6話
シモナの戻ってくる夜になって、躍斗とエステルは彼女の家を訪問した。
この国の英雄の一族であり、騎士の一族でもある彼女の家は豪邸な洋館で手入れも行き届いていた。
家族も住んでおり、常駐するメイドもいる。
「あら、エステルさん」
「どもども。シモナいる?」
「お呼びしますので少々お待ちください。まずはロビーへと案内します」
エステルの顔見知りのメイドだったようで、一緒にいた躍斗に意外そうな目を向けたものの、首を突っ込んでくることはなかった。
ロビーでお茶を出したそのメイドはすぐに奥へと引っ込む。
シモナを呼びに行ったのだろう。
「エステルの家に比べて、物々しい感じはあるな」
「まあ、騎士の家だからね。ベルカは」
躍斗が見回すとそこら中に鎧や剣、槍が立てかけられていた。
飾りというわけではなさそうだ。
「でも、エステルと違って領地は持ってないんだな?」
「王族、直属の騎士だからね。給金はそっちからすごく出てるみたい。魔法使いは研究や素材集めもあるから領地が必要だっただけで。ベルカ家は爵位だけもらってて領地は持たないんだ。持った時もあるけど、性に合わないとかで」
「性に合わないなんて個人の問題じゃないのか? そもそもエステルみたいに、別の人にやってもらうとかもできるだろう」
「領民の面倒を見るのが煩わしいって言ってた。シモナも王族や自分のことで手一杯なのに、人の面倒まで見るは無理って。代々、そういう人に育っちゃうみたい。ちょっとお堅いよね」
「悪かったな」
会話中、ようやくお目当ての人物が現れる。
この日はすでに騎士としての役目を終えているのか鎧は着込んでおらず、町娘のような気安い服装だった。
「……ヤクト様、見窄らしいって思ってませんか?」
「わかる?」
「目を見れば」
「まあ、見窄らしいっていうのは言い過ぎだけど。貴族らしく着飾ってないなっていうのが正しいよ。俺の知る貴族っていうのは、大体そういうイメージだから」
もっとも躍斗の言っているのも、本で見たものでしかないが。
「動きやすさ優先です。父と母は私に豪奢な服を与えても、子供の頃からすぐに汚すか破るので諦めてくれました」
騎士らしくきっちりとした彼女は見た目のイメージと違い、少しがさつなようだった。
「シモナってば子供の頃は野生児だったからね」
「道端に生えている草や根を食べていたエステルに言われたくない」
「ボクのは研究だもん。別にお腹空いてたからじゃないし」
どうやらふたりして野生で生きていたようだった。
エステルも魔法使いにしては素材集めや実験でよく外に出ていることが多いようで、躍斗のイメージからはかけ離れていた。
もっとも娯楽らしい娯楽がないというのもあるのかもしれない。
「それでエステル。今日は何の用なんだ」
「ああ、忘れるところだった」
「忘れるなよ……」
躍斗が指摘すると、エステルは舌を出して詫びた。
それからシモナに英雄が知り合いかもしれないという話を説明する。
突飛な話にさすがにシモナは訝しむような表情を浮かべた。
「エステル。そんなことがあり得るのか?」
「絶対にない、とは言い切れないかな。理論的には……」
召喚魔法に理論もクソもあるのか、と躍斗は考えてしまう。
ただレオナによればあるのだという。
科学のように繊細で高度な理論が、この世界では魔法なのだ。
ただし、躍斗やレオナのように元いた世界とは理を異にするために、理解には時間がかかるという。
「……偉大なる英雄様と、ヤクト様が知り合いだとして。私の家に何をしに来たんだ?」
「英雄が残したっていうものが見られるのなら見てみたい」
「残したものを?」
そこへエステルが助け船を出す。
「剣や鎧は宝物庫に納められてるけど、前にこれだけは預けられないって箱を見せてくれなかったっけ?」
「ああ、アレか」
「お願い。シモナ」
「……父様に伺いを立ててくる。少し待っててくれ」
シモナは立ち上がり、家の奥へと去って行く。
「エステルは見たことあるの?」
「ううん。それが入ってるっていう箱は見たことあるけど」
「中を見なかったのか」
「うん。その時ってなんか悔しかったんだよね。ボク的には『何、英雄様の宝物なんて見せびらかして!』って感じだったから」
意外な一面だった。
「あれ、意外?」
「意外だよ。こう言っちゃ何だけど、脳天気な方に見えたからな」
「まあ、そういう風になったんだよ。ボクは嫉妬深いというか、劣等感の塊だよ。自分が偉大な魔法使いの子孫であることも忘れて……称えられる英雄様の一族はいいなってずっと思ってたから。少しずつ大人になっていったのですよ」
「まだ大人じゃないだろ」
「いやいや、十六歳といったら立派な大人ですから」
躍斗は、ふと昔は十二歳から十六歳で元服していたという話を思い出した。
もっともそれは男の儀式ではあったが。
「お待たせ」
すると首尾よく許可がもらえたのか、箱を持ってシモナが戻ってくる。
掘られたような装飾を施された幾何学的な模様を持つ箱だ。
テーブルに置かれ、シモナが箱を開く。
