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12話

 通信石を色々な人にかけ、イジンカでようやく当たったらしい。

 というよりも、イジンカも先程までは通信できるような状態ではなかったが。

 イジンカは元々街の見回りで避難誘導の命令が出ていたため命令違反だったが、そもそもこの状況下に於いては何の拘束力もない。

 躍斗への本格的な説教も、イジンカやシモナへの懲罰も。

 すべてはこの危機を乗り越えてからの話だ。

「早く戻ってきてください! あの場所の許可も取りました!」

「……悪かった。すぐ戻る! でも、北の蟲は全滅させたから」

「やっぱり災害を使ったんですね!?」

 やぶ蛇だった。

 レオナはとても怒っている。

「仕方なかったんだ。事情は後で話す」

「わかりました。とにかく戻ってきてください。南東の第二陣があと二時間で城に辿り着きます。西の第三陣が三時間です!」

「了解」

 通信が終了し、躍斗はイジンカに向き直る。

「ここからシモナを乗せて二時間以内に帰ることは可能か?」

「もちろんです。この子のパワーを侮らないでください。シモナ様。お乗りください」

「うん」

 シモナは素直に馬に乗り、イジンカが馬を座らせ、躍斗が跨がった。

「……ヤクト様、しっかり掴まっててくれ。相当飛ばすはずだ。あまり乗り心地は期待できない」

「ヤクト様! あんまりシモナ様にべったりくっついたらダメですよ!」

「どうすりゃいいんだよ……」

「イジンカ。元凶の私が言うのもお門違いだが、早く出してくれ。間に合わなくなる。ヤクト様は手をこちらに」

 シモナは躍斗の手を握り、背中側からお腹の方へと回す。

 もうどうにでもなれ、とでも言うように躍斗はシモナの腰にしがみついた。

 そして、イジンカは不機嫌そうに手綱を操って、馬を走らせる。

 一気に最高速度になった。

 来た時も相当だったが、さらに早いように躍斗は思う。

「本当にすまなかった……私のために」

「気にするなって。今更今更だ。滅びるも八卦滅びぬも八卦。気楽に行こう」

「なんだ、それは?」

「使い方の間違った諺だ。まあ、もうここまで来たらやるだけのことをやろうってこと。滅びるなら、俺はここでみんなと死を共にする」

「……ヤクト様。ふふっ、ありがとう」

 こんな時だったが、それでも躍斗は笑った。

 そして、シモナも。

 彼女のきっと心からの笑みだった。

 しかし、気楽にはなってもやるべきことはやらなければならない。

 後悔しないためにも。

「イジンカ、後どれぐらいで着く?」

 躍斗がしっかりとした口調で尋ねた。

「……二時間で行けるはずです。ただ、さすがに疲れも見えてきました。後半失速する可能性も……」

「二時間ギリギリだと、ちょっとキツいな。せめて十分ぐらいの余裕がないと、そもそも街に入れないかもしれないし」

 すると、シモナが横から口を出す。

「ここからなら一か八か、あそこから行った方が早いと思う」

 それにイジンカはすぐさま反応した。

「ええ!? 私、あそこを三人乗りで行ったことないんですが!?」

「回り道をするよりはいい。イジンカ、お前の腕を信じてる」

 シモナが言うと、イジンカの心にもスイッチが入ったらしい。

「わかりました! お覚悟ください!」

 イジンカは馬の行く先を少し方向修正した。

 躍斗にはどういう道できたのか、まったく覚えていない。

 だから、これから行く道がどういうものかもわかっていなかった。

 ただ――知っていれば反対したかもしれない。

「が、崖かよ!?」

 落ちる方である。

 二十メートルはあるだろうか。

 絶壁というには、少し角度はあるかもしれない。

 だが、馬が登ることは絶対に不可能だろう。

 しかし、落ちる方なら行けるらしい。

「もっとも一人乗りでしかやったことはないですけどね!」

 ノンストップでイジンカの操る馬は突き進む。

 そして、そのまま空中に身を投げ出した。

 すると、馬は絶壁にすべての足を付け、その絶壁を駆け下りる。

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 シモナを掴む手に力が入った。

 だが、そんな躍斗の手をシモナの手がしっかりとやさしく握る。

 彼女は片手でイジンカの肩を掴んでいるだけだ。

 これも場数なのか。

「せいっ!」

 あっという間の落下劇。

 イジンカが指示すると馬は絶壁を蹴り上げ、今度は前へと跳ぶ。

 そして、そのまま地面に着地して止まることはなく走り続けた。

「せ、成功! やればできるもんですね」

 イジンカが手綱を放して万歳をしかねないほど喜んでいる。

「馬って凄いな……」

 そんな躍斗の呟きは誰も聞いていない。

「これで十分は稼げたと思います」

 シモナはそう言って満足そうに頷く。

 彼女の手は躍斗の手をずっと包み続けていた。


 少しずつ街が見えてくる。

 壁のない、普通の都市。

 住宅地の外の田畑が目に入ってくる。

 そして、その近辺にはぽつぽつと魔術使いたちが等間隔で並ぶように立っていた。

 その間隔はかなり長いが、それは街を囲むようになっている。

「あれは?」

「手筈通りだ」

 シモナが問うと、躍斗は大丈夫だというように答えた。

「シモナさん! ご無事でしたか!」

 遠くから魔術使いではない、魔法使いのひとりが声をかけた。

 それは以前、躍斗たちが助けた記憶を見る魔法使いオルガだ。

