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9話

 彼女は――レオナは言った。

「わたしも、救世召喚魔法で喚び出されたはずの、召喚者だからです」

 と。

 はっきりと。口にした。

 転送石の前にやってきた魔法使いたちが慌ただしく住人たちと共に転送しては戻ってくるのを見つめながら、躍斗は次の言葉を待った。

「前々から不思議に思っていたということは何度か言いました」

「……この世界の作戦立案とかが情報軽視がおかしいって?」

 レオナは何度か言っている。

『この世界の情報軽視も、作戦立案能力も、そういった発想力も……。まるですっぽり抜け落ちてるようで不気味です』

 そんな話を、だ。

 レオナは頷いて、そして悲痛な顔をしたまま続けた。

「ええ。だから、この世界にすっぽりそれを教えるための何かが……抜け落ちたのではないかと思ったんです」

「それが、何かがわかったのか?」

「少しだけ見えてきたというところです」

 訥々とレオナは語る。

「この世界の精霊暦1480年の長い戦争。あの戦争は異常です。全滅するまで戦った、そんな形跡が多かった。部隊の三割が戦えなくなれば全滅と言われていたわたしたちの世界からすれば、本当に恐ろしい戦争としか言いようがありません」

 いつの時代からかそういった価値観が醸成され、この時代で悲劇を生み出したのだと彼女は言う。

 様々な偶然が重なり合った事態ではあったのかもしれない。

 しかし、それを生み出しても、その価値観は変わらなかったのだ。

「あの戦争は、エステルさんたちから見れば『救世』を求めるべき時代だったと思います」

「………」

「そして、この時、エステルさんの御先祖様――ベネショフ家は救世召喚魔法の研究を始めたと言いました」

 レオナの言う通り、エステルは少し前に救世魔法について語った。

『そうだね。救世召喚魔法はこの時代に研究が始められたって御先祖様の日記にも書いてあったよ。もっとも完成する前に戦争はなし崩しに終わっちゃったけど。数回、実験はしてたけど、全部失敗したらしいね』

 と。

「まさか……?」

 躍斗はレオナの言いたいことに思い至ったのか、思わずと言ったように声を出す。

 レオナはまたも頷いた。

「この時代に、救世をするべき人間を喚び……しかし、この世界に出すことだけを失敗したのではないかと……」

「出すことだけに失敗した?」

「つまり……地球にいた時に喚ばれて、この表現が正しいかどうかはわかりませんがどこかで『引っかかった』のでしょう。そして、ヤクト様の召喚と一緒に出てきたんだと思います」

 水に流れる葉っぱの話でもあるまいし……と躍斗は思う。

 わからない話というわけではない。

 さりとて、納得できない部分もある。

「だとしたら、なんで葛葉と勇者、医聖が喚び出された時に出てこなかったんだ?」

 そう指摘すると、レオナは口を引き結んだ。

「それは……」

 彼女もその点の疑問は解消できていないらしい。

「わたしもこの疑問に答える解をまだ持ってません。ただ、わたしの能力……というのもおこがましいですが、もしあの時代にいれば戦争を終わらせることができたんじゃないかと思うんです」

 何かを置き忘れてきたかのようにレオナはそう説明する。

 彼女の言っていることは絵空事に過ぎない。

 歴史にたらればは禁句。

 それはこの世界に於いても同じことだろう。

 ……ただ、それでもなお、その先を言うならば。

 確かにあの時代にレオナがいれば、様々な戦略を立てて自分の国を勝利に導いたのではないか。

 そう思えるほどの力があるのだ。少なくとも躍斗にとっては。

 本来、彼女の力は本能で動く虫相手に発揮されるものではない。

 相手の手札を読み、思考を読み、情報を読み解いて、勝利に導くためのすべてを整える。

 それは、人間同士で発揮されるものだ。

 性質も、生態も、何もかもわからない蟲には十全に発揮できるものではなかった。

 人間同士の戦争で全滅まで戦う必要はない。

 そもそも勝つ必要がない状況だって作ることがあるだろう。

 しかし、蟲は違う。

 妥協点も、交渉もない。

 これは、どちらかが全滅するまで止まらない戦争。

 交戦規定すら存在していないこの世界で、蟲に地球の人間の戦争における常識は通用しない。

 交渉もできないのでは、ヒチが生き残る術すら見出せないのだ。

「そして、もしあの時代にわたしが召喚されて、今の価値観が変わっていれば……人類はまだこの蟲たちと戦える術を持っていたのかもしれない。そう考えると、救わなければならないと……そう思います」

