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プロローグ

 人類反逆の災害召喚ディザスター

 気付けば、彼――最神躍斗もがみやくとは死の瀬戸際に立っていた。

 ここは何処か。

 自分は何をしていたのか。

 どうして此処にいるのか。

 なぜ、服や髪がずぶ濡れなのか。

 そんな些事は纏めて彼方に吹き飛んでいる。

 今、躍斗の前にある――いや、いるのは異形な生物。

 彼の十七年間という経歴で得た知識の中では、昆虫という生物に最も近い。

 身体は頭部・胸部・腹部に分かれ、胸部からは細い肢が六本ほど生えている。

 頭部には左右一対の触覚と複眼。

 さらに、腹部の末端では鋭利な針のような、切れ味鋭い刃物のような、不気味な白刃が燦めく。収納も可能なのか、興奮したかのように針を出し入れしていた。その針からは黄色い体液が滴っている。それはあたかも相手を害するための毒液に見えた。

 類似する虫をあげろと言われたら、彼は翅を持たない蜂と答えるだろう。

 ただ、そんなものは大した話ではない。

 問題なのは、その昆虫が今まで見たことがあるような大きさではないことだ。

 蜂は五センチもあれば大きいと言われる生物。

 ところが目の前にいるソレは、恐ろしいほどの巨体を誇っている。

 その口は、この歳であれば平均的な体格である躍斗を、丸呑みにできるだろう。

 そして、その巨大な口に生えた牙で威嚇するようにガチガチと鳴らされる音は、鉄と鉄が無遠慮にぶつかり合ったようで、とても耳障りだった。

 そう。

 巨体であるという特徴。

 その他にも身体が鋼鉄じみた素材でできていることが一目でわかる。

 強く輝く太陽は、その身体を鈍く光らせていた。

 そんな鉄の虫が、周囲には二十匹ほどいるだろうか。

 コンクリートではない古くさい石畳で敷き詰められた道の奥に何匹もの虫が見える。

 木や石で作られた古そうな家が雑然と建ち並ぶその場所を、蹂躙するかの如く闊歩していた。

 ある一匹は家と家の間を。

 ある一匹は家の壁を。

 ある一匹は家の屋根を。

 そして、ある一匹は目の前の獲物をどう喰おうか迷うかのように。

 躍斗は目だけを動かして周囲を見渡すが、誰もいない。

 この巨大な虫に殺されてしまったのか。あるいは全員逃げ出したのか。

 躍斗はこの場所に最近まで人のいた気配を感じ取ることができなかった。

「ひっ……!」

 だが、人はいた。

 自分のものではない誰か――女性、とりわけ少女のような声が躍斗の耳に届く。

 見渡しただけで、どこに誰がいるかはわからない。

 ただ、左を見ると別の虫が目の前の虫と同じように、腹部に生えた針をゆっくりと出し入れしている。

 恐らくは獲物を見定める時の癖。躍斗は僅かに残った理性で、その行動に何らかの意志を感じた。それが良い結果には、決して結びつかないであろうことも。

 頭部は家の影に隠れてしまってわからないが、そこに誰かがいるということも察した。

「……くっ!」

 躍斗と、躍斗を見定めていた虫が動いたのはほぼ同時。いや、ほんの僅かに躍斗の方が勝った。

 凄まじい勢いで身体ごと飛び込んで、その口が、牙が、躍斗がいた場所を囓る。

 もし、逃げるのが一秒でも遅れていたら致命的だっただろう。丸呑みされていたか、牙に貫かれていたか、胴体が真っ二つにされていたか。最悪な未来は、いくらでも想像できる。

