表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/34

1話

 躍斗は剣術の訓練に勤しんでいた。

 と言っても、やってることは大したことがない。

 基礎体力を付けるためのランニングやダッシュ。

 筋力を付けるための筋トレ。

 そして刃引きされた鉄の剣での素振りぐらいだ。

 シモナとイジンカ曰く、剣術を習うにも人並みの体力がなければ話にならない。


 躍斗には地球に於いて人並みの体力はある。

 しかし、この世界の基準からすれば下の部類に入る。

 まずは戦えるだけのスタミナが必要なのだ。

 そして、武器に振り回されないほどの腕力。

 このふたつが重要になる。


 聞けば英雄、楠葛葉は初めて剣を持った時。

 そこからめきめきと頭角を現していったらしい。

 凶暴化した魔物に襲われたものの、運もあっただろうが、しっかりと倒したのだ。

 葛葉に元々、才能があったのか。

 あるいはこの世界に馴染んだ故のことだったのか。

 もしくは死ぬような努力をしていたのか。

 もしかしたら、それらすべてだったのかもしれない。


 何にせよ。

 躍斗には葛葉ほどの成長度はない。

 楠葛葉の成長度は比類なきものだったのだ。

 教えた技を一度で覚え。

 何十年もかけて覚えるような技を一日で覚え。

 一年で誰も到達し得なかった神域に至った。

 騎士、エリアス・ベルカが嫉妬心を抱くほどの

 だからこその英雄なのだ。


 躍斗は愚直に剣を振るう。

 無心で。

 邪念は振っていく内に薄れていく。

 自身を機械と思うように。

 手にある重い剣を振るう。



 地球の滅亡。

 躍斗は俄に信じることはできなかった。

 レオナもいくら何でもと思った。

 躍斗は元の世界に戻る方法を捜していた。

 それこそ、最初はそれがわかるまで力を貸すという約束だった。

 躍斗が死んだ災害を召喚すれば、災害が起こらなかったことになる。

 それで死を回避し、元の世界に戻ると思っていた。


 しかし、その災害が地球滅亡だ。

 躍斗は気落ちする他ない。

 確かに地球滅亡クラスの災害を頭の中でイメージする。

 躍斗の災害再生は、意識した規模に合わせた代物をピックアップしてくるものだ。

 今まで、地球滅亡についてはイメージなどしたことすらなかった。

 だからこそ、最初から合ったそれに気付くはずもない。

 そして――それはあった。

 2020年3月20日。

 固有名称『アポカリプス』。

 あの後、僅かに生き残ったであろう人類が付けた名前であろう。

 まだ生きているかどうかは不明だが――。

 この日は、確かに地球滅亡の日と言われていた日だ。

 うさんくさいマヤ暦による滅亡予言。

 1999年や2012年にもそんな予言はあった。

 だが、そんなものはやってこなかった。

 この予言が的中すると思っていた者など、皆無に等しいだろう。


 何にせよ――躍斗は帰るべき世界を失った。


 あるいは、この2020年3月20日の災害を再生すれば。

 躍斗は元の世界に戻るのかもしれない。

 躍斗の持つ力が、エステルの言うとおり、地球でなかったことになるのなら。

 地球では『アポカリプス』が起こらなかったことになる。

 それで、躍斗も地球の誰もが元に戻るのかもしれない。

 災害が起こってないのだから、死ぬような目に合うはずもない。

 だが。

 それはこの世界を終わらせるということだ。

 範囲を極小に絞ることで滅亡を回避することは可能かもしれない。

 だが、それも未知数だ。

 地震災害はどうあっても範囲を縮小できない。

 大元となるエネルギーが変わらないから、縮小しても意味がないのだ。


 少なくとも、この世界を終わらせるような真似を躍斗はできない。

 できるわけがない。

 理不尽に意図的に人の命を奪うなど。

 それこそ、魔王だ。

「でも、ヤクト様。もしの話だけど」

 だが、エステルは怖ず怖ずと口にする。

「もうどうしようもなくなったら、この世界を終わらせてよ」

