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4話

 地図を見て、リボルは深く感心した様子だった。

 地図にはあれからもレオナは色々と書き込んでいる。

 特に赤い丸はよく目立った。

 レオナ曰く、重要な点であるとのことだ。

「レオナ殿、この赤い丸で囲まれた部分は?」

 赤い丸は五つ。

 さらにその中には数字で1から5が書かれていた。

「取り戻すべき重要拠点です」

「ほう……。この中の文字は?」

「すいません。この世界の文字で書くべきでしたね。優先度が書かれています」

 この地図に書かれた島は、大まかに言えば少し長めの楕円だ。

 この王都は左下側の沿岸に位置する。

 さらにその左下はエステルの領地――今いるここだ。

 赤い丸は地図の中央。

 左上と右下の沿岸にひとつずつ。

 さらにその中央と沿岸部分の間にひとつずつとなっている。

 丁度、島を斜めに線を引くように赤い丸がある。

 左上の沿岸部分が「1」。

 右下の沿岸部分が「2」。

 中央の部分が「3」。

 左上沿岸部分と中央部分の中間に「4」。

 右上沿岸部分と中央部分の中間に「5」。

「まず真っ先に支配権を取り戻すべきは、ここです」

「蟲の上陸点ですね。2の部分も上陸点ですが、その優先順位の差は?」

「大陸に近い方が重要度が当然、高いです。大陸から遠ければその分、上陸に時間がかかります。上陸を許した場合の危険度は変わりませんが……。何よりもまずこれ以上の上陸を許せば、泥仕合の始まりです」

「泥仕合?」

「わたしたちの世界では互いに相手の弱点、秘密などを暴きたてて争うことですね。戦争が終わらなくなる、という意味に捉えてもらえれば」

「ふむ……泥仕合ですね」

 すると、次にリボルは中央に指を滑らせる。

「ここは?」

「わたしが取り戻すべきと思っている街です」

「ああ、ブレイハ公の街をですか。それはなぜ?」

「この島で標高がもっとも高いからです。高所を取った方がやれることも多くなります。それと切り札になりますが……」

 ちらちらと躍斗を見るレオナ。

 だが、少し俯いて彼女はその先を口にしなかった。

「これに関してはいずれ話す機会があると思います。ただ、この中央を取り戻しておけば、生存確率は上がると思っています」

「わかった。聞けるのを楽しみにしております。では、この中間にある点は防衛線ということでいいのですか?」

「はい。と言っても、重要度は高くありません。中央のここを取り戻してから、また考えるべきです場所ですね。必要があるかどうかも見てみないとわかりません」

 リボルが腕を組む。

 そして、我が意を得たりというかのように頷いた。

「いや、私としてもほぼ同意見です。中央は予想外でしたが」

「まずは上陸を防ぎ、島内にいる蟲を殲滅。それ以降は上陸を防ぐための防衛戦に移行ですね。各地に物見を建てて、異変はすぐに王都に連絡されるように。ただ、前提条件で言えば九割の人がこう提案するかと思いますが」

「それは否定しません。ですが、領地を持たない者が絡まないと忌憚のない意見を聞けなくてね。私の参謀はどいつもこいつも自分の領地を取り戻したいと主張する輩ばかりですから。そもそも王領直轄地になるというのに、ですよ。上陸を重視しないような者もいます」

 レオナは以前躍斗に「この世界は作戦の立案や情報の重要度、教育を軽視しすぎている」と述べたことがある。

 まるで「教えるべき人が、生まれなかったんじゃないか」と。

 そして、リボルの話を聞いた躍斗は、人材についても相当厳しい状況にあるのかもしれないと、うっすらと危機感を抱いた。

「領地の喪失は死活問題ですからね。仕方ない部分もあるでしょう」

 しかし、レオナは空気を読み、しれっとそんなことを述べる。

「エステルが自分の元領地を取り戻して以来、彼女には貴族からのやっかみが増えましたからね。我々の兵を使っていないのだから、そんなことを言う筋合いはないのですけど。だが、これは生存を賭けた戦争です。自己の欲望は国を滅ぼすことになります」

 レオナはそれに頷いてから、話を続けた。

「あれから蟲は増えていますか?」

「ええ、二回上陸があったはずです。三十匹は入ってきているでしょう」

 それを聞いたレオナの表情が曇る。

「では、おそらくその三十匹は中央にいったのですよね?」

「よく知ってますね。それほど蟲にとって中央は大事になるのですか?」

「蟲には転送魔法がありませんからね。島中を睨む必要がありますし、蟲とて高所がいいということを把握しています。蟲は中央に位置取った方が動きやすいはずです」

「ふむ……。優先順位については理解しました」

 レオナの表情は晴れない。

 それが気になったのか、リボルが促した。

「何か気になることがあれば、仰っていただければと思います」

 レオナはそれでも躊躇う。

 不安そうにエステルと躍斗を交互に見遣る。

「……レオナ。どんなことでも言っておいた方がいい」

「はい」

 不安そうに小さく頷き、そして、深呼吸をしてから口を開いた。


「近いうちに、蟲は王都に攻め入ってくると思ってます」


「なんと……」

 リボル王子は眉を顰める。

 ただ、その目には微かな疑わしさがあった。

「根拠らしい根拠がなくて申し訳ないのですが、もし、あの蟲が人と同じ思考であれば、こちらの持つヤクト様の力に気付いたはずです。五十匹ほどで威力偵察をしてくるのではないかと」

