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14話

 ひとまず、戦いは終わった。

 引き波も終わり、今は街を囲む壁もなくなって、元通りの地形になっている。

 魔法使いたちは、形容魔力も発現魔力も相当失ったようで、大部分が動けていない。

 魔力容量が大きい者たちだけが動けている。

 蟲はというと、文字通り一掃されていた。

 もはや彼らは鉄くずのように動かない。

 すべてが溺死したこともあって、下級兵士たちが蟲から素材を剥ぎ取っている。

 3000匹以上の蟲の素材だ。

 いつ終わるかはわからないが、兵士全員でやればそこまで時間はかからないだろう。

 彼らは万が一、街中に津波が浸水した時のために土嚢を積み上げていたが、取り越し苦労となった。

 砲撃された際に、壁が破壊され、そこから水が入ったようだが、それも大した量ではない。

 ただ。

 石造りの街は五割以上の家が地震によって崩壊していた。

 城の上から街を見下ろすと、まさに滅んだ街のように見えるかもしれない。

 だが、生き残った人々は強く、家の再建を行っている。

 家が元通りになるには時間がかかるだろう。

 そのために必要な措置はリボル王子が一手に引き受けていた。

 またリボル王子は五メートル以上の壁を作ることを宣言し、人々に希望をもたらしている。

 砲撃に対しては魔法を防ぐための障壁を張るということで、砲撃を防ぐ魔法に関してはオルガがその任に着くということだ。


 それが、躍斗が起きてから説明された、ここ数日の状況である。



 躍斗が起きた時、ベッドの周りには三人が心配した顔で覗き込んでいた。

 特にエステルは回復魔法をかなり使ったのか、少し顔色が悪くなっている。

「また溜め直しだね。あははははっ」

「悪かったな。貴重な魔力を」

「ヤクト様の命には代えられないもん」

 そう言って彼女は小さく笑う。

 いつも通りの、彼女らしい笑顔だった。

「よかった……ヤクト様……」

 シモナは静かに、そう言葉を掛けてくるだけだった。

 しかし、その声色が心の底からの心配であったことを、今までの違いから感じている。

 彼女は常にレオナや躍斗に対して一歩引いていた。

 だが、今は違う。

 今までとは段違いの温和な表情をしていた。

 もういくらか吹っ切ったのだろう。

「……私も生きていく。ヤクト様と共に」

 そんな呟き。そして、彼女も小さく笑った。

 涙をボロボロ流していたのは、レオナだ。

「ほんっっっっっっとおおおおおおおおに、心配したんですから!」

「ごめんな……。でも、無茶をする必要があったからさ」

 どれだけ拭いても涙は止まらない。

 ぎゅっと抱きついてくるその手はとても震えていた。

 エステルからの又聞きでは、「このまま目覚めなかったらどうしよう」と数秒ごとに言っていたとのことだ。

 それほどの心配をしてくれると嬉しい反面、やはり照れくさい。

 そんな彼女の柔らかな髪と共に、躍斗はずっと頭を撫でていた。



 それから御飯も食べてから落ち着いたところで、レオナが切り出した。

「蟲の目的や生態について。それと大陸の情勢ですが」

 と。

「何かわかったのか?」

 シモナが興味深そうに尋ねる。

「推測ですが」

 そして、レオナは解説を始めた。

「まず、これがひとつ」

 躍斗たちの座っているテーブルに、ひとつの綺麗な石が置かれる。

 どこかで見たことのあるような、そんな石だ。

「これは……通信石か?」

 レオナとエステルが頷く。

「これは蟲の頭から出てきたものだそうです。数匹しか持っていませんでしたが」

「でも、この通信石の距離範囲が凄いんだよね。ちょっとボクらとは使い方が違うから、ボクでも大陸に届くか届かないかって距離なんだけど……蟲が使えばもっと広範囲に通信を飛ばせると思う」

