですし。あと、エステルさんは最初であった時、『蟲たちを二十二匹、溶かしちゃうなんて。さすがにボクの魔法でも無理かな、これは』って仰っていました。これはつまり、何匹かは溶かせるということじゃないでしょうか?」

 エステルが絶句していた。躍斗もだ。

 何気ない一言からよくそこまで想像できるものだと躍斗は感心する。

「別に大丈夫だけど、どうして?」

「差し出がましいようですが、エステルさんの領地奪還をわたしにも手伝わせてほしいんです」

「も、もちろんそれはこっちからお願いしたいぐらいで」

「そのためには自分たちの戦力を知らなければなりませんから。正直に言えば、ヤクト様の力は使いどころが限られます」

「ど、どうして? って、あっ――」

 エステルもレオナの言わんとすることに気付いたらしい。

「災害というのは確実にその街を破壊します。焦土戦術でも実行しない限り、その後の復興にも時間がかかります。建物の建築や道路の整備、それらには資材も必要です。領地を取り返すのであれば、無傷で取り返すに越したことはありません」

 確かにインフラの整備は大事だ。特に道は兵站にも関わる。

 それに元はと言えば、穀倉地帯を取り戻して食糧事情をどうにかするというのが一番の目的なのだ。破壊しては元も子もない。

 また植えればいいかもしれないが、収穫できるならした方がいいだろう。

「そうだよねー。その辺りの話はシモナにもされたんだけど……」

「環境を破壊せずに、生物だけを破壊するような災害はありませんし……」

 ないことはない。

 毒ガスの噴出などの災害は建物を壊すことなく、人だけを死滅させたこともある。

 ただ、植物にも影響を与えることがあり得るため、どちらにしろ使えない。穀倉地帯じゃなければ使ってもいいかもしれないが。

「いや――」

 ただ、躍斗の得た力は自然による災害だけではない。

 そもそも『明暦の大火』とて人の起こした火で起こった災害だ。放火かどうかの事件性は別にして。

「ひとつ。災害とは言えないけど、それを可能にするものがある」


     ◇     ◇     ◇


 次の日。馬に似た動物に引かせた車に躍斗たち四人は乗り込んだ。躍斗もレオナも見たこともない動物で、馬との大きな違いは何本にも分岐した立派な角があることだ。あとは若干馬に比べて短足だが、その分太く胴体も一回り大きい。

 口とその角に革紐が結ばれ、制御しているようだった。シモナは御者となって、それを操っており、随分と慣れている。そして、馬に比べると若干早いように思える。

「馬車の最高速度は二十キロほどのはずなんですが……!」

 レオナは縁に使って顔を青くしていた。実際、四十キロぐらいは出ているのではないだろうか。幌も付いているし、椅子も座り心地がいい。だが、風通しのよさのせいで恐怖が勝っている。

「まあ、厳密には馬じゃないっぽ――まあ、馬でいいか」

 どうもこの世界の動物は、バッタ物的な動物が多い。もっともエステルやシモナからすれば躍斗やレオナの世界の動物の方がバッタ物に見えるだろうが。

「もう少し、早くもできるよ。魔法使えばもっといけるし」

 この世界の凄さの一端を味わいながら、その馬車はエステルの領内へと入る。街道が整備されてたとはいえ、朝から三時間ほどかかった。

 エステルの家が見えるという高台へと登り、周囲を見渡す。街やその外、穀倉地帯が一眸できた。

「確認できるだけでも、十五匹ほどいるな」

 シモナが呟く。

 確かにそれぐらいの数の蟲がいた。我が物顔で領内を闊歩している。ある程度、固まっているようで、また大きく動く様子もない。

 巨大なだけあってよく見える。ただ、蟲は躍斗たちに気付いている気配がなかった。

「視覚はそこまで良くはないのですかね……?」

「あまり気にしたことはなかったな」

「どこまで気付かれずに接近できるかどうかは重要な情報です。とはいえ、優先すべきこともありますし、少しずつわかったことを覚えていきましょう」

「あ、ああ……」

 シモナはレオナの言葉に逆らうことなく頷いていた。

「ヤクト様。本当に可能なのですか?」

 そして、続けてシモナは水を躍斗に向ける。

「あいつらが生物として当たり前の機能を持っていれば、だな。効かなかったら、効かなかったで別の策もある。そっちは、まあ、復興をする必要が出てくるけど」

 エステルからのオーダーは、建物やその他諸々を壊さずに奪還――つまり蟲だけの撃滅だ。

 さすがに建物をまったく無傷で、というのは難しいが、それでも被害の少ない場所を選択して最大の効果を得ることはできるだろう。

 蟲が集中している範囲は、そこまで広くない。一キロもないのだ。

「あの範囲内であれば、おそらく全部に届くはず」

 躍斗の説明をまだ話半分としか捉えていないエステルたちは少し不安げだ。さすがに便利すぎる代物にしか思えない。

 レオナもまた半信半疑の顔をしている。

 当然だろう。

 これは、レオナのいる時代の代物ではないのだから。

「……よし」

 覚悟を決めて、意識を統一する。

 躍斗は以前と同じように手の平を天に掲げた。


 時間――西暦2002年3月2日。圧縮、60秒。


 場所――北緯33°、東経69°


 範囲――6431平方キロメートル。圧縮、1500平方メートル。


 内容――気化爆発。


 前回と同じように情報が頭の中ではめられていく。

 掲げた手を、躍斗は勢いよく振り下ろした。

 躍斗たちを中心に、またも外部を遮断するかのような半透明の薄い膜が生成され、躍斗らを包む。

 ただ、外部は即座に何も起こることはなかった。

 エステルが訝しげな顔をしていると――。

 建物のある市街地から大きく外れた場所の空中で、小さな霧が発生する。

 その瞬間、轟音と共に巨大な爆発が起こった。

 火柱を上げ、黒煙を吹き、爆発が起こった周辺を蹂躙する。

 まず、衝撃波によって爆心地の近くにいた蟲はその身体が千切れ、大きく吹き飛んだ。そして、千切れた身体は宙から次々と地上に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。

