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8話

 英雄の話が明らかになってから次の日。

 その話に浸る暇や探るような暇はなくなった。

 ついに蟲を誘き寄せるための手段がわかったとのことだった。

「レオナ殿のおかげです」

 とシモナが説明する。

「エステルさんの街で、一匹はぐれていた蟲がいたじゃないですか。凄い勢いで突撃してきて。それで思ったんです。仲間がやられたら報復のために追いかけてくるんじゃないかって」

 そこで蟲の死骸――その中でも死後、独特な匂いを放つ内部器官。

 動物で言えば内臓に相当する部位を持って誘き出したのだ。

 すると、誘き出した蟲は十キロ近く追いかけてきたのだという。

「いわゆるフェロモンだな。蟲の死骸の匂いを追ってこれるってわけか」

 例えば躍斗のいた世界にはある一種の蜂がいた。

 その蜂は潰されたり、威嚇したりすると警報フェロモンを出す。

 その警報フェロモンを感知した仲間は敵が来たことを知らせ、逆襲に出るのだ。

 フェロモンは情報の伝達をする化学物質で、他にもメスがオスを誘引するようなものもあった。

「ですので、事故であろうとなかろうと、一匹仕留めたら全滅させるか全力で逃げるかですね」

 この世界を牛耳り、主になろうとしている蟲には社会性がある。

 少なくとも昆虫と同じように、周囲に意思を伝達できる手段があるのだ。

「フェロモンの内容を暴いていけば、魔法で意思を受信することもできるかもしれませんね」

 まったくわかっていなかった蟲を解明したことで、エステルは手を上げて喜んだ。

 さらに、フェロモン以外にもまだあるらしい。

「蟲の外皮を使った剣も近々できるって言ってましたよね?」

「はい。鉄よりも高温に晒せば溶けて鍛錬できると言っておりました」

 レオナは意気揚々と、シモナはどこか冷めた口調で会話する。

 次々とよい情報が入って、エステルは「いいねいいねー」と気合いが入っていた。

 しかし、やはりシモナは心のどこかで諦めているようだった。

 レオナもそんなシモナには気付いているようだが、指摘することに躊躇いがあるようだった。

 エステルが言って無理なら、そもそも付き合いの浅いレオナや躍斗が言っても心変わりすることはないだろう。

「でも、これで魂の奪還はできそうだね」

「ああ。あとは蟲どもを一網打尽にすればいいだけだ」

 そして、躍斗たちは連中が外でたむろす砦へと馬車で向かった。

 今回は、五人でだ。


 砦の近くまで来た躍斗たちは二手に分かれる。

 誘き寄せて蟲の殲滅を担当する躍斗とレオナ。

 馬車に乗ったまま、蟲を誘き寄せる。

 馬車の難しい操作のできない躍斗とレオナに変わって、御者はシモナの部下がやる手筈となった。

 誘き寄せたあと砦の外に残った少数の蟲を駆逐し、魂結晶を捜すのはエステルとシモナだ。

 万が一、六匹以上残った場合、エステルとシモナは転送魔法で逃げる。

 仮に五匹以下で倒せそうにない場合でも、魂結晶を奪って転送魔法で逃げる。

 とにかくシモナが無事でいるためには、エステルの転送魔法が必須だった。

 ただし、成功した場合はしばらく待つ。

「で、俺たちは成功したらこれを投げればいいんだな?」

 躍斗は手に赤と白の石を持っていた。

「上に投げれば、そのまま垂直上昇して炸裂するから。煙出すから、それで成功と失敗がわかるんだ」

 役割はそのまま信号弾だろう。

 それが魔法を込めた石に変わっただけだ。

「成功なら赤。失敗なら白でお願い。それを合図にボクらは転送魔法で帰るから。まあ、失敗してさっさと帰ってる可能性もなくはないけど」

「了解。失敗の時は白な。で、失敗した場合でも誘き寄せた蟲の殲滅を敢行、と」

 そう確認するように言うと、レオナは頷いた。