 躍斗は、特別勘がいいわけでも、身体能力が高いわけでもない。

 避けられたのは本当に偶然だ。奇跡にも近かった。

 獲物に避けられることを想定していなかったのか、虫の身体は前方にあった家へと突っ込んだ。壁を貫き、その身体が家の中へとめり込む。

 それが躍斗には幸いした。虫は後ろに下がろうとしているものの、身体が引っかかっているのか動きが鈍い。

 しかし、目的の場所に向かっていた躍斗には、それを確認する術はなかった。

 ただただ、声のした場所へと両足を叱咤する。

 何ができるか。

 どうするのか。

 そんなことを考えている余裕はない。

 反射的な行動だった。

 別の誰かに狙いを定めていた虫が躍斗の接近に気付き、身体を回す。その際に前方を塞いでいた家の一部が崩壊した。

 躍斗の方を向いた虫の巨大な身体の隙間から奥に少女の姿が見える。尻餅をつき、怯え、後ずさりをしようとしている、躍斗と同い年ぐらいの黒髪の少女が。

 まだ生きていたことに、そして大きな怪我もなさそうなことにひとまずは安心する。

 だが、躍斗はとにかく必死だった。

 最短で彼女の元へと辿り着くために、あろうことか虫の身体の下へと潜り込む。

 いきなり現れた獲物の行動に意表を衝かれたのか、慌てて噛みつきにかかるが間に合わない。牙は躍斗にまで届かず空を切り、鉄のぶつかる音が反響する。

 そして、最後の関門――腹部の針。

 ただ、虫の針は身体の外にいる獲物を刺すものであり、下から這い出てくる小さな獲物を刺すには向かないようだった。

 行く先を塞ぐぐらいはしたものの、躍斗は針を躱して突き進む。

 ようやく、少女の近くへとやってきた。彼女の服装は躍斗にとっては見慣れない洋服で、直線的で幾何学的なベージュのトップスに、ローウエストの膝丈ドレスと、どこか妙に古めかしい。ただ、わかるのは観光をするための服装ではないということだ。

 肩まで伸びた黒髪はこんな状況でも綺麗だと思えるほどで、引き込まれそうでもあった。

 伏し目がちの目は、怯えているためか焦点が定まっていない。

 その上、彼女は事態を把握できていないようで、動こうとする意志が見えなかった。

「あ……」

「立って!」

 躍斗は有無を言わさず、少女の手を取って逃げようと試みる。

 しかし――。

 騒ぎすぎた代償か、周囲は虫たちに取り囲まれていた。

 各々が好き勝手に闊歩していたさっきとはまるで違う。

 十匹ほどの巨大な虫が、ふたりを包囲するようにして獲物を見据える。

 ガチガチと鳴る牙の音は、もはや耳障りというレベルを超え、すでに音波の攻撃となっていた。耳を塞いでもなお、鼓膜が破れそうなほど痛い。

 躍斗も少女も、耳を塞いでうずくまる。

 そして、慎重にゆっくりと鉄の虫たちはふたりに近づいた。

 いくつもの複眼。

 いくつもの牙。

 恐ろしい虫の明確な殺意に、ふたりのか弱い命が晒される。

 ――死ぬ。殺される。喰われる。

 もはや、そんなことしか想像ができない。惨たらしく死ぬ図が容易に思い浮かぶ。

 この虫の包囲を破って逃げるなど、まさに夢物語という様相だった。

 躍斗はヒーローなどではない。一般的な高校二年生なのだ。

 ――死にたくない。殺されたくない。喰われたくない。

 人として当然の願望が、心の中に溢れ出す。

 しかし、助けてくれる人など誰もいない。

 後ろにいる少女は、躍斗と同じように耳を塞いで苦しんでいた。

 この子だけでも逃がしたい……そんな希望すら抱けない状況。

 途切れない音に、心が、絶望に、支配され――ついに躍斗は膝を折った。


 そして、それは唐突だった。


 頭の中に幾多もの、ある情報が流れ込む。

 微かに、人の絶望や悲嘆、悲観、後悔――そういったものも一緒に、強制的に。

 状況。

 敵性。

 環境。

 それら諸々が、頭の中で合致した。

 躍斗の手に、今、奇妙な力が出来上がる。

 巨大な何かを引き寄せる、そんな力。

 これを放ったらとんでもないことになる。躍斗は瞬間的に、それを本能で理解した。足で歩くのと同じように、手でものを握るのと同じように、身体の中に入った力が自身の一部となったことも。

