5話
『報告! 王都に、五十弱の蟲が襲来の模様! エステル様に救援要請です』
通信石からそんな声が聞こえてくる。
レオナの予知めいた話が、実現していたのだ。
それを聞いたエステルたちは驚く暇もなく、すぐに転送魔法を使って王都へ向かった。
「すでに部隊は街の外に出て陣を組んでおります! シモナ様はすでにそちらで待機しております!」
「了解! ありがとう!」
転送石のすぐ傍にいた兵士は馬擬きを三匹連れていた。
エステルと、レオナ、躍斗に手綱を渡してくれる。
エステルはさっと馬に乗り、
「すいません、ヤクト様! 私はそちらに向かいます!」
と言って鐙を華麗に操り街中を馬で駆けていった。
みるみるうちに彼女の背中は見えなくなる。
レオナと躍斗は、馬に乗るのを兵士に手伝ってもらった。
それから馬を動かしてエステルの向かった方へと馬を走らせる。
素直で馬力もあるこの馬は、躍斗やレオナのような乗馬初心者でも容易く扱えた。
周囲を見渡す余裕もある。
だが、街はすでに城への避難命令が出されているのか、兵士以外は誰もいない。
時折、逃げ遅れた住人たちいるぐらいだった。
その人たちも兵士に連れられて、城へと避難させられている。
兵士もそうだが、その避難している住人の顔も暗い。
ついに全滅の時が来たのかと言わんばかりの表情である。
街中には「来るなら来やがれ! 道連れにしてやる!」と暴れている住民もいた。
「……絶望はやっぱり抱いているんですね。蟲が見えないと実感はできませんけど」
レオナが申し訳なさそうに呟く。
躍斗やレオナも恐怖感はあるものの、これまでの生活で国の滅亡という実感はまだ薄いのだ。
それはエステルの性格によるものかもしれない。
ふたりは身近にいる彼女の明るさに救われているのだ。
王都やあるいはエステルの領地となる街には、覇気のない人も多い。
とはいえ、滅亡を実感する住民たちはいる。
これまでの経過――領土を蹂躙され、王都のみという状況がそれに拍車をかけている。
ここまで追い込まれた国に、巻き返す力があるなど思えないのだ。彼らには。
「……少しずつ実感はできるよな」
ふたりともこうした光景を見て、この国に暗い影が纏わり付いているのを改めて認識した。
「今回の防衛戦が……上手くいけばいいんですが」
「いってくれないと困る」
躍斗はいざという時に、備えて待機する手筈となっている。
失敗した場合には躍斗が災害を使用して、蟲を殲滅しなくてはならない。
退却するタイミングを失敗すれば、味方もろとも災害に巻き込む危険性もあるため、成功することを祈るしかない。
これが、今後の戦略における第一歩となるかどうか。
そのターニングポイントだ。
もし、全くの成果を上げられなければ……絶望しかないだろう。
そんな不安に駆られていると、別の馬が追いかけてきて躍斗たちに合流する。
「ヤクト様! レオナ様!」
「イジンカか。あっちに行かなくていいのか?」
「今回は王子の以降で魔法使いを中心に動かすとのことでした。今までほとんど蟲は魔法は効きませんでしたが、今回は秘策があるようです。魔術使い350名と見習い100名が参加しています」
さらに詳しく話を聞くと、魔法使いの部隊は相当細かくグループ分けをしてあるようだ。
聞く限りでは、レオナの言った通りにしているようである。
「上級兵士たちは魔法部隊の近場で万が一に備えて待機しているようですね。私のような下級兵士は細かい仕事を割り当てられています」
その表情は少し複雑だった。
蟲と戦えない自分自身に怒っているようでもある。
「では、戦場の眺められる場所にご案内します」
躍斗とレオナが行く場所は、戦場ではなかった。
街の外に出たところで、すでに陣形は組まれており、しっかりと魔法部隊は整列していた。
もっとも、躍斗とレオナはエステルたちと同じ場所に行ったわけではない。
躍斗たちはその平原を見下ろせる高台に陣取っていた。
ここから戦場がよく見える。
盆地となったその戦場は、ほぼ荒野だ。
広さは躍斗にはわからない。
だが、迎え撃つには最適の場所と思えた。
荒野と行ってもそこにはところどころに草が伸びている。
もっとも、それはまだ成長途上の草だ。
「ここは何度か蟲との小競り合いがありましたから……」
とイジンカが説明する。
その結果として、草原だったこの場所は荒野に等しい場所になってしまったのだという。
それでも、何度も草は伸びようとしている辺り、ここの草の生命力は相当強いようだ。
「蟲の数、変わりなし」
また、ここには他にも数名の下級兵士がおり、通信石に向かって何かを喋っている。
この高台からは蟲がすでに見えていた。
兵士はその蟲の数や動き、範囲を細かく伝えている。
蟲は今にも部隊と接触しそうなほど、早く前進していた。
「蟲、範囲内に入りました!」
彼らが通信石にそう伝える。
だが、まだ魔法は放たれない。
その様子をここにいる下級兵士たちは緊迫した表情で見下ろしていた。
なぜ魔法を撃たないのか、不思議そうでもあった。
「大丈夫ですね。ちゃんと伝わっています。功を焦ったり、錯乱して、早まるような人もいません」