「五十匹で?」

「はい。シモナさん曰く百匹が現れたら、王都は危険と聞きました」

「……ですね。シモナほどではないですが、上級兵士の力を持つ者は五百人。その十倍近い兵士が下級に控えていますが、百匹がきたら下級兵士では……二百人いても勝てるかどうか……」

 上級兵士がシモナの言う六人がかりで一匹の虫を倒せる兵士という話をエステルが補足する。

 イジンカは下級兵士で、彼女のような下級兵士が六人いても蟲には勝てない。

 蹂躙されるだけだと、リボルは躊躇なく断言した。

 そんなリボルに対してレオナは申し訳なさそうな顔をする。

「絶対来るというわけではないのですが……答えは見えてるのに、過程が見えなくて……申し訳ありません」

 しばらく、静かな時間が過ぎる。

 しかし、小さな吐息を漏らして、リボルは意を決したように口を開いた。

「……わかりました。エステルが信用するレオナ殿のことです。偵察を密にしましょう。それに魔法の方は魔術使いまでが例の魔法を使えるようになりました。仮に来たとしても優位に戦えるでしょう」

 それを聞いたレオナは「ありがとうございます」と言ってからエステルに向き直る。

「魔術使いは何名ほどでしょうか? というよりも、エステルさんの氷魔法を使えるようになったのは……」

「三五十人だよ。見習いは五十人ぐらいができるようになったかな。合計で四百人だね。あの図面見せたら、みんな一回二回でできるようになったんだ」

「一度に何連射できますか? それと次発の間隔は? 一日の魔力回復量を踏まえた限界は何回になりますか? 魔力が満タンの時に限界まで撃つとしたら何回?」

 レオナは矢継ぎ早に質問をしていった。

 エステルは慌てて念話を行い、それらの情報を何やらまとめていく。

 エステルの開発した氷魔法は、一度、魔法を発動させると氷の氷柱が十本飛ぶ。

 それが目標物に着弾すると爆発。氷と冷気を撒き散らす。

 そんな代物だ。

 エステルであれば、二十個の魔法を一度に同時展開できるらしい。

「エステルはこう見えても天才ですから」

 と、リボルは苦笑しながらエステルを見る。

 それを聞いた、エステルは「それほどでもー」と照れていた。

「こう見えても」のところは聞こえてなかったのか、あるいは自覚していないのか。

 その判別は躍斗にはつかなかった。

「オルガさんが、五発同時展開できたね。魔法使いなら、その辺りが平均かな」

「では、魔術使いは同時に一発が限度、と」

 魔法使いは魔力が尽きぬ限り、間断なくこの魔法を放つことができるらしい。

 だが、魔術使いは一回一発が限度だ。

 また、一度使った後、十秒から三十秒の間隔が必要とのことだった。

「では、十秒の者、二十秒の者、三十秒の者で区分けをしておいてください」

 と、レオナが言うと、エステルが「なんで?」と聞き返す。

「魔法をでたらめに撃つよりも、同時に同じ箇所へ撃った方が効果的だからです」

 レオナは即座にその答えを述べた。

「集弾効果によって魔法の効果が上がる可能性があります。一秒間隔でこの氷魔法を蟲に向けて放てば、冷気効果も高まると思います。面としての制圧力も比較にならないでしょう」

「でも、魔術使いだと十秒間隔が最速だよ?」

「十秒間隔の魔法使いが十人を一グループにして、一秒ごとに使わせれば問題ありません」

 実際にあったかどうかは別として、理屈としては信長の鉄砲三段打ちに近い。

 そんな考えが躍斗の頭の中に浮かんだ。

「四百人で、数分間一秒たりとも空くことなく、氷魔法を叩きつけるための順序を組みます。ですので区分けしておいてくださいというわけです」

「な、なるほど……」

「もちろん、四百人全員が必要な時に運用できるかどうかもわかりませんし、部隊を分けることもあるでしょう。ですので、率いる人には今いる魔術使いたちの特性で、順番の計算ができる人を割り当てるようお願いします」

 エステルはまだ少し理解していないようだが、それでもレオナの頼みには従った。

 リボルはすでに理解したようで、頻りに頷いている。

 そして、一日に撃てる限界数は五十から百。

 この辺りも人によって大きく違う。

 また、一日で回復することを考慮した場合の発動回数は二十回から五十回。

 こちらも人によって違っていた。

「魔力の総量も、一日で回復する量も、人によって千差万別なんだよね」

 と、エステルは説明した。

 その上、形容魔力と発現魔力でも差異があるのだとも。

 エステルは人よりも魔力が桁違いに多く、ただそれに比して回復量はそこまで多くない。

 並みの人に比べれば数倍は多いが、彼女の魔力総量が多すぎて回復が追いつかないのだ。

 そのエステルの魔力を一度に九割以上使用するというのが、救世召喚魔法である。

「レオナ殿、それは魔法を撃つ訓練と一緒に、魔法を使える兵士たちが順々に撃つ訓練もする必要があるのでは?」

 リボルが言うと、レオナはこくりと頷いた。

「ふむ。やるべきことはわかりました。この手の管轄はエステルは苦手なので、別の魔法使いにやらせましょう」

「お、お願いします。リボル様」

「エステルは精進してください。それに今のあなたは魔力を回復させることも仕事ですからね」

 それからも魔法についての話は続いたが、リボルが定めていた時間になったことでお開きとなった。


 魔法の名前を決めることになったとき、躍斗が冗談で「氷殺ジェット」と呟いたら、エステルが「ヒョーサツジェット。意味はわかりませんが、それはいいですね!」と乗り気になってしまい、慌てて修正。

 魔法は〈バーストアイシクル〉と名付けられた。


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