13話
力が集うのが遅い。
以前、二回目を使った時と同じ症状だ。
このままじゃ災害を再生する前に、壁をよじ登られてしまう。
「頼む……! 来い、来い……!」
躍斗は願う。
心がすり切れるほどに。
躍斗は祈るように、集まれと強く念じた。
あの時と同じように、急速に顔色が悪くなっていく。
血の気が失せているのだ。
「うぐ……っ」
目が眩む。
倒れるわけにはいかない。
気力で足を踏ん張った。
だが、限界は近いのも理解できる。
あれほどの大立ち回りをしたのだ。
精神的な疲労もある。
そして、二回目の災害は、今まさに躍斗の意識を刈り取ろうとしている。
「頼む……今、この時だけでも――」
ふらりと、躍斗が傾いた。
「ヤクト様!」
いち早く動いたシモナがその身体を支える。
「悪い……」
「か、顔色が……」
「前と同じだから、気にすんな」
シモナに支えられ、躍斗は意識を持ち直した。
「使った後、絶対に助けますから……!」
そして、レオナも躍斗に寄り添い、その肩に手を置く。
「ヤクト様。終わったらすぐに回復魔法かけますから。死にさえしなければ、魂さえなくならなければ、ボクが必ず助けます」
エステルもまた躍斗の傍に歩み寄った。
そして、すぐに魔法を発現できるように杖を構えて準備をしている。
「おう。ありがとうな……」
意識を取り戻し、心をすり減らし。
ついに、躍斗の手に力が備わる。
手の周りに何かが見えるわけではない。
ただ、温かい何かを感じるだけだ。
魔法使いが魔法を使っている時は、魔素を形成していると言う。
それに近いものなのかもしれない。
これで準備はすべて整った。
あとは、発動するだけだ。
躍斗の、トラウマとも言える災害を――。
「さあ、頼むぜ……! 俺の忌むべき災害よ! この世界で生きるために……!」
そして、躍斗は――災害の再生を決定する。
時間――西暦2011年3月11日。
場所――北緯38°、東経142°
範囲――561平方キロメートル。
内容――地震。固有名称『東北地方太平洋沖地震』。
しかし。
力が発動しない。
まるでボールを投げようとしたら、その腕を誰かに押さえられたかのようだった。
補足――致命的誤り。強制起動による、歴史変動発生。
嫌な予感がした。
「なん、だ……?」
このまま起動したら、間違いなく災害とは別の何かが起こる。
そんなことを本能で理解してしまった。
躍斗はすぐさま災害の再生を停止する。
「ヤクト様?」
隣でレオナが不安そうな目をして尋ねる。
だが、躍斗はそれを気にする余裕もない。
歴史変動発生とは?
その言葉が躍斗の頭を強く刻まれた。
「歴史変動発生なんて……地球じゃ結局何も変わらねぇだろう。第一、なんで今更……!」
小さくそう愚痴る。
『地球じゃ何も変わらない』
そう結局のところ、地球は何がどうあっても滅びてしまうのだ。
どの時代に何があったかなど関係なく。
2020年の3月20日は等しく滅ぶのだ。
「……待てよ?」
だが、そこで気付いた。
歴史が変動するのは地球じゃなく。
この世界であるのかもしれないということに。
東北地方太平洋沖地震がもし発生しなかったら?
きっと葛葉は躍斗と共に生きていたはずだ。
葛葉は召喚されることなく――。
この召喚が行われなくなると、こちらの世界で龍が倒されなくなるということだ。
「くそ、俺の頭、気付けよ、こんなこと!」
ぼんやりとする頭で躍斗は悪態を吐いた。
『あと一分で壁に接触します! 砲撃も多数! 何とか耐えてます!』
通信石からはそんな無慈悲な報告が届く。
「くそっ! これについて考えるのは後回しだッ!」
躍斗は――再び災害を検索。
すぐさま必要な災害を見つけて決定した。
時間――西暦1896年6月15日。
場所――北緯39°、東経144°
範囲――561平方キロメートル。
内容――地震。固有名称『明治三陸地震』。
情報がひとつひとつ、頭の中で形ある何かがぱちぱちとはまっていくような感触。
掲げた手を躍斗は海の沖を見つめて、力強く振り下ろした。
躍斗たちを半透明の膜が包む。
そして――大地が揺れた。
横に。
縦に。
立っていられないほど、大きく強く揺れる。
まるでこの大地を巨大な誰かが手に持って上下に振り回しているかのように。
この国の建築では耐えられなかったのか、城の一部が崩壊し、石の塊が地上へと落下する。
この空中庭園も端の方が崩れていた。
元々、西洋の構造に近かったこの城は地震を想定されていなかったはずだ。
それ故にどうしても想定していなかった地震が来れば脆く崩れてしまう。
だが、それでも一瞬で崩れることはなかった。
「建築技術には魔法も入ってるからね」
とは、以前聞いたエステルの話だが、何か強固にするような魔法を掛けているのかもしれない。
あるいはその魔法を、この災害を起こすからということで強化したのかもしれない。
もっとも、この巨大な地震では完全には防げなかったようだが。
「………」
躍斗の顔はすでに青いを通り越して死人のように白い。
身体も指一本動かせないほど、神経が伝わらない。
精神的にもかなり辛くなっていた。
もう寝たい。倒れたい。意識のままに委ねたい。
だが、そんな甘えを躍斗は歯を食いしばって耐えた。
地震は躍斗にとって、自分の生活を破壊したトラウマに等しい災害だ。