 それだけで終わらない。

 爆心地の近場にいなかったはずの蟲もその場で動かなくなり、身体を震わせてから動かなくなった。

「なに、これ……」

 エステルが目を見開く。

 シモナもレオナも、何が起こったのか理解が追いつかない。

 一瞬のうちに何匹、いや何十匹もの蟲が無力化していたのだ。そう思うのも無理はなかった。

「前以て説明していた通りのものだよ。サーモバリック爆弾っていう、強力な爆弾だ。俺も見るのは、初めてだけど……」

 言うなれば兵器だ。

 躍斗の持つ災害の力は、こういった兵器にまで及んでいた。災害は元々、広い範囲の意味を持つが、躍斗の力は戦争の一場面までもが災害として扱われている。人災か自然か――違いはそこだけだ。

「桁外れの威力ですね……。でも、爆発に巻き込まれていない蟲まで本当に動かなくなるなんて……」

 爆弾というものは、爆風と破片によって目標物を破壊する代物だ。爆薬と信管を使い、爆発を起こさせる。

 しかし、サーモバリック爆弾――燃料気化爆弾は燃料を空中に放出し、空気と攪拌させた状態で着火させて爆発を起こす。

 特徴的なのは、広範囲に発生する衝撃波と熱風だ。

 人が喰らった場合、急激な気圧の変化による内臓破裂を起こさせる。合併症による窒息死までさせるのだ。

 それはあの巨大な蟲にとっても強烈に効いたようで、影響下にいた蟲はまったく動かない。呼吸器がやられたか、そのほとんどが生命活動を絶たれていた。

 爆心地やその近くの範囲内に建物に被害は出る。しかし、通常の爆弾に比べ、建物に対しての影響は小さく、堅牢な建築物に対してはあまり効果が高くない。

 だからこそ、建物をあまり壊さずに蟲だけを倒せるであろうこの兵器を選択した。

 躍斗は自身の知る限りの情報を前以てエステルたちに説明していたが、どこまで理解していたかは微妙なところだ。

「一部は壊れちまったけど……これは勘弁してくれ」

「う、ううん。問題ないよ。穀倉地帯はほぼ無事だし、壊れた家屋も少しだけっぽいし」

 エステルは目の前で起こったことがまだ把握できていないのか、その声は震えている。

 躍斗自身もまた肉眼で見て、さすがにうっすらと恐怖を覚えた。

 そもそも躍斗とてある程度の知識は埋め込まれたが、実際に見たのはこれが初めてなのだ。

 この現象で、爆発で、衝撃で。これで正しいのかどうかの比較もできない。空気中の成分が違えば、また別の反応を起こすはずだからだ。

 この世界に召喚された時、エステルは身体を世界に馴染ませるといっていたため、空気中の成分が同じかどうかは定かではないが、同じ爆発が起こったかどうかなど躍斗に確かめられるはずもない。

 わかったのは凄まじい爆弾だったということだけだ。

「未来で、こんな爆弾が……」

 レオナの呟きを余所に、その未来の爆弾がもうひとつ遠くで炸裂する。

 衝撃波はこの膜が遮断しているのか、まったく届かない。

 そして、二回目の爆発で目に見えていた蟲はすべて動かなくなった。この時の爆弾は二発の投下で終わり。つまり、これで終わりである。

「こんな一瞬で片が付くなんて……」

 シモナが未だに信じられないような表情を浮かべていた。桁違いの威力に、それ以外の言葉がないのだろう。

 しかし、この爆弾など今まで起こった戦争から考えれば、氷山の一角に過ぎない。

 インフラの維持を考えなければ、核爆弾もある。

 生物を考慮しなければ、中性子爆弾で建物を壊すことなくあの化け物だけを殺すこともできるはずだ。もちろん、効けばの話だが。

 手に余る災害とも言える兵器が擬似的に使えるという事実に躍斗は身震いした。

 しかも、躍斗がこれを使った場合、それだけではすまない。

 エステルの説明を信じれば、これが使われたという事実が躍斗のいた世界でなくなっているのだ。歴史が変わっているかもしれないというのである。

「災害を歴史から抹消するのは、善悪としてはどちらなんだろうな……」

 躍斗は誰にも聞こえないように呟く。

 災害がなかった方がいいという者はいるだろう。当事者であればなおさらだ。

 躍斗とて当事者だ。東北地方太平洋沖地震などなかった方がいいと思っている。家族は無事でも、大事な幼馴染みはそれで行方不明になったのだから。

 ただ、それを「なかったこと」にしていいかどうかはまた別の話。

 災害で尽力した人々の努力や悲しみを、人の積み重ねてきた歴史――それらすべて無にする行為である。

 しかし、答えが出ようはずもない。

 躍斗の疑問に答える者などいるわけもなかった。

 それでも。

 躍斗も、世界も、今はこの力に頼るしかないのも事実だった。


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