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7話

 躍斗とレオナは王都の図書館へとやってきた。

 エステルを伴って、転送魔法を使ってもらったのだ。

「あれ?」

 躍斗がふと気付く。

 以前とは少し違い、入り口の花壇には何かが植えられていた。

 まだ花も出ていないが、空に向かって茎が伸びていたり、芽が出ていたりしている。

「心に余裕が出てきたのかもね」

 エステルの口調も嬉しそうなものだ。

 確かにここ王都の大通りも以前に比べれば活気が出てきている。

 前に躍斗たちが来た時と比べてではあるが、エステルにとって、そして、この国にとっては大きな前進と言えた。

「さて、では本を探しましょうか」

 館内に入ったレオナはさっそく本の物色し始める。

 すると、エステルが一冊の本を持ってきた。

「触りを読むならこれがオススメですよ」

「そうですね。これをざっと読んでから、気になる時代を見ていきましょう」

 三人はテーブルに着いて、開いた本を覗き込む。

 しばらく読みふけって、わかったことをレオナが挙げていった。

「神話の時代、精霊の時代、人の時代、ですか……」

 この世界における歴史を大きく分けると三つだ。

 この世界の創世に関わったとされる神話の時代。

 神がいたかどうか。

 これに関してはこの世界でもまだわかっていない。

 ただ、アレス教という宗教は神話の時代から続いている。

 分派したり、争ったりもしたが、本流は途絶えていないということだ。

「まあ、神様がいても今更、驚くような世界じゃないよな」

 呆れたような声で躍斗が言う。

「そうですね。いてもおかしくない気がします。そう考えると、この世界の宗教はわたしたちの世界とは違うことになりますね」

「実際にいたかいないか、ってことで?」

「そうです。実際に神様が見えて奇跡を起こせば多くの人はついていくでしょう。わたしたちの世界の宗教は多くの人々に倫理観を植え付けるためのものですから。極端な話で言えば、ですけど」

「倫理観か」

「そう言えば日本の宗教観は特殊でしたね」

 レオナが続けて宗教について語った。

「今でこそ色んな国で宗教はその意義を失いつつありますけど、もし宗教がなかったら規律がなかったかもしれませんよ? 殺人や強盗……今でいう当然の犯罪が、犯罪じゃなかったかもしれません。これも極端な話になりますけどね」