「はい。そうです」

 失敗した時のことも考慮し、最善の策をレオナは提唱したのだ。

 躍斗側の乗る馬車であれば、事故さえなければ蟲は追いつけない。

 だからこそシモナの部下に御者をしてもらう手筈になったのだ。

「誠心誠意、命を懸けて作戦成功の礎となってみせます」

 シモナの部下だからなのか、個人の真面目さか。

 その騎士の少女はイジンカ・バリークと名乗った。

「イジンカさん、よろしく頼む」

 躍斗が自己紹介がてら頭を下げると凄まじいほど恐縮され、少し不安になった。

 しかし、馬を扱う技術は相当高いということだ。

 騎士としての腕はまだまだだが、筋はよく将来の隊長候補でもあるらしい。

「ヤクト様たちだけで大丈夫?」

「命に代えてもお守りします」

 エステルたちは躍斗たちだけで誘き寄せることを遂行するのに、ずっと不安そうにしていた。

「現時点で国には頼れないなら仕方ない。御者を連れてきたもらっただけでも御の字だ」

 躍斗とレオナも馬車を動かすための操作方法は身に付けた。

 この馬擬きはかなり賢く、人に対して柔順でまたパワーもある。

 御者を舐めて草を食べ始めることもない。

 普通に移動をする分には、ほんの数時間で操れるほどだった。

「俺たちには蟲からの逃走ができるかどうかわからないからな」

 そう。

 躍斗たちは蟲に追いかけられた時にまともに動かせるかわからないのだ。

 蟲に近づいてドリフトのような反転はおそらくできない。

 シモナがやったことは難易度があまりにも高い。

 あれは技術が高い者が、馬の特性を知り尽くした上でできる操縦方法だ。

「まあ、俺たちで最善は尽くしたんだ。あとはやるだけだ」

 そして、躍斗たちとエステルたちは分かれ、各々配置につく。

 時間が来たら、動く。

 その時間は残り五分。

 荷台の中には袋もある。

 その中には蟲の内臓器官が入っていた。

 袋は匂いをシャットアウトするようになっており、これを開ければ匂いが周囲に立ち籠める。

「時間です!」

 透明な石――時計となるらしい石の中の光を確認したイジンカは、馬擬きに鞭を打った。

 馬車は加速と共に猛スピードで駆ける。

 すぐに砦と共に十五匹の蟲も見えた。

 蟲たちはすぐに躍斗たちの馬車に気付き、その視線を敵意と共に躍斗たちへと向ける。

 そして、百メートル付近になって、前回と同じように蟲が動いた。

 まるで機械のように一斉に。

 蟲たちは機敏に立ち上がった。

 そして、躍斗たちを攻撃対象を見定め、突撃してくる。

 その数、十二匹。

 前回と同じだ。

「いきます! 掴まってて下さい!」

 イジンカが鐙を動かす。

 強烈な勢いで馬擬きを反転させる。

 シモナが太鼓判を押すだけあって、それは流れるかのようだった。

 その途中、荷台の端に掴まりながら、躍斗は袋を開ける。

 匂いが見えるわけではない。

 しかし、蟲たちに前回と違う挙動が見える。

 蟲の頭から伸びる触覚がひくひくと動き始めたのだ。

 何かを求めるかのように。

 異常を探すかのように。

 そして――蟲たちは文字通り目の色を変えた。

 黒かった複眼が、血のように赤くなっていく。

「なるほど。フェロモンは死後でも持続するってことですね。どのぐらい持続して、どのぐらいの範囲なのか、これも今度調べてもらわないと」

 レオナはこんな時でも冷静だ。

 だが、蟲たちは冷静でなくなったようで、牙をガチガチと鳴らして威嚇するように馬車を追いかけてくる。

 馬車は追いつかれないように必死で逃げた。

 効果は覿面。

 蟲は五百メートルを過ぎても追いすがってくる。

 一匹たりとも砦に戻る気配を見せない。

「シモナ様の話ですと、五キロを越えると少しずつ戻っていくそうです!」

「わかってる!」