中にはリングケースのようになっており、ひとつだけ指輪が挟まれていた。
それは、水色のプラスチックでできた、ちゃちな指輪。
石をはめるための台座もあるが……おもちゃの指輪だ。
躍斗の世界でいう、縁日で売られているような。
「これが、残したもの?」
エステルがしげしげと眺めていた。
「ああ。昔から変わってないぞ」
躍斗は信じられないような顔でそれを見ていた。
「ヤクト様?」
気付いたシモナが呼び掛ける。
「あ、ああ。これが英雄、楠葛葉の残したもの、か?」
「はい。まぎれもなくそうです」
見覚えがあった。
この指輪は幼稚園の時に縁日で葛葉に迫られ、躍斗が買い与えたものだ。
当時の躍斗は食えるものが減ったと残念がったが、それでも葛葉の喜びっぷりを見てまあいいかと思ったものだ。
『ありがとう、やっくん! 一生大事にする!』
幼稚園の頃はずっと指に付けていた。
よく教師や周りにも自慢していた。
しかし、小学校に上がる頃。さすがに恥ずかしくなったのか、あるいは指輪を付けられなくなったのか、その指に指輪は見られなくなった。
「なあ、エステル。召喚魔法って、たぶん身に付けていたものも含めて召喚されるんだよな?」
「え、う、うん」
身ひとつで召喚されるのであれば、服やスマートフォンが手元にあるのはおかしい。
「確実に俺の知ってる楠葛葉だ。これ、あいつに買った覚えがあるしな」
躍斗がそう言うとエステルもシモナも目を白黒される。
とりわけ、シモナの表情は驚きに満ちていた。
「……では、ヤクト様。お聞きしたいことがあるのですが」
シモナが恐る恐る震える声で尋ねてくる
「英雄様は常々、ある人のことに言及していたと伝承にはあります。大事な人だったようで周囲に口外はしなかったようですが、常に大事な人の名前らしき言葉を勇気に変えていたとあります。その名前はわかりますか? ただし、それはヤクト様の名前ではありませんでした」
試すような視線だった。
さすがに疑っているような表情だ。
「……俺以外で大事な人、ねぇ」
躍斗は少し悩む。
「悪いが複数答えさせてくれ。信彦と、聡美。これは違うか?」
「いえ、違いますね」
信彦。聡美。これは葛葉の父親と母親の名前だ。
よくよく考えれば両親を名前で呼ぶようなことをする子供はいなかった。
ただ、大事な人となると一人っ子だった葛葉には他にいない。
強いて上げれば自分自身――躍斗ということになる。
もし、両親以外で大事な人を上げるとすれば、躍斗とて葛葉の名前が出る。
しかし、躍斗の名前は挙げなかったというのだ。
「……名前は出さなくていいけど、どんなことを言ってたんだ?」
「言い伝えでは、いつも助けに来てくれる自分にとっての英雄だと。常々、私の御先祖であるエリアス翁は『そいつも一緒に来ればよかったのにな』と軽口を飛ばしていたようです」
シモナの言い方に、躍斗は少し違和感を覚えた。
「………」
しかし、今の話題にはあまり関係がなさそうなので口を噤む。
問題は――。
葛葉をいつも助けていたのは躍斗なのだ。
そこでようやく躍斗はピンときた。
「もしかして、それって英雄が口にしていたものを書物に残しただけ? 英雄が書いてたわけじゃない?」
「ええ、口にしただけですね」
だとすれば、答えはひとつとなる。
「やっくん、じゃないか?」
そう躍斗が答えると、シモナは今度こそ驚愕の表情となった。
その視線をエステルに向ける。
「エステル? ヤクト様に教えたのか?」
「う、ううん。教えてないよ。図書館にあるものを見せただけだし」
シモナは相当動揺している。
深呼吸をしてから躍斗に向き直った。
「正解です。では、やっくん、とは誰なのですか?」
「……俺」
凄く言いにくそうに躍斗が囁く。
「躍斗の頭文字を取って、いつもやっくんやっくん呼んでたよ。小学生になった頃、一度やめろって注意したんだけどな。あいつはやめなかった」
「そう、でしたか」
躍斗はもう一度指輪に視線を向ける。
「手に取らせてもらっていいか?」
「……どうぞ」
丁寧にその指輪を摘まみ、取り出した。
記憶の中でかなり薄れてしまっているが、この指輪は間違いなく躍斗が葛葉に買ったものだ。
「……大事な人だったんですか?」
シモナが難しい顔をしていた。
どんな顔をすればいいのかわからないかのように。
「ああ、大事だった。幼い時の話だけど……本気だったんじゃないかな」
今でもあの時、手放した感触は覚えている。
自分に力があれば、しっかりと握れていた。
自分に力があれば、溺れそうになっている葛葉を助けることができた。
そう思わずにはいられないのだ。
「俺が読んだ物語、最後は行方不明になってるけど、シモナは理由を知ってるか?」
「……元の世界に帰る方法を捜していたようです」
「そうか……」
その時、指輪は光った――気がした。
「ん?」
躍斗が眉を顰めるのと同時に。
頭の中に妙な声が流れてくる。
「やっくん……」
と、少し大人っぽくなった――。
幼馴染みの――葛葉の声だった。




