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10話

 躍斗の目に映る街は、少数の兵士しか彷徨いていなかった。

 ここにいる兵士は下級の兵士たちだ。

 避難をしていない住民がいないかどうかを見回っているらしい。

 しかし、それ以外はまるでゴーストタウンのような静けさだった。

「避難してどうなるってんだ……」

 そんな泣き言を愚痴っている兵士もいる。

 現時点では、何をしようと結果は変わらないからという気持ちは痛いほどよくわかる。

 城の中にいようと街の中にいようと、蹂躙されるという結果は同じだ。

 死期を早めるか遅くするか、その差でしかない。

 もはや、彼らには祈るしか術がなかった。

「どうか、蟲が気まぐれを起こして撤退してくれますように……

 そんな中を躍斗は全速力で駆け抜ける。

 躍斗はシモナを追いかけるために会議室を飛び出してきたのだ。

「ヤクト様!?」

 そこへ馬擬きに乗ったイジンカが現れた。

「イジンカ! 丁度いい、馬を貸してくれ!」

 躍斗は足を止めて、挨拶も抜きに唾が飛びかねないような勢いでイジンカに頼み込んだ。

「ど、どうするつもりです?」

「シモナを助けに行く!」

「え?」

 彼女はまだシモナがいなくなった話を知らないようだった。

 初耳。初めて聞いた。そんな表情をしている。

「死に場所を見つけたとか言って、蟲に突撃しに行ったんだ! 間違いなくあいつは蟲たちの方へ行っているはずだ。俺はあいつを助けに行かなきゃいけない。だから、その乗ってる奴を貸してくれ」