 彼女は、聡明だ。

 もしかしたら、それはひとつの真実なのかもしれない。

 しかし。

 すべては闇の中で、確かめる術はない。

 ただ。

 彼女は求めているのだ。

 この絶望的な世界に、突然出てきてしまった理由を。

 欠けてしまった記憶を埋めたいと思うかの如く。

「……でも、全部、レオナの想像だろう?」

「そうですね。ですが……」

 レオナは一呼吸置いて、真一文字に口を閉じる。

 出すべき言葉を考えているわけではなく。


「目の前で死ぬ人を見るのは、辛いです」


 その言葉に対して真摯でありたいからだったのかもしれない。

 だけど、それはレオナだけの気持ちではない。


「そんなの、俺だって同じだ」


 躍斗とて、少しずつ、この世界に染まってきたのだ。

 愛着が欠片もなければ地球を滅ぼした災害を召喚して、さっさと地球へと戻っている。

 幼馴染みの葛葉のこともあった。

 躍斗とて、今はこの世界の住人であると考えている。

「ヤクト様……お人好しですね」

「レオナだって同じだろう」

 お互い納得し合って、ふたりは転送石の方を見る。

 最後の避難者が出るところだった。

「おふたりも早く!」

 エステルではない魔法使いに言われ、ふたりも召喚魔法で王都へと向かった。



 王都には今、この国の全兵力が集中している。

 しかし、それも3500匹以上の蟲の前では、蟷螂の斧、紙の盾に等しい。

「レオナ。何かいい方法はないのか?」

 城に避難する住人たちに混ざりながら、躍斗は問う。

 しかし、レオナは語るのを躊躇っているようだった。

「レオナ、二回使えと言うんだったら使うし、三回使えと言ってくれたっていい。何かこの窮地を救う方法を、もう思い付いているんじゃないか?」

 躍斗に強く追及され、ついにレオナは折れた。

「ひとつ、あります。……以前から最終手段として考えていたことです」

「じゃあ、それを実行するべきだろう。エステルならレオナの策を信じてくれるし、あの王子に進言すれば……」

「……人の生活に、支障が出るかもしれません。ここで勝てても、次が……」

「次を考えている余裕なんてあるのか?」

「………っ」

 悔しそうな表情を浮かべてレオナは黙る。

 そして、恐る恐る声を出した。

「本当に役に立たない軍師もいたものです。焦土戦術になるかもしれないのに……。絶対に成功するかどうかすら……」

「今の魔法の使い方とか、武器や盾はレオナの進言の賜物だろう。役に立たないとか言わないでくれ」

「でも」

「目の前で死ぬ人を見るのは辛いのと同じぐらい、自分を卑下する人を見るのが辛いな、俺は」

 そう言うと、レオナはくすりと笑った。

「こんな時に……ヤクト様は変です」

「変で結構」

 だけど、それでレオナも覚悟が決まったようである。

「策は……簡単な話です」

 そして、その内容を躊躇いがちに躍斗に伝えた。


 城に入って、すぐに躍斗とレオナたちはエステルと合流する。

 そのエステルに連れられ、城内の深い場所にある部屋――作戦会議室へと赴く。

 そこではリボル王子を始め、この国で領地を運営していたのであろう貴族たちが沈痛な面持ちで下を向いていた。

 誰も言葉を発せられない。

 わかるのだ。

 今のこの状況が、今までよりも遙かに絶望であることが。

 100匹集まったら滅ぶと言われていた島に3000匹だ。

 多少気が強くとも、心は絶望に支配されるだろう。

「レオナ殿、ヤクト殿、よく来て下さいました」

 リボルが辛うじて、そんな言葉を発した。

 王子が敬称を使う。

 それだけで周囲の者たちはレオナと躍斗の立ち位置を微かに察した。

 本来であれば、エステルの同伴者とはいえ、この部屋には入れるような立場ではない。

 レオナも躍斗も。

 ただ、もはやそれを表立って批判する、陰口をたたく、そんな輩はいなかった。

 むしろ、彼女を藁とみてそれに縋りたいような顔をしている。

 リボル王子も含めた、その場にいる全員が、だ。

「策はあります」

 そして、レオナは開口一番、そんな言葉を発した。

 会議室が俄にざわつく。

「もちろん、絶対に蟲を撃退できるかどうかはわかりません。その上、田畑、建築物が犠牲になる可能性が高いです。城が壊れる可能性もあります」

 その言葉に、会議室の声はさらにどよめいた。

「先のことなど何も考えていない策です。復興には時間がかかるでしょうし、また次に同じように攻めてこられたらどうにもなりません」

 その言葉に周囲から失望の声が上がる。

 そんな反応に、レオナが口を血が流れるんじゃないか、と思えるほど噛んだ。

 この程度の策しか思いつけない自分が情けない、とそう思っているかのように。

 だが、

「……後先など、考えては今を生きていけません」

 至極冷静な声で、リボルが声を発した。

「レオナ殿、それは人の犠牲が出ない方法なのですか?」

「本来であれば犠牲は出ます。ただ、今回はそれが来ることがわかっているというのと、二次被害を防げるであろう魔法使いの人たちがいるということで、人の犠牲は避けられます。間違うことがなければ、ですが」

「つまり……簡単にはいかないと」

「ええ。全員の力が必要になるかと――」

「……わかりました!」

 リボル王子が力強く目を見開き、そしてレオナを見る。

「教えて下さい。その策を。我々はそれを確実に実行致します」

 そして、レオナが語り出そうとしたその時――。

「報告! シモナ殿が!」

 突然、会議室の中に下級兵士が入り込む。

「何事だ!」

 厳しい顔つきの王子を前に、兵士は萎縮することなく、叫んだ。

「シモナ殿が、単身、蟲へ向かっていってしまいました!」

 エステルが持っていた杖を取り落とす。

「『死に場所を見つけた』、と……言い残して」

 その言葉を聞いた躍斗は、すぐに会議室を飛び出した。


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