11話
記憶を見る魔法使い。
その名を、オルガ・チャーストカという。
エステルと同じようにローブを着て、その頭をフードで隠していたが、その濃いめの紫の髪が耳辺りに微かに見える。
まだ若く、エステルよりも少し年上のようだった。
躍斗と、レオナ、エステル、シモナたち四人が王都にある彼女の家に上がると、流麗な動作と共に歓迎された。
「この度は、助けていただいてありがとうございました」
そして、彼女は改めてといったように深々と礼をする。
「いえ、俺たちはあなたにやってほしいことがあったからですし……」
「それでも生きていることは素晴らしいです。何処ともわからぬ場所に、朧気な意識でずっと幽閉されている気分でしたから」
あの魂結晶に入れられると、朦朧とした意識で囚われていることがわかるのだという。
発狂することも死ぬことも許されない空間。
少し考えて躍斗は身体を震わせた。
それは半分だけ魂を奪われたというオルガのみの現象なのか。
あるいは今まですべてを奪われた人々もそうなのか。
「積極的に御免被りたいですね」
レオナが自分の腕を抱いてそう呟いた。
家の中へ上がり、オルガに誘われ廊下を歩く。
「オルガさんの家に来るのって初めてだな」
「知り合いじゃなかったの?」
躍斗はエステルに耳打ちした。
「いえ、魔法学校時代の同級生で。ただ、卒業してからはお互いほとんど会ってなかったんですよ。彼女がどんな魔法を研究してるのかも知りませんでしたからね。記憶を見るって魔法を作ったって聞いたのは王子様からなんです」
エステルは事細かに彼女の説明をする。
オルガは王族にその能力を買われ、記憶や脳の魔法による研究を行っていたのだ。
優秀な魔法使いはこうして王族から援助された資金を元手に、助手の人を雇ったり資料を買ったりして、新たな魔法を作る。
エステルの召喚魔法も、同じように援助されて作られた代物だ。
「エステルさん、土を操る魔法に大地を隆起させるものってありますよね?」
レオナが歩いている途中に尋ねる。
「うん。あるよ。それぐらいならボクもできる」
「エステルさんは、どのぐらい隆起させられます?」
「全開でいけば、ざっとお城の三倍の高さぐらいは。もっとも、この手の地形変化は修正力が働くせいで、長い時間維持ができないけどね」
「他にもできる人っています?」
「魔法使いなら、身長の五倍ぐらいならできなくちゃ困るかな。でも、お城ぐらいまで隆起させるのはそれなりにいるよ。さっきも言ったけど持続はまた別の話だけどね」
「なるほど」
それきりレオナは黙った。
何やら考えていることがあるようだが、躍斗は触れない。
必要になればレオナから語ってくれるだろう。
「おー、ほー、おー」
レオナの質問から解放されたエステルが物珍しそうに周りを見渡す。
オルガの家もまたエステルの家と同じように豪奢だった。
ただ、エステルの家ほど酷くはないが、あまり片付けられているような家ではないようである。
魔法使いの家とはこういうものなのかもしれない、と躍斗は心の中で勝手に納得した。
「では、こちらでお待ち下さい」
広い部屋に通され、四人でテーブルに着いて待つ。
オルガは水晶の球を持ってやってきた。
「こちらに記憶が移ります」
「どんな感じに?」
「少々お待ちを」
オルガが「リィレフオン」と呟き、水晶に指を当てる。
すると、水晶の中に水晶とそれの乗ったテーブルが映し出される。
「ん?」
躍斗は眉を顰めた。
「エステルさん、すいませんが右を向いてもらえませんか?」
「ああ、はいはい」
オルガに促されて、エステルが右を向く。
すると、水晶の中に躍斗の横顔が映った。
躍斗が瞬きをすると、水晶の中の躍斗も瞬きをする。
「これは人の視界を水晶に映す魔法です。初級の魔法ですが……」
オルガは「アセンディ」と呟いて、またも水晶に指を当てた。
水晶の中は、再び水晶とテーブルが映り、さらにテーブルだけになり、部屋が映り始める。
「これ、もしかして視界を遡ってるんですか?」
「そうです。記憶と視界を使った魔法ですね。聴力はまた別の力なので、音は出ないのですが……」
「おおー、すごいなぁ。オルガさん、こういう魔法研究してたんだー」
「犯罪で黙る人の視界を見るなどして、裁判に役に立ててるんです。もっともこれは現時点ではまだ秘密裏な魔法ですので他言無用です」
「了解了解。ヤクト様たちもお願いね」
そして、四人が頷いたことに安心したオルガは、躍斗の方に向き直る。
「では、ヤクト様と仰いましたね。では、あなたの視界を遡りましょう」
「お願いします」
すると、躍斗の視界が再生され始める。
それは少しずつ過去へと、巻き戻るように戻っていった。
最初は遅かったそれはオルガが水晶に指を当てることで少しずつ早くなっていく。
吹雪の災害を使った時。
落雷と爆発の災害を使った時。
サーモバリック爆弾を使った時。
明暦の大火を使った時。
それら見覚えのあるすべてが逆再生されていき、そして、水晶の中は真っ暗になった。
目を瞑っているのか、意識が途絶えているのか。
「召喚されてる最中か?」
「たぶん……」
エステルが少し自信なさげに言う。
召喚魔法の使用者は、召喚中の相手の状況は一切わからないらしい。
危機的状況であるということぐらいしかわからないし、具体的にどういう危機なのかは召喚者にはわからないという。
「少し変わったぞ」
シモナが呟く。
確かに水晶の暗闇は多少弱まっていた。
その闇が晴れてわかったのは……水晶の中は水であり、躍斗の視界が水中にあるということだ。
