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3話

「なるほど。カリキュラムが組めないということですか」

 魔法の説明を終えたエステルは、次に氷魔法についての助言をレオナに求めていた。

 念のために躍斗もついている。

「できれば全員に覚えてもらいたいところですからね」

 椅子に座ってレオナは真剣な表情で考えている。

「形容魔力、魔素組成、発現魔力、この中で一番難易度が高いのって魔素組成ですよね?」

「うん。形容魔力は腕と指を動かすようなものだし、発現魔力も拳を打ち出すようなものだからね」

 前々から躍斗は感じていたがエステルの説明は時折、すごい感覚的でおおざっぱだ。

 これでは覚えられるものも覚えられないだろう。

「魔素組成って初級だと簡単でしたよね?」

「うん。魔法の本を読めばわかると思うけど、最初に覚えるものなんかは丸と三角の組み合わせだったりするし」

「高度になるととてつもなく複雑になりますよね。この魔素組成の形が伝われば、誰にでも使えるんですか?」

「発現魔力の方で相性の問題はあるかもしれないかな。例えば、ボクの救世召喚魔法は魔素組成を真似できたとしても、発現魔力で他の人はできないようになってるし」

 発現魔力にも特性はあるらしい。

 逆に発現魔力の相性で、魔法の威力が上がることもあるのだという。

 ただ、ここもまた先天的な才能だ。

 その辺りの話をしていると、レオナは補足してくる。

「ヤクト様は発現魔力をライターだと思ったと仰りましたが……私からすれば水ですね」

「水?」

「はい。組成された魔素は容れ物なんです。発現魔力はそこに水を注ぎ込むんですね。全部に行き渡ったら完成です」

「なるほど」

「ただ、発現魔力には水で言うところの粘性や温度があります。一度に放出できる量も変わります。あまりにも巨大な魔素組成をしても量が足りなければ魔法は発動できません。温度によっては魔素が破壊されることもあります。粘性の違いで発現魔力の行き渡る速度が変化して、発動のタイミングが変わったりもするんです」

 躍斗はこれでようやく魔法の発動のフローチャートがわかった気がした。

 エステルが机に突っ伏して、氷魔法の解説を続ける。

「でも、この氷魔法はよっぽど氷魔法と相性の悪い発現魔力を持たなければ使えるようにしたんだよ。でも、魔素組成の形を伝えるのが難儀で……」

「エステルさんの開発した氷魔法って、氷柱の発生、氷柱の飛行、氷柱接触時に爆発、冷気の発生ですよね? 何かしらはしょれるところってないんですか?」

「できたらやってるよぉ。これでも処理はすごく簡略化したからね。教えやすいように。冷気を発生させるにはそれを内包するものを飛ばした方が早いしね。それが氷柱なんだよ。元々氷柱を飛ばす魔法はあるから、移行しやすいようにしたんだけど……」

 すると、躍斗は気になったことがあったのか手を上げた。

「魔素組成したものって直接見る手段ってないの?」

「ないなぁ……。自分にしか見られない。昔、それを見れる魔眼持ちがいたって話も聞いたけど眉唾だね。どっちにしろ、そんな魔眼を持ってる人はいないし」

 躍斗は魔法を使えないからその魔素を見れないのかと思っていた。

 しかし、そういうわけでもないらしい。

 魔法が使えても魔素は見えないのだ。

「だとすれば、もう絵心を磨くしかないですね」

「はい……」

 ですよねーといった表情でエステルが溜息を吐く。

「でも、言葉で説明してもらって、わたしが書いてみるのもありでしょうか……? わたしじゃなくてもいいんですけど」

 すると、今度は目を輝かせた。

「いえ、やってみましょう。まず――」

 エステルの説明は確実に下手だった。

 あまりにも感覚的で「そこはシュッて感じで」等と言われ、レオナは戸惑う。

「擬音は禁止です」

 と言われたエステルの説明は少しよくなったが、それでも要領を得ないことが多い。

 それでも根気よく付き合うレオナ。

「では、横から見た図は……」

「ここの角度が――」

「上から見た図は……」

 三次元へと突入した絵は複雑怪奇だ。

 この時点になって躍斗は3Dモデリングのできるアプリが入ったスマートフォンの存在を思い出したが、消費電力の激しいあのアプリがバッテリーが切れないまでに使いこなせるかというと、さすがに無理だろう。