 レオナは「これは仮説ですが」と前置きして続けた。

「蟲が上陸してくる前、島の中で取り逃がした蟲がいたはずです。その蟲が通信石を使い、大陸側に救援を要請したのではないかと」

「それを受け取った大陸側の蟲が大挙して押し寄せてきたってことか?」

 躍斗が通信石を摘まんでしげしげと見ながら尋ねる。

「ええ。ちなみに蟲の中から見つかった通信石は四つ。もしかしたら、これが隊長格だったのではないかと」

 北の方から攻めてきた蟲に一匹。

 南東の方から攻めてきた蟲に一匹。

 西の方から攻めてきた蟲に一匹。

 そして、ここで取り逃がした蟲の一匹……というところだったはずだ。

「要するにこの島にいた隊長格を取り逃がしてしまった……というわけか」

 シモナの答えに、レオナが頷いた。

 続けてエステルが説明を始める。

「ちなみにこの通信石。解析すると、そこまで頻繁に使われてた形跡がないんだよね。ボクらとは違う言語? と言っていいものかどうかわからないものを使ってるから内容の理解はできないんだけど……」

 この内容を解析できれば、さらに蟲の生態を暴くことができるようになるかもしれない。

「それに全滅した時に救援した様子もないんだ」

「だから、おそらく当分、蟲は来ないでしょう」

 というのがレオナの目算だった。

 救援信号を飛ばされない限り、蟲は来ない。

 以前は定期的に蟲を送り込んできたはずが、ここにきていきなりの大軍だ。

「蟲は必勝でこちらに臨んできたでしょう。それを滅ぼしたと気付くには時間がかかるんじゃないかと。大陸側からの通信を受けてはいないんですよね?」

「うん。通信を受けたのはここに渡ってくる前だね」

 要するに、こちらに来てから通信を受信していないということ。

 その上、送信もしていない。

 大陸側には島の情勢がまったく伝わっていないはずだ。

「そして、これもまだ仮説ですが、大陸側はまだ完全に制圧されていないと思います」

 と、その話にエステルとシモナが息を飲む。

「え、で、でも……」

「あれほどの犠牲を出して……」

 そんなふたりにレオナが反論した。

「おふたりとも……というよりも、誰も国がすべて滅んだところをみてないんですよね?」

 確かめるように言うと、エステルもシモナも恐る恐る頷いた。

「今までこの国は100弱しか送られてこなかった。恐らくは向こうがこちらをその程度で攻略できると踏んでいたのでしょう」

「……まあ、事実だな」

 シモナが口惜しそうに溜息を吐く。

「ですが、救援信号を受けて突然の4000弱という数字です。ここに来て彼らがこんな大量に送り込んできたというのは、もしかしたら向こうの蟲の数に余裕ができたからではないかと」

「余裕って?」

「蟲が侵攻するべき国がひとつ潰れて数部隊の任務が空いたってことです」

「そこまで組織的に動いてるのかなぁ」

「この通信石がある以上、何かしらの意思疎通があることは確実です」

 レオナは断言をした。

「しかし、大陸側にもっと余裕があれば、もっと送ってきてもよかったはずです。船なんていくらでもあるでしょうし。逆に言えば、向こうは4000弱しか送れなかったんですよ」

 シモナとエステルのふたりはそれで深く考えるように黙り込む。

「そこで提案です」

 レオナがテーブルに手をついて身を乗り出す。

「この四人で大陸側に行って、残った国を探しながら旅をしましょう」

 そして、とんでもないことを言い出した。

「向こうは滅亡寸前かもしれません。ですが、この島で守ってばかりではどうにもなりません。今、島に安全が担保されてる時が勝負です」

「で、でも……。その間に蟲が上陸したら……」

「それまでにあの大軍を全滅できるだけの戦力を整えてもらいます。魔術使いも、下級兵士も……。それで対抗して、それでもどうにもならないということであれば、エステルさんの転送魔法で戻りましょう」

