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3話

 一旦エステルの領内に戻ってきた躍斗たちは、エステルの家の中で誘き寄せる方法を協議し始める。

 ただ、現時点でエステルたちにその誘き寄せるための情報がない。

 強いて言えば人の身体なのかもしれないが、それでも連中は必要以上に追ってこないことが前回の逃走劇でわかった。

「蟲を、必要以上に追いかけさせるための何か、か」

 シモナが悩むように呟く。

 そこで躍斗が手を挙げた。

「ひとつ気になったんだけど、四人なんて少人数だったから襲ってこなかったってことはないか?」

「あ、なるほど。ヤクト様、それはあるかもしれないよ」

 エステルが手を叩いて、躍斗に賛同した。

 しかし、シモナは首を振る。

「以前、殿下が大規模な戦闘になったことがあったことがある。その戦闘は始めてからすぐに劣勢を判断した殿下が兵を引かせた。その判断もあったが、追撃を受けなかったことが大勢を生還させたんだ。それを考えると、連中は一定以上の範囲には出ないのかもしれない」

「なるほど。言っていただければよかったのに」

「すまない。前回とは状況は違っていたからな。最初から逃げることが決まってるのと、撤退戦では……」

「確かにそうですね。失礼しました」

 レオナも納得したように頷いた。

 すると、エステルがクスッと笑う。

「でも、シモナがやる気を出してきてくれたみたいでボクは嬉しいな」

 だが、シモナは急速に不機嫌になった。

「……やる気を出したわけじゃない。私は滅亡を回避できるとは思っていないんだ。だた死に場所を選びたい。それだけだ」

 そうシモナが言うと、エステルはシュンと気落ちした。

 先程の笑顔が嘘のようだ。

「……すまない。少し頭を冷やしてくる。王都に戻って、父上に報告もしなくてはならないからな」

 そして、騎士の彼女は家から出て行った。

「やっぱり、まだダメかー」

「シモナは頑なだな」

「……彼女は第一次大陸遠征軍に参加してたからね」

「第一次大陸遠征軍?」

 躍斗の疑問に、エステルが訥々と語り出す。

「大陸側から援軍要請が出されたの。その時、ボクたちはまだ彼らをまだ何も知らなかった。今でもわかってないことばかりだけど、その時はただ化け物が大量に出たって連絡があっただけで」

「大陸って、どんだけ大きいんだ?」

「こことは比較にならないぐらい。国もたくさんあった。今は街道に置かれてた中継通信石が破壊されてるから連絡もつかないけど、昔は色んな国と交流もしてたんだよ。もちろん、人間同士の戦争もあったし、魔王と勇者の物語なんていうのもあった」

 その魔王と勇者の話は実際に起こったことらしいが、躍斗はひとまず聞かなかった。

 これ以上、頭がぱんぱんで情報が入らない。

「大陸側の遠征にボクたちは二十万の大軍を出した。何しろ、糧食や戦費は向こう持ちって話だったからね。逆に言えば、それほど切羽詰まった状況だったことをボクらは把握するべきだったんだ」

「確かここの人口が元々三百万近いと仰ってましたね。で、兵役の人が二割。三分の一も出したんですか」

 レオナが尋ねると、エステルはこくりと頷いた。

「シモナは今、この国で一番強いけど、当時はそれに近い人は大勢いた。特にシモナのお兄さんは大陸側にも名を馳せるぐらい強かったからね。島国のボクたちが、戦争に巻き込まれないのはベルカ家の威光も多分にあったと思う。世界を救った英雄の一族でもあるからね」

 しかし、そこでエステルの表情に影が差す。

 家に備え付けられた蝋燭が揺らめいて、その影は一層濃く見えた。

「その大陸側の戦争で、ボクら二十万の大軍は真っ正面から蹂躙された。策も魔法も、何も関係なく。シモナのお兄さんは何十……いや、百を超えてたかもしれない。それぐらいは倒してた。でも、兵の犠牲が三割を越えたところで撤退が決まってね。その殿役をベルカ家が請け負ったんだ。ベルカ家の一騎当千の猛者たちが、まるで何もできずに死んでいったって言うよ。シモナのお兄さんはシモナをかばって……死んだんだ」

「蟲は……何匹ぐらいいたんですか?」

「三万ぐらいだったって話かな」

「待ってください。二十万の兵がいれば、三万は倒せる計算では?」

 六人が一匹を殺すのであれば、確かにその計算であっている。

 倒せないことはないはずだ。

「連中を倒す方法を確立するのに、ボクらは遅れたからね。大陸側の人たちも、だけど。どうにかその方法を編み出した頃には、もうこんな状態さ」

 つまり、まだ島が蹂躙されていないのも、こうした戦術の積み重ねなのだ。

 人間の対応策よりも、蟲の進行速度が早い。

 それだけの話だっただけで。

「それからも何度も遠征を出して、ボクらもどんどん軍事力を失っていった。大陸側がやられれば矛先はこちらに向くから必死だった。それにむざむざ友好国を見捨てるのも夢見が悪かったってのもあると思うよ。ただ……ボクらは蟲の侵攻を止めることなんてできなかった」

「………」

 躍斗たちは黙るほかない。

 エステルに何も声をかけられなかった。

「シモナは何度も間近で近しい人の死を見てきたんだ。それにこの島には百匹以下の蟲しかいないけど、大陸には何十、いや何百万もの蟲がいる。だから……諦めていても不思議じゃない」