レオナは躍斗に聞こえるようにそう呟く。
レオナが言うには〈バーストアイシクル〉は、射程ギリギリよりもその最大射程の半分ぐらいが一番丁度いいということだ。
エステルからそれを聞いたレオナは、蟲がその範囲になったら一斉に放ってくれと頼んでいたのである。
「肉薄します!」
そんな誰かの声が響き――。
ローブを羽織った者たちから氷柱が一斉に射出された。
その数、百本ほどか。
陽光に反射した氷柱が蟲に命中する。
蟲に当たった氷は、鉄に当たって砕けるような音を響かせ――。
氷柱は爆発し、氷をその身に纏わり付かせた。
それで蟲の突進力が明らかに落ちる。
一秒後。
〈バーストアイシクル〉の第二波が放たれる。
同じく百本ほど。
氷の上からさらに氷柱が炸裂。
蟲の第一陣は完全にその動きを止めた。
だが、後列の蟲たちは動かなくなった第一陣の蟲の身体を乗り越え、突撃。
そこに〈バーストアイシクル〉の第三波。
もはや、雹のように降り注ぐ氷柱は終わることはなく射出される。
躍斗たちが見ている荒野は、氷の破片で埋め尽くされていた。
いくら蟲が突撃しようと、〈バーストアイシクル〉はその行く手を阻む。
突進してくるだけの蟲など、まるで相手にならない。
蟲は完全に駆逐される存在になっていた。
二分後。
平原は氷で埋め尽くされ、蟲たちはすべて凍り付いていた。
魔法の射出はすでに止まっている。
五十匹いた蟲はピクリとも動かない。
しばらく、風の音だけの時間が続いた。
そこに、自然と。
大きな歓声が上がる。
荒野で巻き起こった大きな歓声は躍斗たちにも咆哮のような強さで轟く。
躍斗たちの傍にいた下級兵士たちも抱き合って喜び合っていた。
これは、魔法使いが新たな戦い方を生み出し。
記録上で言えば圧勝という戦闘となった。
蟲が出てきてから、人類が初めての圧勝に。
誰もが酔いしれていた。
その後、下級兵士たちが動員され、凍った蟲たちの解体が始まった。
外皮、内臓などを使いやすいようにしておく意味もあるが、冬眠状態になっただけという可能性を憂慮しているらしい。
ここに放置して、万が一復活でもされたら困るというところである。
イジンカは躍斗とレオナは街の転送石付近へと案内してから、蟲の解体作業現場へと向かっていった。
「では、シモナ様。エステル様。失礼致します!」
そんな彼女の背中を見送って、エステルははしゃいでいた。
「いやー、我ながらすごい威力だったねー」
「私たちが出るような幕もなかったな。確かにあれはすごい」
「冷気を保持するって考えはなかったからなー。氷柱を弾かれただけで、氷魔法は効かないって思っちゃったし」
シモナも今回の戦果には舌を巻いている。
今まで魔法使いたちは対蟲において、役に立つ場面が限られていた。
それがここに来て、何の危なげもなく五十匹の全滅だ。
むしろ、これまで何をやってたんだと言わんばかりの戦果である。
「当初、魔法を使用することには騎士の方からは反対の声が上がったのだけど。リボル王子の判断が正解だったことを意味するな」
シモナが淡々と語る。
「今までシモナや騎士たちに任せっきりだったからね。今までの犠牲に報いるためにも、魔法の方でも頑張らないと……」
「犠牲になってきたのは騎士だけじゃない。魔法使いもだ。だから、これは……これまでの積み重ねだろう……」
「うん……うん……!」
拳を握ってエステルは興奮している。
彼女には、勝った実感が少しずつ湧いてきていた。
「やったよ……みんな……! 御父様……! これで……もう負けないから……! だから、見守っていて下さい……!」
それから次第に涙声になっていって、最後には泣いてしまった。
エステルは明るい。
まるで世界の滅亡を感じさせないほどに。
それは彼女の性格もあるが。
無理もしていたのだろう。
これまでの仲間を蟲にやられ、父親も蟲にやられ。
それでも彼女は諦めず、救世召喚魔法を使って躍斗を喚び出した。
領地を取り戻し。
躍斗の使った災害から、効果的なものを見定め。
レオナの進言から新たな魔法を生み出し。
そして、それの効果的な使い方を実践し。
ついに、蟲を駆逐できる方法を見つけ出したのだ。
もちろん、これから同じように上手く行くとは限らない。
だが、それでも。
人類が、反逆をする、一歩となったはずだった。
「お疲れ様」
躍斗が声をかけると、
「ヤクト様、ありがとう……! ありがとう……!」
嬉しさ余ってかエステルは躍斗に抱きついた。
「俺は何もしてないよ。全部、エステルが考えて、レオナがそれを形にしただけだろ」
「でも、ヤクト様がいなかったら、そもそも領地を取り戻すこともできなかった。こうして氷が効くことにも気付かなかったから……!」
躍斗が痛いと思うぐらいにエステルは抱きしめる力を込める。
すっかり躍斗の胸に顔を埋めて、涙は躍斗の服に吸い込まれていった。
「……ひとまず、心も体も休めるといいさ」
そう言って躍斗がエステルの頭を撫でる。
銀色で、さらさらの髪を優しく扱うように。
躍斗の女の子に対する精一杯の労りだ。
「ありがとう、ございます……!」