 躍斗は宗教について真面目に考えたことはない。授業で習ったことがあるぐらいだ。

 ただ、神はいない。いるはずがない。元の世界には。そこに対して躍斗は確信すら持っている。

 だからこそ、宗教というものはうさんくさくて仕方がないと思っていた。特にマスコミに報じられるような宗教は……。

 それでも救われる人がいることは、何となくわかるという程度で神の存在など一切信じていない。

 しかし、それがこの世界に来て超常現象をいくつも見せられて、自分自身にも力があるせいで揺らいでいるのは確かだ。

「まあ、神話の時代は見てもあまり仕方ありませんね。次の精霊の時代にいきましょう」

 精霊の時代。

 神が置いていったとされる眷属、精霊。

 これも躍斗たちからすればうさんくさい話ではある。

 だが、精霊がいたことは確実のようだった。

 姿や形もはっきりしているし、200年前までいたとはっきり書かれている。

 魔王を封印して、そしてその姿を現さなくなったとある。

 壮大なドッキリでなければ、史実なことは明らかだ。

「精霊って何なんですかね?」

「凄い力を持った人じゃない何か、かな?」

 レオナの質問に対して、エステルの言葉もはっきりしない。

「人の姿を持っていたらしいけど……精霊様自身が、私は人ではないって言ったらしいし……」

「この世界で何をしてたんですか?」

「さ、さあ……? 邪なる力を退けていたって話だけど」

 資料が少ないため、エステルはもちろん、この世界の人々もよくわかっていないらしい。

 その上、神の眷属とは言われているもののそれは人の想像でしかなく、神の眷属だと精霊自身が言ったことはないという。

 精霊は多弁ではなかったのか、人に対して必要以上に力を貸さなかったと本には載っている。

 そもそも関わっている――というか姿を現しているのが、時代の中で二回だけだ。

 そのひとつが、精霊暦1700年。

 今から約420年前の、英雄楠葛葉の話である。

 この世界では人龍大戦と呼ばれているらしい。

 ここで精霊に英雄楠葛葉が接見し、龍眼を元に一本の剣を作り上げたという。

 龍剣「ドラゴニックスレイヤー」を葛葉に渡したのだ。

 そして、その剣で巨大な龍を倒したのだと。

 躍斗はその話で気になった部分をエステルに尋ねる。

「この龍剣って、現存してるの?」

「王家の宝物庫に保存されてるみたいだね。英雄様以外が扱っても意味がないらしいよ。昔は十年に一回、お披露目してたんだけど」

 神器の扱いは世界が違っていても同じらしい。

 今のページを読み終え、レオナが本を捲る。

「次に精霊が出てきたのは……勇者が出てきた時ですか」

 精霊暦1921年、今から約200年前の魔王の侵攻の時。

 勇者ガイア・アンジェルッチが精霊に接見し、精霊自身が剣になった。

 精霊剣「オーバーロード」が誕生。

 この剣によって魔王は封印される。

 また、魔王を封じたのは精霊で、その時点でこの世界から精霊が消えたという。

 なお、魔王討伐後、ガイア・アンジェルッチは旅に出た。

「この世界を救った連中は、全員旅に出てるな」

「元の世界に戻るためじゃないでしょうか?」

 躍斗が呟くと、レオナがそれとなく答えた。

「なるほど……」

「あ、この人も旅に出てますね」

 精霊が消えたと同時に暦も変わり、人暦50年。今から約150年前。

 躍斗の前の世界滅亡危機だ。

 まだ躍斗たちが詳しく知らなかった話だが、本にはこうある。

 大陸にて、流行病蔓延。

 人口が瞬く間に三割減少。

 テレザ・ベネショフの救世召喚魔法によって、医聖アンドレアス・ファン・ヴェセルが召喚される。

 流行病は体内に奇妙な臓器を作り、そこから毒を流し込む。その内臓が原因ということが判明。

 当時、魔法によって排除できなかったその内臓を、彼は解剖によって排除する。

 最初は人の身体を斬り裂く悪魔と呼ばれたが、それによって病が治ることで彼は医聖となった。

 そして、彼は船旅に出て、流行病を蔓延させた原因である植物まで突き止める。

 それによって、人類滅亡という最悪の事態は避けられたという。

 人々に摘出手術の説明をして、彼もまた旅に出ていた。

「……アンドレアス・ファン・ヴェセルって、この人たぶん地球の人ですね」

「そうなのか?」

「十六世紀における解剖学者で医師です。人体解剖で最も影響力のある本、ファブリカの著者ですよ。現代人体解剖の創始者です。同姓同名じゃなければ、ですが。ただ、解剖によって人を救ってますから、たぶん同一人物じゃないかと」