 シモナとエステルが悩む。

「で、でも……色々と大変で――」

「大変なのは重々承知しています」

 しかし、エステルの言葉をレオナは一刀両断した。

「ですが、このままではじり貧になるだけです。逆に、大陸側に行って調査をするために、この国に必要なものは何ですか?」

「魔術使いのレベルアップに、目処が……」

「〈バーストアイシクル〉をもっと改良して、連射できるようにしましょう」

「ま、まあ、改良点は色々あるけど。あと、他にも転送魔法は問題ないけど、通信石の届く範囲が問題かも」

「中継点は作れないんですか? というよりも、以前は張り巡らされていたということですが」

 すると、エステルは少し考え込む。

「……島と大陸側の通信は蟲の石で補えるはず……。あとはそれをこちらへ中継できるように置いていけば……」

「蟲に破壊されないための工夫も必要ですね」

「物だったら隠蔽するのは簡単かな。人は隠蔽しても気配でバレるけど」

「土の中に埋めて運用することは可能ですか?」

「うん。多少、通信範囲が狭まるけど、許容範囲だと思う」

「であれば、隠蔽と土の中に入れることで、壊されることはなくなりますね。安定した大陸側と島側の通信が可能になりそうです。ちなみに劣化して使えなくなることは?」

「防腐処理もできるし、大丈夫かな。地中のモンスターが石を削って使い物にならなくなる……ってことは稀にあるかもだけど」

「稀でしたらなんとか。ひとつが壊れても運用できるよう、調整して埋めていきましょう」

 次にシモナの方だ。

「例の斬鉄のカリキュラムを組めませんか? それでわたしたちが旅に出ている間、強くなってもらいたいです」

「以前言われた時に考えていたから、組めるは組めるが……。私がいなくなれば見る者がいなくなる。さすがに書物だけでどうにかなるようにはできなかった。教える者や見ている者が必要になる」

「それで、他の誰かに代行させることはできませんか?」

「いや……さすがに私以外には」

 悩むふたりを前に、躍斗が控えめに手を上げる。

「イジンカに聞いたんだけど、シモナの父親ってダメか?」

「ダメだ。父は以前は使えたが、今は足を怪我したせいで……」

 だが、そこでシモナは気付いた。

「……いや、指導だけならできるかもしれないな。私も父に習ったし、行けるような気がしてきた」

 少しずつ問題が解決していく。

 レオナがふたりから解決案を導き出しているかのように。

「他にも何かあればひとつずつ解決していきましょう。大陸側と連携することができれば……」

 レオナはそこで言葉を切り、

「蟲を打倒するための第一歩となるはずです」

 と、力強く言い切った。

「……うん、いいね。刻もう。第一歩を」

 エステルはすぐに乗り気になる。

「そうだな。今度は蟲を滅ぼしてやらねば気が済まない」

 シモナもエステルと目を合わせて頷いた。

 今までにはない光景だ。

「おう、目に物を見せてやろう」

 躍斗はそう言って開いた手の平を前に出した。手の甲を上にして。

 他の三人がそれを不思議そうな顔をして見ている。

「同じように手を合わせてくれ。俺の世界で、俺の国の……気合いの儀式みたいなもんだ」

 そして、三人は自然とやることがわかったかのように躍斗の上に手を重ねた。

 エステルが。

 シモナが。

 レオナが。

 四人の手が重なり合う。

 そして、三人は躍斗を見た。

 何かを言えというように。

 躍斗は参ったな、という顔をして一旦目を瞑った。そして、言うべき言葉を決めてから目を開ける。

「世界を取り戻すぞ! これが人類反逆の始まりだ」

 その声に、三人は「うん!」と力強く頷いた。

 この先に、苦難は目に見えている。

 命の危険だって腐るほどあるだろう。

 だが、四人の目に迷いはなかった。


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