 彼女も、ここまで出張っているらしい。

「このまま城まで! ここは我々が封鎖します!」

「お願いします!」

 躍斗がそう言って答えた時、乗っている馬は魔術使いたちの囲むラインを越える。

 すると、オルガが声を荒げた。

「ヤクト様、シモナさん、イジンカさん。全員が範囲内に入ったのを確認しました。予定通り、発現致します」

 そして、オルガが杖を掲げて、何事か叫ぶ。

「いきます! 全員、用意! 〈グラウンドクライム〉!」

 すると、街が細かく振動し始めた。

 周囲を見渡す。

 魔術使いたちの前で大地が大きく隆起していた。

 遠くの方でも壁のようになって、それは街を囲んでいる。

 オルガが担当しているであろう場所は、十メートル以上もあった。

「これは……壁で蟲を防ぐのか? しかし……」

 蟲は五メートル以上は登れない。

 逆に言えば、五メートル程度の壁ならば登ることが可能なのだ。

 そして、魔術使いの作りだした壁は、一部低い場所がある。

 練度不足もあるだろう。

 しかし、それでもここまで大きく街を囲むためには魔術使い全員を動員しなくてはならなかった。

「それに、そこまで長い時間持たないだろう。半日は持つだろうが」

「大丈夫だ。説明してる暇はないけど。それだけ持てば充分だ」

 躍斗たちの馬は壁から遠ざかり、城へと近づいていく。

 その途中、イジンカが同僚らしき兵士に呼び止められた。

「お前はこっちを手伝え!」

「は、はい!」

 イジンカが馬から降りて、その身体を労る。

「よくやってくれたね。でも、もうちょっと頑張って。生き残ったら、今日はいっぱい食べさせてあげるから。シモナ様、あとはよろしくです」

「任された!」

 挨拶もそこそこにシモナは兵士に付いていった。

「行きましょう。ヤクト様」

 そして、ふたりはようやく城へと到着した。

 蟲が接敵するまで、残り8分……。


 解放されていた城の入り口に馬を止め、ふたりはすぐに降りる。

 近くにいた兵士に馬を任せ、シモナと躍斗はすぐに城内へと入った。

 ほとんど人のいない城の中をふたりは走る。

「どこへ行くんだ!?」

「海の見える空中庭園だ!」

「そこは王族しか入れないはずだぞ!?」

「許可はもらってるはずだ!」

 そして、城内を走っていると、廊下の途中にレオナとエステルが佇んでいた。

「ヤクト様!」

「シモナ! 無事だったんだね!」

 そして、躍斗とシモナの姿を見て、ふたりは嬉しそうな、安心したような表情を浮かべる。

 しかし、今は無事を喜び合っている時ではない。

「エステルさんに掴まってください」

「空中庭園の転送石はまだ残ってたから! 今すぐ行くよ!」

 何も言わずに躍斗とシモナはエステルの肩に掴まった。

 そして、視界が突然切り替わる。転送魔法が使われたのだ。

 四人は空中庭園のど真ん中へと出る。

 目の前には転送石が景観の邪魔にならない程度にひっそりと鎮座していた。

 周囲に目をやると――広大な海が見えた。

 今まさに、夕日が沈むところで、その光が海を赤く照らしている。

 ここの世界に来て海を見たの初めてだったが、地球の海よりも綺麗で幻想的ですらある。

 日本の海しか見ていない躍斗の感想ではあったが、それでもこれは目に充分すぎるほどの光景だ。

 もっとも浸っている余裕はなかったが。

 しかし、目に見える場所でなければ災害の発生する場所を指定できない。

 そうでなければ、街の中に入ってきた時点で災害を再生していた。

「こっち側にはまだ壁を作ってないのか?」

 躍斗が不安な顔を作る。

「ここを担当するのはエステルさんですから」

「一番重要な壁なんでしょ? だったらボクがしっかりと役目を果たすよ」

 エステルが安心させるように、勇ましい表情を浮かべた。

「ヤクト様……。キツいかもしれませんけど……、お願いします。倒れても、絶対に助けます」

「おう。頼んだ」

 躍斗たちは空中庭園の端に来る。

 下は絶壁で落ちたら死ぬな、と躍斗は雑な感想を持った。

 こちら側からでは街の様子は見えない。

 きっと下級兵士たちは忙しく動いていることだろう。

 万が一の時に備えて。

 躍斗にとっても、街が見えない方が気楽だった。

 ここからは躍斗も街がどうなるかわからない。

「はーーーーー……ふーーーーーーー……」

 躍斗は気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。

 ここまで馬に乗ったり、走ってきたりしてきたが、限界が近いのがわかった。

 気力で持たせているためか、頭はすっきりとしている。

 だが、それでも後一度使ったら、また倒れるだろうというのが理解できた。

 倒れるで済めばいい……とレオナも言っていたことだ。

 しかし、これは躍斗にしかできないことだ。

 この国を守るために。

 そのためのお膳立てを、レオナはすべてやってくれた。

 壁は目の前の場所以外は囲まれている。

 そこはエステルがしっかりとこれ以上ない防壁を整えてくれるはずだ。

 兵士たちも準備していることだろう。

 シモナに大見得を切った手前もある。

 ――覚悟を見せる。

 そんな気持ちだ。

『南東の第二陣が来ました! あと二分で壁に来ます!』

 通信石からそんな報告が入る。

「さあ、頼むぜ……!」

 躍斗は天に向けて、勢いよく手を掲げた


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