6話
王家に所属する魔法使いたちは着々と力を付けつつあった。
前回の戦いで行われたローテーションによる〈バーストアイシクル〉の連携や変化、対応などの研究に余念がない。
魔術使い見習いも増える者が増え、訓練している内に魔法の練度も上がっていったという。
次の日には連携の計画に支障が出るほど、訓練の成果は上昇していた。
魔法使いたちを束ねる部隊長たちは高度な計算を求められ、しかし、蟲を滅ぼすためならばと気力を振り絞って、新たに計算を処理していく。
蟲への対抗手段が出来上がったことで、彼らにはあるいは迷いがなくなったのだ。
倒したことの嬉しさもあっただろう。
また、希望も見えただろう。
そういった気持ちが彼らの心を支え、訓練の質を上げていた。
「話が高度すぎてついていけない……」
もっともエステルは帰ってきてはテーブルに突っ伏すほど疲労しているようだが。
魔法以外のことに関しては、とんと不器用なようだった。
ただ、〈バーストアイシクル〉を前回の戦闘で使ったことで、十数名からいくつかの改善案が出た。
飛距離や冷気の強化、軌道を直線から山なりにする等、そういった改善だ。
それをエステルはあっという間に対応。
魔法に関する部分はあっという間に答えを出せるような天才だ。
脳が魔素でできていると言われても、仕方のないことではある。
また、魔法だけではない。
剣で戦う兵士たちにも変化が起きた。
まず、魔法使いたちへの対抗心。
ライバル意識が生まれ、少しずつ練度が上昇したという。
残って訓練をしている者も多いという。
彼らもまた魔法使いたちのおかげで、この世界への希望を見出したのだ。
そこに朗報。
上級兵士たちに配給されている剣と盾が一新された。
以前からレオナが打診していた、蟲の外皮を使った剣である。
そして、蟲の外皮を使った盾もできた。
特に前回、五十匹もの蟲を凍らせて倒したこともあり、相当な量の外皮が手に入っている。
おかげで、加工の実験や研究が捗ったようで、それがついに実を結んだのだ
その加工や鍛錬には鍛冶屋たちの凄まじい執念もある。
今までとは比べものにならない硬さと頑丈さ、切れ味を持った剣が出来上がった。
実戦投入はまだだが、シモナ曰く、
「余った外皮を的にして斬ってみたが、斬鉄を使ったらまるで霞を斬ってるみたいだった」
という。
この日の夜、レオナはエステルの家にやってきたシモナに提案した。
「斬鉄を兵士たちに覚えさせることはできませんか?」
「斬鉄をか? あれは覚えられるものではないと思うのだが……」
「シモナさんほどの精度は求めません。身体能力も違いますので。ただ、あの剣ができたことで、外皮は今までにないほど斬りやすくなったはずです。もちろん蟲の肢も」
しかし、シモナの叩き切った外皮を、上級の兵士たちはまだ斬れていない。
傷を付けられないわけではないが、シモナのように一撃で斬り裂くような真似ができていなかった。
「わたしはこの世界の剣術を知りません。ですが、シモナさんほどの斬鉄ではなくとも、訓練すればあれに近いことはできないでしょうか?」
そうレオナが言うと、シモナも腕を組んで考え始める。
「お願いします。魔法だけで、このまま上手く行くとは限りません。前以て戦力の底上げは必須なんです。何か上手い方法を模索してもらえませんか?」
「……まあ、筋の良い者を選んでやってみよう。ただ、期待はしないでほしい」
シモナがそう言って、この時の話は終わった。
ベルカ家の剣術は、この国における主流の流派ではない。
というよりも、ベルカ家の剣術は誰にも真似できないのだ。
ベルカ家特有の化け物じみた身体能力を元にした技が多く、一般の兵士ではそもそも真似ができない。
この世界の兵士は地球の兵士に比べると、身体能力で大きく勝る。
その中でも、ベルカ家は規格外だった。
「昔はベルカ家の人たちは多かったんです。親族を合わせれば百人ぐらいはいました」
庭で剣術訓練をしているときに、素振りをしている躍斗の隣で指導しているイジンカはそう語る。
「その人たちは強かったのか?」
「ええ。最強の兵士たちと呼ばれていました。ただ――」
「蟲たちの数には適わなかった、と」
素振りしながら尋ねると、イジンカは神妙にこくりと頷いた。
例の遠征でシモナの兄を含む、数十人が犠牲になっており、その後の遠征で帰ってこなかったとされる。
「残るのはシモナ様だけなんです。ベルカ家の当主……シモナ様の御父様は生きておりますが、御怪我を成されて一線を退いていますので……」
そんなイジンカに躍斗は質問を投げる。
「イジンカから見て、ベルカの剣術は他の人にできると思う?」
「どうなんでしょうか。以前シモナ様から聞いた話では、斬鉄は理屈的には難しい話ではありません。鉄の弱い部分を見極め、最速で剣を振るうというだけです。力もそうですが、剣速がものをいう技です。ただ、剣が今までに比べてすごい切れ味になりましたから、そこでどうなるかですね」
「イジンカも使ってみたの?」
