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2話

「大丈夫ですか?」

 この日の剣術訓練が終わり、エステルは庭で倒れ込む躍斗へと問い掛けた。

「何が?」

「無理してるように見えます」

「無理、か」

 躍斗は考えないようにしているだけだった。

 そのために今は身体をいじめ抜いている。

 英雄のようにあっさりと強くなることはない。

 千里の道も一歩から。

 躍斗はそう考えている。

「まったくなぁ。ただの一般人に変なものを背負い込ませすぎだろ」

 こちらの世界の救世。

 元の世界の救世。

 どちらかひとつ。

 そして、こちらの世界の救世は難易度が高いと来てる。

 この島の蟲を滅ぼし。

 そして、大陸側に大量にいるであろう蟲を滅ぼす必要がある。

「すいません……」

「いや、エステルが悪いわけじゃないようなあるような……。まあ、今は無理をさせてくれ。何かしてないと悪い考えに囚われるだけだしな。次に取り戻す場所ややることがあったら、また別だけど」

 しかし、今のところはそちらはまだ協議中だ。

 次に行こうにも、取り返したとしても、それをまた取り返されたら意味がない。

 それを維持する必要がある。

 抵抗するために必要な措置を王族の方で考えているようだった。

 むしろ、そこにレオナを入れた方がいいんじゃないかと躍斗は思っていて、エステルもそのように説得をしているが王子はともかく、取り巻きの連中が認めないらしい。

 躍斗であれば、エステルに召喚されたという名目は立つ。

 しかし、レオナは未だに出自のわからない人間だ。

 そこがどうしても引っかかっているらしい。

「そんなことを言ってる場合じゃないだろ」

「そう言ってるんですけどね。死ぬまで頭の硬い御仁はいるんですよ」

「王子は別に気にしてないんだろ? だったら、王子と内密に合わせてみればいいんじゃないか?」

「……その手段があったか。次の登城の時に密かに言ってみます」

 それからエステルは何やらぶつぶつと呟いた。

 どうも魔法で何かを伝えているようだった。

 便利そうだな、という目を躍斗が向けているとエステルは手で制止してくる。

 今、会話中だから待ってと電話中の人間がやる仕草だ。

 懐かしくなって躍斗はすこし笑った。

 躍斗の持ってきたスマートフォンは、現時点では役に立たないが、もしかしたら役に立つこともあるかもしれない、と電源を切ってある。それでもバッテリーがどこまで持つかはわからないが。

 そして、この魔法も転送魔法と似たようなもので、通信石がある場所にしか伝えることができないらしい。

 以前は、この通信石が至るところにあって大陸側とも連絡がついていたということも昔言っていたことを躍斗は朧気に思い出した。

 通話を終えたエステルは、「失礼しました」と前置きして、別の話題を振ってくる。

「ちなみに、ヤクト様の言う一般人って?」

「俺の元いた世界……というか、国はそもそも身分制度なんてないんだよ。王族も貴族もいなかった。貧富の差はあったけどな」

「へー。どうやって国を動かすの?」

「民主制。人が投票で決めるんだよ。まあ、与党とか野党とか――」

「戦争は……なかったの? 世界の危機とか」

「戦争はあるけど、俺のいた国は巻き込まれなかったよ。世界の危機だってそうそうはなかった。龍やら魔王なんて、そんなものは俺たちの世界じゃおとぎ話だ」

 躍斗の話をエステルは興味深そうに聞いている。

「どんな人だったんですか? ヤクト様って」

「どんな人だったも何も。普通だよ。兵士として戦う必要もなかったから、学校に入って勉強してたんだ。国語とか算数、社会、理科から始まって、少しずつ古文だの数学だの世界史だの物理だのと難しくなっていくんだ」

「やりたいことをやってたりとかは? 親に生きるべき道を指し示されるとか」

「そんなものはなかったよ。まあ、そういうような人もいたけど、俺は違ったし、大多数は将来何をやるかなんて決めてないんだ。俺らの歳になって少しずつやりたいことが見えてくる感じ」