「きっちり世界を救って、旅に出てるな」

「でも、おかしいですね。彼は五十歳になる前に死没したはずですが……」

 レオナが言っているのは死んだ人間がなぜ? ではない。

 そもそも死の間際にある者が召喚されるのだから、そこは間違っていない。

 レオナが疑問に思っている部分はこの医聖を描いたとされる絵だ。

「……確かに二十代前半のような風貌だな。でも、葛葉も歳を取ったみたいだし」

「その辺りは置いておきましょうか」

 そして、レオナは本を巻き戻す。

 そもそもこの先に戦争はない。

 この流行病以降、150年、世界は平和だった。観光業が成り立つぐらいには。

 戦争らしい戦争も起こっていなかった。

 戦争が起こるかもしれない、という程度には緊迫したこともあったが、すべて最悪の事態には陥っていない。

 精霊を調べるために飛んだページから、元の時代が書かれているページへと戻った。

「戦争は精霊暦300年から、何度か起こってますね」

「その時代の勉強って面倒だったんだよー」

 エステルが愚痴を吐くように言う。

 この世界でも歴史の勉強はそれなりにするようだった。

 エステルのように貴族の場合は、大陸側との外交を担当することもあり得るという。

 そこで大陸の歴史や戦乱の歴史を知っておかないと、あらぬ諍いの種になる……とはエステルの説明だ。

「人龍大戦までに七回ほど大きな戦争が起こってますね」

「うん。小さな戦争はたくさんあったらしいけど」

「……精霊暦1480年。これは――」

「ああ、その戦争が一番悲惨だったって言われてるね。人同士の戦争では」

 レオナが本を読み進める。躍斗も本に書かれた文字を追った。

 そこにはこうある。

 精霊暦1480年に、大規模な戦争が起こった。

 たった50年の間に、世界は激変。

 人類の五割が戦争で死んだとされる。

 また残りの五割のうちの三割も疫病や餓死で死んだ。

 人類は疲弊し、誰もがこの戦争を終わらせる指導者を求めていた。

 結局、どの国も戦う力がなくなり、多数の国王が続けて崩御。

 なし崩しに戦争は終わった。

 ……という内容である。

「五割が戦争で死んで、他三割が疫病や餓死。……八割死んだって、いくらなんでもおかしくないか?」

 躍斗はすかさず指摘した。

 躍斗の常識からすれば『三割が疫病や餓死』まではまだわからなくもない。

 地球での十四世紀。ペストの大流行。

 当時のヨーロッパ人口の三分の一から三分の二、約二千から三千万人が死亡したという推定もある。

 しかし、『五割が戦争で死』に関してはいくらなんでも、と感じた。

 この世界には核のような大量虐殺兵器がないのにも関わらず、五割が死ぬなど常軌を逸している。

「ううん。事実だよ、ヤクト様。行方不明者も含まれてるって話だけど……ボクの御先祖様も、その時代は地獄だったって書いてる。終わらない戦乱で……滅亡すら覚悟してたらしいし」

「誰も止めなかったんですか?」

「うん。すべての王が、『引き時知らずの愚王たち』として言われてるね。もうお互いがお互いを憎しみ合って……」

「度を超えていますよ」

 レオナは気持ちを落ち着けるように深呼吸。

 理由は不明ではあるし真偽も不明だが、この国ではそれが史実なのだ。

 受け入れる他ない。

「一説には王たちが魔法によって操られていたって話もあるね」

「なるほど」

 レオナは頷く。多少は納得したらしい。

「でも、八割死んだとなると、これもまた滅亡の危機なんじゃないか?」

 躍斗がそう言うと、レオナが思い当たる節があるのか顎に手を当てて少し考え込んだ。

 答えを探しているレオナに代わり、エステルが答える。

「そうだね。救世召喚魔法はこの時代に研究が始められたって御先祖様の日記にも書いてあったよ。もっとも完成する前に戦争はなし崩しに終わっちゃったけど。数回、実験はしてたけど、全部失敗したらしいね」

「長い戦争は地球にもありましたけど、地球を全滅させかねないほどの戦争なんてなかったですしね……。アラウコ戦争のように片方を完全に征服させる戦いはありましたけど」

 レオナが深々と溜息を吐いて言う。

 そんなレオナを見て、躍斗はふと思う。

 今、地球には星を滅ぼしかねない兵器、核爆弾が万単位であることを知ったら、レオナはどんな顔をするだろうか、と。

 もっとも。

 地球滅亡ですべては雪の中だ。

 親も、友人も。

 あらゆる人類が――。

「でも、もしかしたら、この戦争が原因なんでしょうか」

 レオナが小さく呟く。

「この世界の人たちが、戦術や情報を軽視しているのは……」

 確証など何もなさそうに。

 躍斗にはどうして彼女がその点とその戦争を繋げたのはわからない。

 ただ、溜息を吐きながら小さく小さく囁いていた。


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