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4話

 砦から戻ってきた次の日。

 蟲を深く誘き寄せるための調査及び実験をシモナと王子直属の兵が調べるということで、躍斗は一旦やることがなくなった。

 レオナは相も変わらず魔法でできることを覚えるということで家に篭もっている。

「じゃあ、英雄様の話とか勇者様の話を読みに行きますか?」

 とエステルに誘われたので、躍斗はエステルとふたりで王都へと向かった。

 もちろん、エステルの転送魔法を使って、である。

 王都の転送される点となっている動かない噴水の前に来た躍斗は、ふと気になったことを尋ねた。

「転送魔法って、魔力とかいうのあんまり使わないの?」

「ボクはね。元々、異世界からの召喚魔法も含めてその手の魔法には慣れてるんだ。効率的に運用できるっていうのかな」

「効率的に?」

「うん。人によってそういった素養も変わるんだ。と言っても、遺伝だけどね。炎を扱うのに長けた人もいるし、水を生み出すことに長けた人もいる。親がそれぞれ違う素養を持ってると、両方受け継いだりするよ。もっとも、いい話ばっかりじゃないけどね」

「血統ってのも大変だな」

「ヤクト様の世界にもそういうのがあるの?」

「俺の生きてる時代はあんまりないな。犬とか馬とか、そういうのではあったっぽいな」

 より強く、より早く、より美しく。

 そういった目的の下、才能のある動物たちを掛け合わせるのはよくある話だ。

 ただ、人の場合は表立っていないだけという話もある。

「それで……その動物たちが、望まれていない姿とか、そういうのだったらどうなってたの?」

「そこまでは俺も知らないな。ただ、よっぽど心ない人が、親というかブリーダーじゃなければ捨てられたりすることはないよ。競馬だって生まれた馬は走らせるから」

 もっとも、走らなかった場合は乗馬や色々と言えないようなこともあるようだが。

「よっぽど、か」

「ん? どうかしたのか」

「ううん。でも、なんだかんだで望まれてないというか、最低限の条件を満たしてなかったら疎まれるんだろうなぁ、って」

「なんだ、それ」

「ううん。何でもないですよー」

 そんなことを言っているうちに図書館の前まできた。

 巨大な図書館というよりも、洋館と言った方が正しいように見える。

 五階建てという大きさで窓もしっかりついており、窓の外には植木鉢が吊されていた。もっとも、花は何も咲いていない。入り口付近にも花壇があるが、そこも乾いた土だけで何も咲いていなかった。

 市街地と城を繋ぐ街道の中ほどにあり、大通りに面している。ただ人の出入りはまったくと言っていいほどない。

「国営なんだけどね。もう管理するような余裕もないから」

 それで貸し出しも禁止されたということだ。

 中に入ると見張るようにひとりの受付がいるだけで、司書らしき人物は誰もいない。

 司書どころか客もいなかった。

 その上、部屋の中はどこか埃っぽい。

 掃除をしていない証拠だ。

「さて、それじゃ英雄様のご本を探しますか」

「そう言えば、映像見られるとか言ってなかった?」

「あー、ごめん。それ、城の方に持っていかれたみたい。緊急用の魔力貯蔵庫として使うつもりかもしれない」

「切羽詰まってるな」

 ただ、街中はそうは見えない。

 パニックになっていないのは、真綿で首を絞められているように感じているからかもしれないが。

「エステルの領地は取り返したんだから、もっと希望を持っていてもいいと思うんだけどな」

「そうなんだけどね。今までも短期的に領地を取り返してた時はあったから。その度にまた取られたりしてるし……きっとまた取られるって思ってるんじゃないかな」

「なるほど。難しいな」

「ヤクト様を救世主として祭り上げればもしかしたら元気出すかもですよ。山とか吹っ飛ばしたら、みんな信じるだろうし」

「……さすがに嫌だ」

 多くの人たちが自分に期待を寄せるなんて冗談じゃない。

 躍斗はそんな顔をした。

 世界を救うのだって、躍斗の中では半信半疑だ。

 単純に実感すら湧いていないというのもある。

「お、この辺りかな。読めます?」

 エステルが古い木の棚から取り出したのは、一冊の本だった。

 躍斗はぺらぺらとめくる。

 見知らぬ文字で描かれている……が、なぜか読めた。

 とても不思議な感覚だ。

 ここで本格的に文書的な文字を見るのは初めてだったが、意味はすらすらと頭の中に入ってくる。

 店先などで単語が書いてあるのはあったが、長い文章はこれが初めてだった。

「ん、じゃあ、これ読んでみる」

 近くにあったテーブルの埃を払って席に座る。

 そして、一ページ目から目を通した。


 世界にどこからともなく巨大な龍が舞い降りる。

 その龍は幾つもの文明を滅ぼし、人間に止めることはできなかった。

 その龍は龍毒素を撒き散らし、その龍毒素を浴びた動物たちは凶暴化し、世界各地で暴れ回ったのだ。

 そして、この小さな島、シュッツガルドにもついに、龍毒素が風に乗ってやってきた。

 薄かったおかげか、小さな動物しか凶暴化しなかったものの、大型の動物たちも苦しむことが多くなってくる。

 また小さな動物たちも数が多ければやはり脅威だった。

 そんな中、偉大なる魔法使いディアナ・ベネショフはこの世界に救世主を呼び寄せた。

 それはディアナ・ベネショフに勝るとも劣らない、線の細い少女だった。

 ディアナ・ベネショフは死を覚悟したという。


 躍斗が掻い摘まんで読んだ結果、最初はこのような展開だった。

 このディアナ・ベネショフというのがエステルの御先祖だろう。

 しかし、それよりも躍斗は気になることがあった。

「龍毒素ってなんだ?」

「文献にしかないからわからないんだけど、動物を凶暴化させて変異させる霧のような毒らしいよ。腰ぐらいまである大きさの動物になると、もう人間は複数で立ち向かわないと適わなくなるぐらい強くなってたみたい」