「エステル。魔法で雷とかって作れる?」

 躍斗はそう尋ねると、

「できるけど」

 と、あっけらかんと明かした。

「ってことは、電気は?」

「電気?」

「ああ、電気というのはですね――」

 躍斗の代わりにレオナが解説する。

 すると、エステルも何となく理解したようだった。

「やろうと思えばできると思うけど。それがどうかしたの?」

「いや。もしかしたら、今度頼るかもしれない」

 雷でも電気でも、どんなものでもいいというわけではない。

 躍斗のいた2020年の世界では、すでに雷からスマートフォンを充電する技術は存在している。

 ただ、まだ実用段階ではない上に、変圧器が必要だった。

 もし、魔法で発生させるにしても、交流だの電圧だのとこちらにはない概念を説明しなければならない。

 レオナであれば説明できそうではあるが、やるとしても今後の話だ。

「下から見た図は……」

「ここが直線で、ここが波に――」

「こんな感じです?」

「ああ、違います。こんな波は高くなくて、もっと間隔が」

 そうやって試行錯誤しているうちに。

 一時間後。

 六面図――正投影図が完成した。

「ふーっ……! レオナさん、ありがとう!」

「いえいえ、お安いご用です……」

 そう言いつつもレオナの表情は疲労で滲んでいた。

 もっとも満足感も見えており、達成感もありそうだ。

「それにしても、複雑だな……」

 その図を見ても、躍斗は何が何だかわからない。

 前衛芸術と言えばいいのだろうか。

 全体的に見れば細い線で描かれた丸だが、その中はまるで複雑に絡まった糸のようだった。それも並みの絡まり方ではない。

 確かにこれは絵に描くのも難しい。

 躍斗はレオナに拍手を送りたい気持ちになった。

「これ、別に大して複雑じゃないよ?」

 レオナと躍斗が揃って顔を顰める。

「初級卒業って段階かなぁ。これを使えれば、ようやく魔術使いになれる感じだよ」

「というか、これは言葉で伝えられるレベルじゃないだろ」

「いやあ、ある程度、氷魔法で方向性はあるから行けると思ったんだけど」

 どう考えても無理。

 レオナと躍斗はそんな視線を合わせて頷き合った。

「でも、こうして六枚にして説明するって考えはなかったな。じゃ、さっそく教えてこようかな。そろそろ登城の時間だしね」

 エステルはレオナの書いた六枚の紙をまとめて抱える。

 そして、ワクワクした表情で家を出て行った。

「……あの魔法が蟲に効果覿面だといいんですけど」

「まあ、ダメだったらまた修正すればいいよ」

「ヤクト様……他人事だと思ってませんか?」

 レオナが拗ねた顔をする。

 これはまた一緒に寝ることを要求してくる前触れだ。

「いや、そんなことは……。あと今度、エステルに交流と電圧とか、電気の話をできないか?」

 そう質問をすると、レオナはきょとんとした。

「前に見せた通信機――スマートフォンって言うんだけど、あれで三次元の設計図を画面の中で作ることができる」

「通信機で?」

「まあ、厳密には通信機じゃないな。あれは小型のコンピュータに近いと思う」

「コンピュータ?」

「電卓のもっとすごいヤツと考えてくれればいい。たぶん、見ればびっくりすると思う。ただ、あれを扱うには電気が必要でね。蓄電をできないとダメだ」

「なるほど。それで電気のことを聞いてきたわけですか」

 躍斗は頷く。

「充電ができないことには、すぐにバッテリーが切れるから。もしかしたら、紙で書いた方が早いってなるかもしれない。操作方法は複雑だし。ただ、修正をするのは楽になるし、作れれば三次元で見るのは容易になる」

「なるほど。未来の技術を使うのは悪くありませんね」

 レオナもワクワクしたような表情となる。

「では、それが扱える日を楽しみにしてますね」

 にっこりと笑って、小さな彼女は背筋を伸ばして疲れを癒した。


 その日の夜。

 エステルの家で夕食を食べ終えたところで、来客があった。

 シモナではない。

「初めまして。リボル・ボハーチュ・シュッツガルドです。気軽にリボルとお呼びください」

 やってきたのは金髪碧眼の美男子。

 目に隈ができており疲労が垣間見えるが、逆にそれが庇護欲を湧かせるかもしれない。

 ただ、容姿端麗な割に着ている服が見合ってなかった。

 それでも物腰に気品があり、高い身分の人だろうというのが躍斗にもわかる。

「シュッツガルド王家の第四王子です」

 それを聞いて躍斗が口をボケッと開いたままになってしまう。

 高い身分の人どころか、国のほぼ頂点に立つ人である。

 王子の中では滅亡を防ぐために、一番やる気がある人という話をエステルは以前言っていたことを思い出す。

 目の隈は寝食を蔑ろにして、この国の防衛機構を動かしているせいだろう。

「ああ、この服ですか? いつも着ている服だと目立つもので。ここに来ていることは秘密裏にお願いします。そうしないと貴方がたとゆっくりと話すこともできない」

 それで躍斗は服が見合っていないことの得心がいった。

「モガミヤクト殿、レオナ・クライチャ殿。お話はエステルから窺っています。改めて我が国に力を貸していただき、ありがとうございます」

 頭を下げるリボル。

 王子らしからぬ腰の低さだった。

「リボル様。顔をお上げください。エステル様のおかげでわたしやヤクト様は生きていけるんです」

 今にして躍斗は思う。

 以前はエステルに勝手に喚び出されたことを、身勝手に考えていた。

 ところが記憶を取り戻せば、エステルは躍斗を救っていたのだ。

 救世召喚魔法は命の危険がある者を召喚するというが……。

 その上で、エステルはこうして躍斗たちの世話を焼いている。

 人によっては喚び出したのだから当然という人もいるのかも入れない。

 それでも、こうして異世界に放り出された自分たちを不自由がないようにと努力しているエステルに、今は感謝していた。

「ええ、彼女のおかげです」

 そんなやり取りをして、リボルは本題へと入る。

「ヤクト殿の力についてはエステルから聞いています。ただ、見せてほしいと言っても難しそうなので、それは機会を改めて」

「ええ。俺も極力、町や人に危害を与えたくないので」

 そして、リボルは次にレオナに目を向けた。

「今回はレオナ殿と、作戦について相談したく参りました。本来であれば、お二方とも城にご招待するべきなのですが、それを快く思わぬ者もおるゆえ。申し訳ない」

 エステルは、躍斗に言われたことをいち早く実践したのだ。

 作戦行動能力を持つリボルと、そして、作戦立案能力を持つレオナを引き合わせるべく。


 そして、レオナが書き込んだ地図を前に、

「忌憚なきご意見をいただければ」

 話し合いが始まった。


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