「ええ。凄かったですよ。今までは強度を保つために必要だった部分をすべて切れ味にしたみたいで。私も木がすぱっと切れるようになりました」
今まで木を切るために何度もその部分を叩くように斬っていたらしい。
それを考えれば、今回の剣は革命的だったはずだ。
ただ、剣の威力が変われば、その分戦い方も変わる。
今までと同じように戦うこともできるだろうが、もっとできることは増えてもおかしくはない。
「イジンカは蟲と戦ったことはある?」
「いえ……。私は相対したことがあるぐらいで、直接戦ったことはありません」
ふと、気になったことがある。
「イジンカも含めて、兵士はあの蟲に向かっていくのって怖くない?」
「怖いに決まってます。でも、上級兵士の人たちからすると、動きに癖があるから囲まれなければ冷静に対処できる、らしいですよ」
「癖?」
「この間合いだと前肢で襲ってくる、すぐ近くだと噛みついてくる、とからしいですね。絶対ではないらしいですけど。それに囲まれた場合はどうにもならないということでした」
それはそれで凄いと躍斗は思う。
ただ、どちらにしろ遠距離から倒す……という発想はないようだった。
「弓はダメなのか? 鏃を蟲の外皮にするとか」
「ああ、すでに試されてますよ。ただ、どうしても今の弓では威力が弱くて……」
「弓矢そのものをデカくするんじゃダメか?」
「一度、大きな弓を作った人はいましたが、完全に引っ張ることができなかったんですよね。その上、命中率も……」
大きくなればその分、扱いにくくもなる、ということだ。
そのための教育をするのもありだが、今求められているのはそうではない。
「もっと簡単に弓を番えて射ることができればいいんですけどね」
そうイジンカが言った瞬間、ひとつの武器が躍斗の頭の中に浮かんだ。
「……悪い、イジンカ。今日はこれで訓練を終わりにしよう」
「サボり……ではなさそうですね」
「ああ。素振りの残りは夜にやる。ちょっとレオナに相談することができた」
「了解です」
そして、躍斗はこの日の訓練を切り上げる。
家の中に剣を置き、掃除をしているであろうレオナを探した。
「……ですよね、そういうところに行き着きますよね」
家に戻った躍斗がレオナに思い付いたことを話すと、レオナの反応は戸惑ったようなものだった。
「俺もすっかり忘れてたけど、クロスボウとかあるだろう。鏃が外皮でできるなら、貫通も期待できる。クロスボウがだめなら、連弩とかみたいに複数人で扱うようなものでもいい」
と、躍斗は説明している。
ただ、レオナはすでに思い付いており、さらにそれを鍛冶屋等にエステルを通じて打診していたらしい。
出来上がるのはもう少し先の話のようだが。
「この世界は歪です。クロスボウの発想なんて、すぐに出てきても良さそうなのに……」
「でも、弓が効かなかったから、そっちの発想には行かなかったってことじゃ?」
「それでもおかしいと思うんです。ヤクト様。弓の威力が足りないなら、どうしようって考えますか?」
そう言われて、躍斗はすぐに答える。
「威力を補おうとするんじゃないか?」
「そうです。弓の大型化、機械化、複数人での運用、いくらでも考えられます。ただ、それをこの世界の人は……極端な言葉で言えば、放棄してるんです」
さすがにそれは極論だと躍斗は考えたのか、控えめに反論した。
「それって文化の違いなんじゃないのか? この世界の住人たちの体力とか力は、明らかに俺たちのいた世界とは違うし」
「文化の違い、なんですかね。相手を近づけずに倒すことは、もっとも戦争に於いて重要視されることだと思うんですが」
「それこそ、魔法のせいじゃないのか? 蟲には今まで効かなかったけど、地面が隆起したり、火の玉が飛んできたらどうにもならないと思うんだが」
人間相手に魔法はとてつもなく有用だ。
攻撃魔法だけではない。
転送魔法、通信魔法。
これだけでも戦争は大きく変わる。
「それも考えたんですけどね。でも、弓が発展していないというのは、どうも腑に落ちないというか」
躍斗としては気にしすぎという気もしたが、レオナにとってはもやもやするらしい。
「魔法には制限がありますし、使える人も限られます。でも、弓は訓練が必要ですが誰にでも扱えますし、矢があればいくらでも放てるんです。有用性という意味で優先度は低くとも、捨ててはならない武器だと思うんですよね」
「……発展していないことに、何か違和感があるってこと?」
「ええ。前も言いましたが、この世界の情報軽視も、作戦立案能力も、そういった発想力も……。まるですっぽり抜け落ちてるようで不気味です」
「大陸側は違ったりするのかな?」
「そもそも戦争の歴史で何かあったのかもしれませんね」
そう言ってレオナは立ち上がる。
「どこか行くのか?」
「ええ。今までは魔法のことばかり調べてましたが、この世界の歴史――戦争についてを学びに行こうかと。一緒に行きませんか?」
少し悩んだが、躍斗は頷いた。