 事も無げに。

「蟲に殺されるよりは……いいからさ」

「俺はこの世界の処刑人として喚ばれたのかよ……?」

 躍斗がそう言うと、エステルは沈痛な面持ちを見せる。

「私もその方がいい」

 だが、シモナまでその意見に賛同した。

「シモナは騎士だろ。戦いの中で死にたいとか思ったりしないのか?」

「……人間相手であったのならな」

 そう語るシモナの声はあっさりとしたものだった。


 混乱しそうな頭を落ち着けるために、剣術のための訓練は都合がよかった。

 がむしゃらに動いているだけで、その時は何もかもを忘れられる。

 忘れることには何も意味がない。

 問題を先送りしているだけに過ぎない。

 だが、この世界を終わらせるかどうかの二択など、あまりにも重すぎる。

 そして、故郷が丸ごと滅亡したということを受け入れるには、時間がかかった。


 またレオナもオルガに記憶を見せてもらおうとした。

 しかし、彼女の場合、蟲が目の前にいた瞬間で止まった。

 それ以降を辿ることができなかったという。

 まるで、そこに突然生まれたかのような。

 そう説明するしかないものだったらしい。

 そんな正体不明な彼女は、今部屋でひとり塞ぎ込んでいた。

「少し、ひとりにしてください」

 と言って。

 食事はするし、その他の活動もしている。

 だが、以前に比べると覇気がないことは明らかだった。


 この日の訓練が終わり、躍斗は庭に倒れ込む。

 雑草も刈り取られ、手入れされた土もあるエステルの家の庭だ。

「お疲れ様でした」

 イジンカが、汗を拭うための布と、そして水の入った木のコップを仰向けになっている躍斗に手渡す。

「ありがとう……」

 上半身だけ起こした躍斗は布と水を受け取り、汗を拭いて水を煽った。

 とても美味い。運動した後に飲む水は、いつだって格別だ。

「イジンカは、俺に怯えなくなったな」

 剣術訓練を始める前は、異常なほど恐縮された。

 ひとつは、災害の力を見たことによる恐怖。

 もうひとつが、躍斗たちを置いて王都に戻った罪悪感だ。

「ヤクト様は優しくして下さいますから」

 他人が聞いたら誤解しそうな声色と言葉でそんなことを言う。

 特に躍斗は彼女を襲ったわけでもない。

 さりとて、特別優しくしたような記憶もなかったが。

「本来であれば、騎士としてヤクト様とレオナ様を守るべきでした」

「言ったろ。もし、王都にエステルたちが戻っていた場合に備えてって」

「ええ、わかっています。ですが、あの手負いの一匹程度、倒せる力があればと思わずにはいられません」

「そんなの俺だってそうだよ」


 もしこの世界に英雄楠葛葉がいればどうだったのか。

 その剣で蟲を何百も倒していたのだろう。

 ただ、彼女とて人間だ。

 疲労は蓄積し、いつかは限界が来る。

 何万匹もの蟲と戦って最後まで立っていられるかどうかは、正直難しいところだろう。

 もっとも、躍斗よりかは格段に役に立つ。

 ただ、もし葛葉の時代に躍斗が召喚されていたらどうなっていたか。

 龍がどれほど強いのかは、見たことがないので躍斗はなんとも言えない。

 しかし、核爆弾で倒せるのではないかという気はしていた。


 イジンカと分かれ、躍斗は家の中へと戻る。

 すると、掃除をしているレオナがいた。

 買ってきた布を頭に巻き付け、三角巾のようにしている。

 また布と紐を使って作ったマスクで口を覆っていた。

 この世界にもエプロンはあるようで、レオナはそれを身につけている。

「ヤクト様、お疲れ様でした」

「レオナもお疲れ様。手伝うよ」

「いえ、もう少しで終わりますので」

 言葉通り、レオナの掃除はすぐに終わった。

 三角巾、マスク、エプロンを外してリビングへとやってくる。

「毎日、ちゃんとやるのは凄いな」

「これぐらいしか、できませんから」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。俺は前の世界で掃除なんて気が向いたときにしかやらなかったし」