それも凄まじく透明度の低い水。
まるで汚泥だ。
周囲に何があるのかすらわからない。
「俺も水中で死ぬ間際だったのか?」
躍斗はふと呟く。
だが、躍斗に水場に近づいた記憶はない。
それでも、来た時にずぶ濡れだった理由はこれで理解できた。
「つっ……!」
見ているうちに記憶に何かが引っかかったのか、痛みを抑えるように額に手を当てた。
しかし、水晶からは決して目を逸らさない。
「大丈夫ですか、ヤクト様?」
思うところでもあったのか、レオナが躍斗の背中をさすった。
「ああ。大丈夫。オルガさんも続けて下さい」
「は……」
水晶の中で、躍斗の視界は水の上へと上がっていく。
逆再生されているということは、これは水の中へと落下していたということだ。
躍斗が水の上へと顔を出す。
水の上に出ても、視界の先は水ばかり。
まるで海か湖にでもいるような、それほど視界の中には水しかない。
ただ、ここは海でも湖でもないのはすぐにわかった。
水の上にはたくさんのものが漂っている。
流れる家、流れるビル、流れる車、流れる木、流れる人。
まさに一度味わったものと同じ地震で起こった津波そのものだ。
掴めるものが身近にない。
それどころか、津波で無事な建物が一戸もなかった。
いつも見えていた山も何も見えない。
二〇一一年の津波では耐えきった建物があるというのに、今見ている視界にはすべてが流されたように無事な建物の形がひとつも見えない。
ここに至って、躍斗はひとつ嫌な予感を覚えた。
それは記憶の片隅に引っかかっている。
建物が見えないのは……。
津波がそれ以上の高さで襲ってきたからではないのか、と。
「時々空が見えるけど、ヤクト様の世界ってすごく暗いね」
エステルが何の気なしに言う。
水晶で改めて確認すると、確かに暗い。
それも、暗すぎるほどだ。
今の時間が夜ではないことはわかる。
はっきりと見える。
空にあるのは、暗黒のような雲なのだ。
あらゆる光を遮るような黒い雲。
濃い灰色というには厳しい、まさに不気味な闇の雲だ。
それから水晶の中で水が、津波が引いていく。
躍斗は、高台の上に立っていた。
少しずつ記憶が思い出されていく。
この近場では高かったはずの場所に避難していたことを。
目の前にあった規格外の巨大津波が下がっていく。
遠くへ遠くへと戻っていくように逆再生されていった。
水晶の中の躍斗の視線は後ろ向きで戻っていくかのように、建物の中へと入っていった。
その建物の中で躍斗の視界は、テレビへと移る。
その中ではアナウンサーが喋っていた。
この水晶から声は聞こえない。
しかし、躍斗は覚えている。
「あ……。これ……」
いや。
思い出した。
すべてを――。
テレビの中のアナウンサーは、早口で捲し立てる。
『アメリカ、ワイオミング州で噴火が起こりました』
『インドネシア、北スマトラ州で噴火が起こりました』
『ニュージーランド北島で噴火が起こりました』
『アメリカ、コロラド州で噴火が起こりました』
『ロシアの中央シベリア高原で噴火が起こりました』
『ソロモン諸島の北部で噴火が起こりました』
『アルゼンチンのカタマルカ州で噴火が起こりました』
地球上のあらゆるところで噴火が起こったとでも言わんばかりに、アナウンサーは噴火した場所を羅列した。
いや、事実。噴火したのだ。
日本でも、鹿児島県の硫黄島、熊本県の阿蘇山、北海道の支笏湖が噴火したという。
噴火のエネルギーによってなのか。
今まで感じたことのある地震を、十倍以上凌駕したかのような巨大な地震が起こったのだ。
地球上の至るところで。
『日本全域を覆う超巨大な津波が――』
当然のように津波が発生。
日本だけではなく、あらゆる島国を覆うような理不尽な津波。
地球を洗い流すような、凄まじい津波だ。
それだけではない。
『世界各地でVEI8の噴火が――』
『中でもシベリア高原の噴出量が――』
『ソロモン諸島は大量の火山灰によって住民が――』
『内陸ではマグマが流れ――』
以前、躍斗は習ったことがある。
火山の噴火によって、火山灰が地球を覆うことがありえる、と。
大気上層に達した火山灰が日射を遮り、世界の気温を引き下げる、と。
他にもSO2が噴火の際に大量に放出されると、太陽光線を反射して地表に届く日射量をさらに縮小させるのだ。
百年以上昔の話だが、インドネシアでは火山の噴火によって、夏の来なかった年がある。
本来あり得ない季節に降雪があったとも。
『全地球規模の気温低下が、大量絶滅を――』
『有史以前にあった大噴火で氷河期となっているわけで――』
『マヤ暦での地球滅亡は二〇二〇年三月二〇日と記されており――』
『全世界で、次々と非常事態宣言がなされていて――』
『地球が、星が、終わります――』
躍斗はすべてを思い出して――絶望した。
「そうだ」
どうしてそんな地球規模の災害が起こったのか。
躍斗に原因などわかるはずもない。
しかし。
日本を飲み込むような津波が起こり。
地球上のすべてが火山灰で埋め尽くされ。
大陸はマグマで蹂躙され。
太陽などまったく届かなくなる。
間違いなく地球上における最大最長の氷河期がやってくる。
数年という単位ではない。
何億年という単位でだ。
全地球凍結――間違いなくスノーボールアースまでいくだろう。
「地球は……」
信じたくはない。
自分の見たものは幻だと信じたい。
だが、すべてを思い出した躍斗にそんなことは許されない。
「滅亡したんだ……」
地球という躍斗とレオナが元いた世界は終わりを告げた。
突然の、災害によって理不尽に――。