 イジンカは戸惑ったように目線を右往左往させている。

 そんな暇はないのに……。

 躍斗の心にそんな焦りが生まれた。

「……乗って下さい!」

 すると、イジンカは躍斗が乗りやすいように、馬を座らせる。

 それは、馬は譲らないという意思表示でもあり。

 自分自身も行くという意思表明でもある。

「いいのか? イジンカは来なくてもいいんだぞ?」

「どうせ、どこにいたって同じです。であれば……!」

「……後悔するなよ!」

「ヤクト様もです! 蟲の大軍に突撃するんですからね!」

 躍斗が座った馬に跨がる。

「腰に捕まっていて下さい!」

 そして、イジンカの言う通り、躍斗は彼女のほっそりとした腰に捕まった。

 女の子の腰に掴まるなんて格好悪いなと思いながらも、緊急事態という言い訳をして、彼女の腰に掴まる腕に力を入れる。

「はっ!」

 すると、イジンカの指示で馬は立ち上がって駆け出した。

 少しずつその足は速くなっていく。

 視界の中で街の風景を高速でスライドさせながら、あっという間に街を飛び出た。

 荒野の中を駆けていく。

「どこに行ったのかはわかるのか!?」

「喋ってると舌噛みますよ!」

「舌ぐらいどうだっていい! シモナの居場所に心当たりはあるのか!?」

「あります! というよりも、北の1500匹の蟲たちが一番早くに王都に来ると言うことでしたから、シモナ様の性格であれば間違いなくそこです!」

「一番多いところかよ。筋金入りだな!」

「私もそう思います!」

 そんな会話をしながらふたりの乗る馬擬きは走った。

 ふたりも人を乗せているとは思えないほど力強く。

「………」

 ふと躍斗は抱きついているイジンカが震えていることに気付いた。

 いや、震えているのはイジンカだけではない。

 躍斗の身体もだった。

 お互い、1500匹などまるで想像もついていない。

 ぼんやりとしたイメージはある。

 ただ、一匹だけでも恐怖したあの蟲が1500匹など、数が多すぎてピンと来ないのだ。

 躍斗は、未だに現実感がないのかもしれない。

 如何に力を持っているとはいえ、人を助けるためとはいえ。

 蟲たちに向かって突撃するなど、狂気の沙汰でしかないのだから。

 それを実感していたら蟲の大群に突撃など、躍斗の知っている地球の虫だとしても御免被りたい。

「ヤクト様、震えてますよ」

「イジンカもだ。……シモナは怖くないのか?」

「……わかりません。あの人は感情を滅多に出しませんから。蟲に対して怖いとか、そういうことも、私は言ったことを聞いたことがありませんし」

「彼女だって……普通の女の子だと思うんだけどな」

「当然です。以前、裸を見たことがありますが、とても引き締まった素晴らしい身体でした」

 そう語る目は尊敬や敬愛というよりも、別のものという目だった。

 とはいえ、しがみついている躍斗にそれを知る由はなかったが。

「死に場所を見つけたと仰るのであれば、お供したものを……!」

「命を粗末にしないでくれ。それはシモナもイジンカも同じことだ」

「……これを覆す手段があるって言うんですか?」

「少なくとも俺が一番信用してる軍師様はいけると言った。なら、俺はそれを信じるだけだ」

「……本気ですか!?」

「この一度だけなら確実に勝てるよ。いや、これが成功すれば今後も勝てるさ。もっとも色々と問題はあるけどな」

 半信半疑な表情でイジンカは馬を操り、平原を全速力で駆けていく。

 そして……見えた。

 先遣隊だったのか、偵察隊だったのか。

 少数の蟲の死骸が、十体ほど。

 切れ味鋭く、頭部と胴部を切り離されている。

 まだやられた直後なのか、僅かに体液も零れていた。

「シモナって五体が限界って言ってなかった?」

「それは普通の武器だった時の話ですよ。今使ってる蟲外皮の剣であればもっと倒せるはずです。霞を斬ってるみたいだって言ってましたし」

「そういや言ってたな。とんでもないヤツだ……」

 あの蟲を霞同然と言うなんて躍斗にはとても無理だ。

 ただ、シモナが人を遙かに超えたような力を持っていたとしても。

 彼女とて人の理、束縛からは逃れられない。

 どこかで集中力か、スタミナか、あるいはその両方が切れて蟲にやられてしまうはずだ。

「まだ生きてるはずだ……!」

「当然です!」

 絞り出すように言った躍斗の言葉に、イジンカは力強く頷いた。

「シモナ様が……死ぬはずありません!」

 その祈りが届いたのか。

 それからすぐに、剣戟の音がふたりの耳に届く。

 絶え間ない鉄と鉄の響く甲高い嫌な音。

「……これは!」

 イジンカは音ですぐに位置を把握したのか、ハミで馬の首を右に引っ張って方向修正を行った。

 丘というにはあまりにも低いそこを越えたところで――

 地獄のような光景が広がっていた。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。

 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。

 まさしく、それは蟲の大群。

 地球上では見ないほどの、戦車以上の大きさの蟲が。

 丘を越えた平原に、ひしめき合っていた。

 それは人に生理的な嫌悪感を抱かせ、吐き気を催すような光景だ。

 鈍く光る鋼の蟲たちが、太陽の光を受けて鈍く輝いていた。

 その蟲たちの身体が、すべて中央に向かっている。

 そこでは嬲られるように、シモナが戦っていた。

 一匹倒しては、次に襲いかかる。

 また一匹倒しては、次に襲いかかる。

 その繰り返しだ。

 まるで賽の河原みたいな状況。

 倒しても倒しても蟲は一向に減らない。

 蟲たちはまるでシモナで遊ぶかの如く、取り囲んでいた。

「……どうする!?」

「シモナ様を救出します!」

「どうやってだよ!?」

「ちょっと無茶をします。一瞬だけ、シモナ様に近づきますんで! そこでシモナ様を掴まえて下さい。好機を絶対に逃さないで下さいよ! もし失敗したら剣に誓ってヤクト様を刺しますからね!」

 自棄にでもなっているのか、かなりとんでもない台詞を吐いていた。

 そして、躍斗の返答を待たずにイジンカは馬を駆る。

 蟲の大群に向かって突撃。

 馬は蟲に怯えることなく、イジンカの指示に従って跳んだ。

 そして、蟲の身体へと着地。

 そこを踏み台にして、また跳躍。

 蟲の身体を使って、シモナへと少しずつ近づいていた。

 蟲は身体の上に乗られるのは慣れていないのか、そもそも身体の構造上、上には攻撃できない。

 イジンカが知ってたのか知らなかったのか、躍斗にはわからないが。

 その上、馬もろともイジンカたちを倒そうと、蟲が蟲に向かって肢を振り下ろす。

 同士討ちが起こっていた。

 突然の闖入者に、蟲たちも混乱しているような挙動を見せている。

「シモナ様!」

 イジンカの必死の呼び掛けにも、シモナは反応しない。

 それでもイジンカは馬を跳ばして、シモナのいる位置へと着地。

 すぐに躍斗はシモナに向かって手を伸ばす。

 だが――。


「不要!」


 その手を、シモナ自らが弾いた。

 すでに跳躍体勢に入っていたシモナは、再び馬を跳ばしてしまう。

 シモナを置いて――。

「お、おい! シモナ! 何やってんだ!」

「こっちの台詞ですよ、ヤクト様! 何やってるんですか!」

「仕方ないだろ! こっちの手が弾かれたんだから! 向こうに助かる意思がなきゃどうにもならねぇよ!」

「ど、どうにかしてくださいよ!」

「無茶言うな! クソ! つーか、もういい! もう一度シモナの場所に下ろせ! ただし、もう跳ぶな! どうにかする!」

「どうにかって!?」

「どうにかだ!」

 その言葉を信じたのか、あるいはもう一度シモナを助けるつもりなのか。

 円を描くように蟲の身体を渡り飛び、再びシモナの元へと舞い戻る。

 シモナの元へと着地した躍斗たちの乗る馬は、しかし、シモナの目には入らない。

 シモナは血走ったような目で、次々と襲い来る蟲を駆逐していた。

 何十匹倒したというのか、夥しい数の蟲の死骸が転がっている。

 何があろうと止めない。

 そんな意思すら感じる。

「シモナやめろ!」

「………」

「やめないなら、今すぐやめさせてやる!」

 躍斗は馬を下り、手の平を天に掲げた。

 意識を統一し、使用する災害を決定。


 時間――西暦1947年1月21日から3月5日。圧縮、90秒。


 場所――北緯56°、西経4°


 範囲――244820平方キロメートル。圧縮、2平方キロメートル。


 内容――寒波。


「や、やめ――!」

 シモナが叫ぼうと声を張り上げた。

 だが、もはや止まらない。

 半透明の薄い膜が生成され、躍斗らを包んだ。

 ドーム状の、何者をも通さない、躍斗たちと外界を遮断する膜。

 そして――。

 躍斗たちを中心に、巨大な吹雪が巻き起こった。


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