「じゃあ、この龍毒素って」

「今の蟲たちが浴びてるんじゃないかって?」

「お、おう。よくわかったな」

「そりゃあ、ある意味ではそっくりのような気がしたから。最初に疑ったのはみんなそこだったよ。でも、龍毒素で虫は対象外。それにあの蟲は元となる素体を見たことがないからね。似たような虫はいるけど……」

 この程度のことはエステルたちも疑ったということだ。

 躍斗は本の続きを読み進める。


 召喚された当初、英雄はあまりにも貧弱で誰もが世界を諦めた。

 しかし、彼女――英雄だけは違った。

 決して諦めることなく、英雄は変貌してしまった魔物たちと戦い、しかし、その度に沈痛な表情を見せる。

 元々は一介の動物だった。罪も何もない動物。

 それを斬り捨てていくことに、罪悪感を感じていたという。

 英雄は心優しく、そして、いつの間にか我々の心を照らす太陽になっていた。

 そして、シュッツガルドから龍毒素を排除し、ついに英雄は大陸へと進出する。

 魔法使いディアナ・ベネショフと聖戦士エリアス・ベルカを引き連れて。

 船……というよりも水をとても嫌がったものの、英雄はそれでも歯を食いしばって航海の旅に出る。


 また一部知った名前が出てきたことで、躍斗は本を捲る手を止めた。

「エリアス・ベルカって、たぶんシモナの御先祖様だよな?」

「うん。そうだよ」

「……シモナは英雄の血を継ぐって言ってたよな」

「うん。言ったね」

「英雄って女だったんだよな?」

「うん。もちろん」

「英雄が、ベルカの家に嫁いだの? 普通、英雄の方が名を残さない?」

「そういうことになるね。まあ、男尊女卑の激しい時代だったし。というか、英雄様が名前は残したくないとか、その……色々あったらしいよ」

「色々って何だ」

 そういう問題なのだろうかと躍斗は訝ったが、考えても答えは出ない。

「ちょっと……その……この結婚にはホントに一口では言えないことがあってね。知ってるのはベルカ家とベネショフ家と、あとここから英雄様の話に出てくるブルザーク家ぐらいなんだ。まあ、今みたいな状況だったらバレても大丈夫かもだけど、ちょっと口では言えないことがありまして」

「結局、言えないってことか?」

「うん、まあ。ここまで言っておいてなんだけど」

「じゃあ、もう少し誤魔化す努力をしてくれよ。聞いたのは俺だけどさ……」

 躍斗は再び本を読み進めた。

 ただ、ここからはほぼ英雄譚のようなものだった。

 精霊様から剣を授かったり、英雄しか使えない魔法を授かったり。

 途中、大陸の魔剣戦士であるラトカ・ブルザークを仲間にして、大陸の龍毒素を排除していく。

 そして、すべての龍毒素がなくなり、英雄とその仲間たちは戦いを挑んだ。

 三日三晩。

 平原が砂漠に成り果てるほどの戦いの末、龍が崩れ落ちたのだという。

 この龍の身体は腐ることなく、ヴルタヴァ砂漠に眠るように横たわっている。

「この龍の身体って今もあるの?」

「子供の時に見に行ったよ。あれは凄かったね。これ人の手で倒せるんだ、って思ったし。ホント大きいの。蟲なんか比較にならないぐらい」

「目とか身体ってホントに腐らないの?」

「目は瞑ってたからわからないな。ただ身体は全然腐ってなかったと思う。もっとも手で触れられるほど近くまで行けたわけじゃないから。観光地で制限も厳しかったしね」

 懐かしむようなその口ぶりで、エステルの子供時代が如何に平和だったかがよくわかる。

 観光までもが産業になっていたのであれば、相当長い間大陸は平和だったはずだ。

「それにしても信じられない話だな」

「本だけだとそうだよね。映像見ると凄いよ。あのデカい龍に立ち向かってる英雄様が見られるしね」

「英雄様ねぇ……」

 まだ残りのページが少しだけあったので読み進める。

 ここからはエピローグのようなものだ。


 英雄はベルカの家に嫁ぎ、そして、子を成した。

 しかし、その後、英雄はひっそりと姿を消している。


 随分とおざなりな最後だった。

「これ、子供や旦那さんを置いて出てったの?」

「あ、うん。それで、母親代わりにラトカ・ブルザークが……」

「旦那さんは英雄についていったり、捜したりしなかったの?」

「複雑な事情があったみたいだしね」

 複雑な事情ばかりだった。

 そこで躍斗はふと気付く。

 ここまでこの本には英雄の名前が載っていない。

「これ、英雄の名前が載ってないな」

「あ、まぁ……。英雄様はあんまり名前を残さないでって伝えられてるからね。でも、ヤクト様になら教えてもいいかな」

「いいのか?」

「名前の方はそこまで箝口令敷かれてないしね。それにヤクト様の名前に似てるから、同じ世界から来た人かもよ?」

「そういや、そんなこと言ってたな。でも、そんな偶然あってたまるか」

 そして、エステルがその英雄の名前を口にする。


「クズハ・クスノキっていうのが、英雄様の名前だよ」


 クズハ・クスノキという名前を聞いて。

 まさか、と思った。

 いくら何でもあり得ない、と。

 クスノキ クズハ

 楠 葛葉。

 それは躍斗が助けることのできなかった少女の名前。

 2011年3月11日。東北地方太平洋沖地震。

 そこで津波の中に沈んでいった幼馴染みと同じ名前だ。


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