「はー。なるほど。やっぱりボクたちとは違うんだねー」

「まあ、文化なんか違って当然だろ。むしろ、異世界の割には似通ってるしな。何で数字が俺のいた世界と同じ十進法なんだって話だし」

「十進法?」

「要は十数えるごとに位が上がるってやつ」

「そっちの世界だとそう呼ぶんですか。でも、手の指は十本なんだし。身近にあって便利だからじゃない?」

「……そうか。確かに言われてみればそうだな」

 そう考えると異世界であろうとどこであろうと。

 数字の数え方が十進法になるのは必然なのかもしれない。

 異世界でも人がいて指が十本というのも、人の進化における必然という可能性もある。

 例えば、地球と同じ環境の星があったとして。

 それが同じ進化を辿るかどうか。

 もっとも、ここまで来ると哲学や進化論の出番だ。

 高校生の躍斗にわかるはずもない。

「それにしても数字の数え方に名前があるなんて面白いですね」

「まあ、他に二進法とか八進法とか十六進法とかもあるな」

「……二進法? 二になったら桁が変わるって……何に使うんです?」

 エステルの目が訝しげだ。

「まあ、色々と使われるよ。例えば二進法はこんな感じ」

 躍斗は手の平を閉じたまま、両手の前に出した。

「0」と躍斗が呟いて始まる。

 右手の小指を立てて「1」。

 右手の小指を折り、薬指を立てて「2」。

 右手の薬指を立てたまま、また小指を立てて「3」。

 右手の小指と薬指を折り、中指を立てて「4」。

 右手の小指と薬指を折り、中指を立てて「5」。

 右手の中指を立てたまま、また薬指を立てて「6」。

 と、次々と指を折ったり立てたりした。

 さすがに32になった時点でやめたが。

「こうやってやっていくと、1023までは数えられる」

「………………………」

「……えーと、俺の説明、やっぱりわかりづらい?」

「い、いえ! なるほど……そういう手段が……。つまり、数字を圧縮するわけで……計算が高度になるけど、その分威力や射程が……」

 エステルはブツブツ言っている。

 どうやらこの二進法は魔法に応用できるようで、持っていたメモに色々と書き込んでいた。

 そのメモの中に氷という文字を見つけ、躍斗はふと尋ねた。

「で、エステルは氷魔法だっけ。上手くいってるのか?」

「ボクの方はどうにか。氷の槍を連続で撃ち出すぐらいはね。ただ、蟲に物理的にぶつけても意味がないじゃない? どれだけ鋭利にしても突き刺さらないし。だから、当たったら爆発させて、氷が纏わり付くようにもしたんだ」

「なるほど。倒すんじゃないのか」

「レオナさんのオーダーは氷で固めて動かなくする、だからね。ただ……」

 そこでエステルは唇を尖らせた。

「どうにも他の人には上手く教えられなくって。氷を槍を出すぐらいしかできないんだよね」

「それって、才能の問題とかじゃないのか?」

「ううん。使う魔力量も極限まで減らしてるから、できないってわけじゃないはずなんだよね。ただ……これってセンスってことになるのかなぁ。魔素組成が複雑なのかなぁ……」