 無力感。

 躍斗にも覚えがある。

 もちろんシモナと同種のものではないし、口にしたら不快にさせるかもしれない。

 だが、災害に巻き込まれ、津波に沈んでいく幼馴染みを。

 津波に攫われていく知人たちを。

 この手で助けられなかったことは、躍斗にとってはトラウマだ。

 どうすれば助けることができたのか。

 ロープの一本でもあれば、話は違った――そう思うこともある。

 しかし、すべての飲み込むあの巨大な津波に抗うことなどできるのか。

 そう自問もする。

 仮に、様々な装備を、準備を、布石を打ったとして。

 あのシーンに戻された時、自分には何かできたのか。

 第三次世界大戦だってそうだろう。

 それが起こると知っていたところで、あの戦争を一般人如きが止められるはずもない。

 結局は大きな流れに飲み込まれ、何もできなかったと後悔するだけだ。

「エステルは……どうして諦めてないんだ?」

 すると、エステルは呆気なくその答えを口にする。

「ヤクト様がいるから」

 と。

 躍斗はそんな期待を寄せるエステルに厳しい視線を返した。

「馬鹿を言うなよ。俺の力なんて不自由すぎる。何かを壊して、その巻き添えにするだけだ。それこそ蟲を指先ひとつで倒せるような、そんなものがあった方がよかっただろうに」

「あはっ。そうだね。でも、ボクはヤクト様の力を信じてるんだ。救世主を喚ぶ召喚魔法って、これまで三回ぐらい世界を救ってるから」

 龍を倒した話は知っているが、それ以外を躍斗たちは知らない。

 だが、この世界では常識のように語られる物語らしい。

「龍が現れた時。魔族の王が現れた時。世界に致死の病が蔓延した時。全部、救世主様を喚んだら解決したから」

「今まで出てきた救世主と一緒にするなよ。こんな不自由な力しか持ってないのに」

「ううん、違うんだよ。最初に喚びだした英雄様、シモナの御先祖様は……とっても弱かったんだ」

「弱かった? 英雄が?」

「うん、文献にもあるよ。ボクの御先祖様、『喚びだした救世主様は弱すぎる、まさかか弱い少女とは絶望した。私の召喚魔法は失敗だ。先祖代々研究してきた魔法が失敗なんて、御先祖に顔向けできない。死にたい』って愚痴が延々と書いてたし」

 随分と愚痴っぽい御先祖様らしい。

「でも、彼女は龍を倒してほしいって言われて……最初は狼狽えて、小さな魔物を倒すのにも苦労してたけど、どんどんどんどん強くなっていったんだって。しばらくしてから御先祖様の愚痴もなくなって希望を持ってた。喚び出された英雄様は魔法を覚えて、剣の腕を磨いて、精霊様から剣を授かって――」

「おい、ちょっと待て。精霊様って何だ、精霊様って」

 さすがに躍斗は途中で突っ込んだ。

「そんな奴がいるなら、そいつに対処してもらった方がいいんじゃないのか?」

「昔はこの世界は精霊様に守られてたんだけどね。魔王さまを地の底に封印する時に、自分で犠牲になったんだ。だからもういないんだよ。『神の子らよ、そなたたちなら我の守護から離れても生きていける』って言い残して」

「生きていけてないじゃん」

 またしても躍斗は突っ込んでしまった。突っ込んだことに後悔して、

「いや、まあ、あんな蟲が出てきたんじゃ、しょうがないと思うけど」

 咄嗟にそんなフォローをした。

「うん。で、その魔王さまと戦った勇者様も最初は弱かったんだよね。古文書にはやっぱり書かれてたんだよ。『御先祖様の召喚魔法は間違っていた。この世界は魔王に支配されてしまうのだろう。口惜しや。申し訳ございません。死んでお詫びを』って」

「エステルの御先祖様は随分と愚痴っぽいのが多いな」

「あはは。否定できないなー。お母様も愚痴っぽかったからね。だから、ちょっとボクも愚痴っぽくならないように気をつけてるんだ」

 もしかしてエステルも日記を付けて、『召喚魔法は間違っていた』とか密かに書いているのだろうか? と躍斗は訝ったが、エステルの性格を考えて「それはないな」と思い直す。

「まあ、それはともかくこの勇者様もどんどん強くなっていったんだよ。それで魔王を脅かす存在になって……精霊様が封印をできるまで弱らせることができたんだ。で、あとは精霊様が魔王を封印。世の中は平和になりました」

「……俺が、その英雄様や勇者様に匹敵するって?」

「うん。ボクはそう期待してる。自分のすべてを賭けてもいい……ってこれは最初に言ったっけ。もちろん、勇者様や英雄様の時と同じぐらい苦労はすると思うよ。でも、ヤクト様の力は必ず世界は救えると信じてるから」

 災害の力だ。

 忌み嫌われる力だというのに、エステルは随分と入れあげている。

 こんな力でどうやって世界を救えというのか。

 だけど。

 ここに喚び出されたという英雄様も、勇者様も。

 最初は弱かったという。

 もしかしたら無力だったのかもしれない。

 それを考えれば、こんな規格外の力を持った自分は恵まれているのではないか。

 躍斗は少しばかりそんなことを思った。


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