 そんな軽口を叩くものの、レオナの表情は晴れない。

 最近はいつもこのように影があった。

「……ヤクト様は、地球滅亡を知ってどう思いました?」

「実体験した身でも、信じたくはないな」

「あんなことになる原因を、未来では解明されてないんですか?」

「噴火の予測をするってのはやってるけど、精度はそこまで高くないな。人類は自然現象に勝てた例しがない」

「マグマの上昇で発生するのが噴火です。そのためには、マグマに含まれる揮発性成分が分離して、マグマの密度を小さくする必要があります。ある程度環境を整えて、人工的に起こすことは、未来だったら可能な気はするんですけどね」

「あの地球滅亡が、人為的だって思うのか?」

「確証はまったくありませんよ。でも、地球を終わらせたいと思うような頭のおかしい過激はいつだっていると思います」

 レオナの言っていることは極端な話だ。

 要するに地球を終わらせたい一派がいて。

 その者たちが火山の噴火を意図的に起こした。

「地球全土の噴火っていうのは、さすがにおかしいと思っています」

「でも、それを確かめられないんじゃどうしようもない。幻でもなかったしな」

 オルガの視覚の記憶閲覧は、夢の情報などが入り込むこともあるという。

 しかし、実感として躍斗にはあの地震と津波を体感し、噴火情報を目にしている。

 その上、頭の中にはアポカリプスという災害があった。

 現実に起こったことなのだ。あの災害は。

「ここは未来の世界なのかもしれませんね」

「あんまり笑えないな」

 この世界の有史がいつかはわからない。

 しかし、一日が二四時間というのは地球と同じだ。

 ほぼ三百六十五日で一年というのも同じ。

 曜日感覚の存在しない世界だが、地球と似ているのは躍斗も感じている。

「あるいは、遠い宇宙の星に飛ばされてきたのか。どちらにしろ、わたしは……よくわからない存在ですけどね」

「レオナ……」

「ヤクト様を通してみた地球滅亡も恐ろしかったです。ただ、わたしはわたしの存在の方が怖い……。なんなんですかね、わたしって……」

 レオナは躍斗が助けた以前の記憶が見えなかった。

 オルガは何度か試したが、結果は同じだった。

「オルガさんも言ってただろ。完全に喪失しているのかもしれないって」

 記憶喪失にも二種類ある。

 思い出せないだけというものと、完全に喪失してしまうものだ。

 後者の場合、オルガは視覚を追うことができない。

 躍斗の場合は、前者。ただ一部を思い出せないだけだった。

 おそらく強烈すぎて記憶を封印したのだろう。

 躍斗はそう勝手に納得している。

「それに俺だって大して変わらないよ。ここに突然現れたってことは。一からこっちでやり直す……でいいんじゃないのか? レオナはレオナだ」

 すると、レオナは少し顔の険が取れた。

 そして、躍斗に意味ありげに笑顔を向ける。

「ヤクト様はもしかして元の世界で女性にだらしなかったですか?」

「まさか。葛葉以外はまったく縁がなかったよ」

「そのわりにはこちらをドキッとさせることをよく言います」

「そうか?」

「そうです。そんなことを言われると甘えたくなっちゃいます」

「……頻繁にベッドに潜り込んでるんだから、今更今更だろ」

 朝起きると、躍斗のベッドの中にレオナがいたというのも一度や二度ではない。

 もちろん、夜に一緒に寝るというのもある。

 ただ、躍斗が先に起きる時、時折レオナの瞳に涙が溜まっていることをよく見た。

 レオナは人の温もりが恋しいのだろう。

 しかし、そんな躍斗の答えをレオナは気に入らないようだった。

「その割にわたしの身体に手を出しませんよね? もしかして、ヤクト様って不能……?」

「女の子が不能なんて言わんでくれ。なし崩しとか、適当に女の子を抱くなんて、ちょっと紳士じゃないしな」

 レオナの身体は同年代にしてはすこし肉付きがよろしくない。

 だが、男の躍斗にとって魅力的ではあった。

 毎度毎度、無防備な姿を見せられ、危うく手を出しそうになったのは一度や二度ではない。

 ただ、ここに始めてきて、災害を再生した時。

 レオナに支えて貰った時の温もりで、安心したのは確かだ。

 だから、レオナが不安であれば、躍斗が温もりを与えることにやぶさかではないのだ。

 レオナはあどけない笑顔で、

「今日も、一緒に寝てくれますか?」

「はいはい」

「お風呂もご一緒しません?」

 躍斗はそれを紳士的に断った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