 躍斗には魔法も使えないし、その辺りはわからない。

 ただ、人には向き不向きもあることは理解していた。

 エステルが言ってることのレベルは不明だ。

 しかし、足の速い人間に速く走る方法を尋ねても意味がない。

 スタートや足の動かし方、手の動かし方を伝えることができても。

 結局、足の速さというのは身長や足の長さ、筋肉の質で決まる。

 ただ、これがプログラムのようなものということであれば話は変わる。

 プログラムはどんな高度なものでも真似をすることはできる。

 どんな複雑な処理でも、紐解いていけば理解できないということはない。

「魔法って、なんなんだ?」

「え?」

「レオナじゃないけど。俺もすこし理解しておきたい。俺の扱う力も魔法に近いみたいだしな」

 今までは興味を持てずにいたが、

「軽くでも理解した方がいいですよ。生活用品にも魔法はありますから」

 とレオナに言われ、すこし考えを改めた。

「なるほど。じゃあ、どこから話せばいいですかね」

「始めの方からで頼む。できる限り、簡単に」

「りょーかいです」

 それから躍斗たちは家の中へと移動した。

 巨大な木の板のある部屋へと向かう。

 エステルはペンでそこに何かを書いた。

 特に意味はなさそうな文字だ。

 すぐに何やら呟くと、その文字がふっと消える。

 以前、地図にも使った魔法によって消せるペンだろう。

 エステルは書き心地を確かめただけのようだ。

 便利なものである。

 もっとも躍斗には板かペンか、インク的なものか、どれが魔法なのか判別はつかないが。

「まず、魔法を使うには先天的な素質――魔力が必要です。魔力と言っても二種類あるんですけどね」

「ほう」

「形容魔力と発現魔力って言います」

 このふたつは、躍斗にとって初耳だった。

 ただ、この世界の住人からすれば当然の話で、説明する必要性を感じなかったということだ。

 そもそも使えない側からすれば、説明されなくても困らないというのもあった。

「で、魔法は自身の発現魔力と、空気中に含まれる魔素を媒体として発現させるんです」

 つまり、発現魔力はライターで、魔素が可燃物。

 可燃物が炭、木、あるいはガソリンで燃え方は違う。

 それがもっと巨大な概念になったものだと躍斗は理解した。

「自身の形容魔力を放出して魔素を自分の思う通りに固めるんですね。固めるって言っても、一口には上手く言えないんですが。粘土でものを作るのに近いかな。これを魔素組成って言います」

「粘土、ねぇ」

 やはり、この世界の土も元いた世界とそこまで変わらないらしい。

「形容魔力を手とすれば、魔素は粘土ですかね」

 なるほど、と躍斗は頷いた。

「で、先程言ったことの繰り返しになりますが、組成された魔素に発現魔力を注入して魔法は発動します」

「理屈そのものはそう難しくはないんだな」

「魔素の組成がセンスになりますからね。形、大きさ、角度、固さ、そこにどんな発現魔力を入れることで、魔法は発動します。ただ、適当にやると適当な魔法しか出ないですし、固めた魔素が変な形になると目的は達成できません。この形でこんな魔法が出るっていうのは決まってますが、これらは探し出した先人の知恵ですね」

「ああ、決まってるんだ」

「ええ、威力や射程を伸ばすぐらいなら、ちょっと形を変えるとか、発現魔力の質を調整すればできるんです。もっとも火を扱うのと水を扱うのとでは全然形は違いますけどね。属性的に同じものであれば似ますが」

「じゃあ、教えるのが難しいのは魔素組成か」

「はい。そうなんですよね。特に魔術使いは、その辺りが……」

「魔術使い?」

「ああ、魔法使いの下位に位置する人たちですね」

 以前、シモナは魔法使いは五人しかいないといった。

 よくよく考えてみれば少なすぎる、と今になって躍斗は思う。

「魔法使い、魔術使い、魔術使い見習いって感じですね」

「全部で何人ぐらいなんだ?」

「ざっくりと千人ぐらいですね。魔術使いまで、蟲対策用の魔法を浸透させたいんですけど、なかなか……」

「まあ、俺は魔法使えないからその辺りは手助けできないし」

 結局はエステルがどうにかしなければならない。

「言葉で説明するのが苦手なら、図面でどうにかすればいいんじゃないか?」

「絵は苦手なんです……」

 その絵を躍斗は無理に言って見せてもらう。

 確かにわけのわからない絵だった。

 これは魔素云々ではなく、間違いなくエステルの絵心が酷いだけだ。

「すいません……」

 エステルはしばらく恥ずかしそうに俯いていた。


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