 虫たちが、何かを察したのか警戒レベルをあげ、牙を鳴らす音はさらに強くなり、その複眼が黄色く光る。

 ――どうせ、このままじゃ死ぬんだ。

 自分たち以外に人は誰もいない。

 躍斗は覚悟を決めた。

 起こっている状況も。

 今から使おうとしている力も。

 何一つ、把握などできていない。

 だけど。

 もし、ここを生き残ることができるのなら。

 少女を生かすことが、僅かでも可能性としてあるのなら。

 ――この覚悟に、身を任せよう!

 自身のそんな意志に背中を押され、流れるように躍斗は手を天へと掲げた。


 時間――西暦1652年3月2日から同3月4日。圧縮、300秒。


 場所――北緯35°、東経139°


 範囲――25.7平方キロメートル。圧縮、500平方メートル。


 内容――災害。火。固有名称『明暦の大火』。


 次々と、スイッチが押されるかのように、情報が頭の中ではめられていく。

 掲げた手を、躍斗は地面へと叩きつけるように振り下ろした。

 その瞬間――。

 躍斗と少女の周囲に薄い透明な膜が張られ、周囲の光景は一変した。

 業火。

 周囲を業火が満たしている。

 赤い炎が地面を、家屋を、そして虫を容赦なく襲った。

 狭い範囲の中で、縛られていた力が解放されるかのように勢いよく燃える炎。

 家屋が火によって次々と崩れ落ち、それに遅れて虫が小さめの個体から焼き爛れていく。

 石が崩れる音と、鉄の焼かれる音が断続的に響いた。

 身体に纏わり付いた火を、鉄の虫たちは消すこともできず藻掻く。

 まず節足が千切れ、次に胴体が千切れ、中にあったのであろう体液が飛び散り、瞬く間に蒸発した。

 虫たちは辛うじて動く肢や牙で躍斗たちを殺そうと足掻くが、張られた膜はまるで外界の世を遮断しているかのように、その身体を一片も通さない。

 膜は、火は当然のこと、煙や熱、匂いまでも遮断していた。

 ふたりのいる場所だけ、世界が違っているかのように。

 それから――五分。

 外界が異常なほど焼かれ、その火は衰えるようにしてすうっと消えていく。

 後には、何も残らなかった。

 焼け焦げた鉄の塊――鉄の虫の成れの果てと、ほぼ崩れ去った家屋があるだけだ。

 自分が使った力だというのに、躍斗は震えた。

 そして、身体を凄まじい疲労感と倦怠感が襲う。まるで全力疾走をした後のように、額に汗が浮かび上がる。

「なんだ、今の……」

 思わず口からそんな声が漏れるのも無理はない。

 何もかもが空想の世界のような出来事だったのだ。少なくとも躍斗にとっては。

「……………………………」

 その後ろにいた少女も、今起こったことが信じられないように呆けている。

 躍斗も、夢だったと信じたい。

 虫に襲われる前は――躍斗は日常を過ごしていたと記憶している。

 朝、音のやかましい目覚ましで起きて。

 親に見送られて学校に行き。

 休み時間に友人と他愛のない話をして。

 第三次世界大戦の起こった経緯について授業を受けて。

 放課後に本屋に寄り道をして――。

 躍斗の記憶は、そこで途切れていた。

 何か重要なことを忘れているような気持ち悪さがあるが、何も思い出せない。

「あ、あの……」

 突然、躍斗の後ろにいる少女が声を出す。

 そして、

「ここ、どこなんですか?」

 躍斗も知りたい疑問を尋ねてきた。


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