これを使うことで犠牲が出るかもしれない。
現に城は少しずつ崩壊しているのだから。
街の建築物もただでは済まないだろう。
だからこそ今、地震を起こした責任から意識を逸らしたくはなかった。
「人は全員避難させてるんだよな!?」
気力を振り絞って躍斗は叫ぶ。
「はい! 一般市民は全員安全な場所です! 地割れさえなければ問題ありません!」
王城に来た市民や常駐する兵士、そして王や貴族たちは、落ちてくる物のない広い場所へと前以て逃がしている。
いくら城が崩れようと、下には誰もいないので犠牲はない。
「ヤクト様!? これで奴らは倒せるんですか?」
シモナがまるで世界の終わりのような顔をしている。
この国に地震は今まで起こったことがないらしい。
だとすれば、大地が揺れて不安になるなど当然の反応だった。
「……悪いけど、この揺れ――地震で蟲は倒せない」
「え……」
「ここからが……この災害の本番だ」
揺れが小さくなって少しずつ収まっていく。
城が崩壊することもなく、今のところ空中庭園も歩く分には問題ない。
躍斗とレオナは地震が収まってからすぐに海を見る。
そして、耳を澄ませた。
地響きとは違う、音。
滝のような音が、小さく届く。
シモナもふたりが見ている方向を見た。
「あれは……波?」
地平線の奥から。
ゆっくりと城へと向かってきている。
だが、実際には凄まじい早さでここへと流れて来ているはずだ。
「エステルさん! 来ます!」
「りょ、了解!」
エステルは空中庭園から身を投げ出し、そのまま空中へと飛び立つ。
ああして飛ぶのは初めて見たためか、躍斗とレオナは何か妙なものでも見たかのような顔をしていた。
ただ、シモナは見慣れているのか、災害の方へと意識がいっている。
「波が……なんだ、あれ?」
シモナが声を震わせる。
迫ってきているのは、王城よりも高いであろう津波。
ここからでは何メートルあるのかわからないが、十メートルは優にあるだろう。
そんな水の壁。
それがこの島に迫ってきていた。
少しずつ少しずつ、その勢いを早くいて。
もはや、その壁は目と鼻の先に迫っている。
すべてはこの水に飲み込まれる――かのように見えた。
「さあ、すべての魔素よ! ボクに力を貸して! 〈グラウンドクライム〉!」
エステルが心の底から絞り出すように叫ぶ。
すると、先程の地震とは違う細かい揺れが発生し、大地がぐんぐんと盛り上がった。
土は厚いにもかかわらず、凄まじい早さで天へと伸びている。
それが、周囲に魔術使いたちが作っていた壁と繋がり、強固な壁として――この国で最も高い壁として、この城を街を護るべくして覆った。
そして――轟音。
土と水が激しくぶつかり合った音が島中へと響き渡るように轟く。
壁とぶつかって舞い上がった水が僅かに壁の中へと雨のように降り注いだ。
だが、水が大量に壁の中に漏れてくるということはなかった。
「……これでおそらく終わったでしょう」
レオナが安堵の息を吐いて呟く。
「ど、どういうことだ?」
シモナは納得していない様子だった。
外が見えないから当然ではある。
「あの水――津波は城程度の幅ではありません。もっと広いです」
「それは見ればわかったが……」
「津波は城は崩せませんでしたが、城の幅から逸れた水はすべて島の方へと流れます」
「そうか、蟲を水で……!?」
「そうです」
だからこそ、最初はぶつかる場所だけが高ければいい。
津波に対しての真正面と横側、そこだけが津波以上の高さがあれば、この街の中に水は浸入してこない。
反対側は一時的に低いままでも構わなかった。
引いてくる時に念のため、配置を入れ替えるぐらいだろう。
もっともそちらには、予備で控えていた魔術使いや見習いたちがフォローして回っている手筈となっている。
躍斗たちには壁のせいもあって外の様子は窺えない。
だが――。
『蟲が、波に飲み込まれていきます!』
通信石からそんな報告が届く。
『第二陣も、遠くに見えていた第三陣の蟲も飲み込まれました! 砲撃もされません!』
物見櫓に立たせていた兵士から、次々と似たような朗報が届いた。
蟲は泳ぐことができない。
『なるほど。では、弱点などはありますか?』
『水だ。いや、水というよりも溺死させることだな。雨になると少し動きが鈍くなるが、戦力としては大した差はない』
以前言っていたシモナの台詞だ。
それが事実であれば、この島に集結し、王城に向かっていた蟲たちは津波に呑まれて溺死する。
もし、万が一、水の中でも生きられるような力を身に付けていれば、それで終わりだが。
「でも、進化しているような心配はなさそうですね」
レオナは通信石に耳を傾ける。
『蟲が次々と水の中に沈んでいきます!』
まるで藻掻いて溺れるようにして沈み、そしてしばらくして浮き上がってくると言う。
その時にはまったく動かないという報告があった。
「あとは津波が引くのを待つだけですね」
「だよ、な……」
レオナがそういった瞬間、躍斗の緊張の糸が切れる。
もはや何もわからないようなぐちゃぐちゃの意識。
「あと……たのむ……。必要……なら、叩き……起こせ……」
躍斗はそれだけ言って、完全に意識を失った。
シモナがそれをしっかりと支える。
「ありがとう、ヤクト様……」
そんな優しい声だけが、躍斗の頭の中へするりと入ってきた。