 作戦前にそれはふたりも聞いている。

 蟲たちは考えなしに突っ込んできているようだった。

 ほぼ密集して躍斗たちを追いかけてきている。

 そして、数分もしないうちに見えてきた。

 目的の、場所が。

「殲滅地点です、ヤクト様!」

 レオナが叫んだ。

「よし!」

 荷台の端に掴まりながら、躍斗は蟲へと向き直る。

 五十メートル先に蟲が見え、その鉄の塊のような威容に恐怖を覚えたが、必死で押し止めた。

 以前と同じように意識を統一する。

 躍斗は手の平を天に掲げた。

 使う災害はもう決めてあるのだ。


 時間――西暦1769年8月18日。圧縮、20秒。


 場所――北緯45°、東経10°


 範囲――25平方キロメートル。圧縮、300平方メートル。


 内容――雷。爆発。


 情報が頭の中ではめられていく。

 掲げた手を躍斗は勢いよく振り下ろした。

 まるで、蹂躙せよと、部下に命じるかのように。

 躍斗たちの乗る馬車を中心に、半透明の薄い膜が生成され、躍斗らを包んだ。

 何者をも通さない、躍斗たちの生命線ともなる膜。

 直後。

 密集している蟲たちの真ん中に、強烈な光と共に雷が落とされた。

 轟音と共にその雷は一匹の蟲を爆砕する。

 レオナが一匹だけ? という顔をしたが、それで終わるわけもない。

 その雷が落ちた箇所が中心となって――。

 大爆発。

 三百平方メートル内を轟音、爆音、衝撃波が襲った。

 それは当然躍斗たちをも範囲内に入る。

 しかし、膜が衝撃から守ってくれた。

 馬車は完全に無傷となっている。

 目の前で起こった大爆発にレオナは、衝撃を受けたかのように口をパクパクとさせていた。

 一瞬のうちに充満した煙は、周囲の視界を完全に奪う。

 だが、二十秒と規定された爆発は、その発生した煙をも制限時間の中に入れたようだ。

 そこに漂っていた煙もすぐに晴れていく。

 あとにはクレーターのような痕とそこら中に飛び散った蟲の身体だけだ。

 辛うじて身体が無事な蟲もいたが、完全に焼け焦げておりピクリとも動かない。

 馬車を止めて、躍斗たちは災害を起こした地点を見遣る。

「とんでもない威力でしたね。これも爆弾ですか?」

「……いや、これは不幸な事故だな。神の加護があるだろうって理由で教会に火薬を置いて、そこに落雷が落ちて大爆発を起こしたんだ」

「ああ、あのブレシアの……」

 レオナは知っていたようだった。

 その直後、躍斗の体を凄まじい疲労感が襲う。

 使った後の副作用だ。

 慣れてくるかもしれないとエステルは言ったが、未だにそれは実感できていない。

「あ、あ……」

 躍斗の力を初めて見たせいか、イジンカは完全に言葉を失っている。

「む、蟲をこんな一気に倒す、なんて……」

 その顔にははっきりとした畏怖が見て取れた。

 躍斗はこのことを口止めをするべきかどうか迷う素振りを見せる。

「いずれは民衆にバレることですが、タイミングは見計らう必要があります。イジンカさん、このことはシモナさんの許可があるまで口外することは禁止ということでお願いできませんか」

「は、はい。わかりました……!」

 イジンカの体は震えている。

 この力を見ることで抱くのは、まず恐怖だろう。

 エステルやシモナ、そしてレオナが少しばかり異常なだけで。

 イジンカの反応は至極真っ当だ。

「一応、少し威力を検証してみましょうか。倒した数も数えておく必要がありますし」

 と、レオナはイジンカに命じて、馬車で蟲の死骸へと近づく。

 一匹ずつ見定めていって、その五匹目を検分している時――。

 馬車の背後で、ガチリと妙な音がした。

 荷台の後ろ。

 蟲の前肢が乗り上げていた。


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