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PrologueⅡ

 お待たせいたしました。第二話です。

 騎士とは戦う為のモノである。

 世界の裏側に(うごめ)く人間の敵を消し去る為に彼らは動く。

 『騎士』という名称は過去からあったものではなく、ここ数百年の間に彼らにつけられたものだ。

 かつて中世ヨーロッパに存在した騎士たちとは全くの別物だが、その中にも『彼ら』側の者もいたと言われている。

 そして騎士達が組織化したものを読んで字の如く騎士団と言う。

 騎士団は一つ限りではなく、世界各地に組織が存在し、中には歴史に名を残したもの、無名のまま人知れずに活動し続けるものなどもある。

 騎士の本来の役割は人類の守護と人外達の討伐であるが、その任を外れる場合もある。

 個人個人で与えられる任務は変わるが、その中でももっとも多いのは騎士団への勧誘だ。

 そして彼女らもその任務を与えられ、美然市(このち)を訪れた者達である。


「全く……何故(なぜ)(わたくし)がこのような雑用をしなければなりませんの?」


 長い銀色の髪を弄りながら彼女は愚痴を溢した。

 その手にはトランク。この土地に赴くのは初めてのはずだが、歩く足には迷いがなく、目的の場所がわかっているようだ。

 銀の長髪、銀色の瞳と、明らかに日本人離れした顔つきでありなが、口から洩れた言葉は流暢な日本語。他人を不愉快にする言葉も彼女が用いると鈴の音のような響きに聴こえる。

 外観から判断すると、年齢は十代半ばから十八前後だろうか。少なくとも幼さが未だ残る顔立ちからは成人を迎えたようには思えない。


「団長も団長ですわ。雑用なら私よりも相応しい者がいるでしょうに……」


 強気な口調に相応しく、彼女の目も見るものを威圧するような強さを感じる。そして彼女のこれまでの言動を見るに、時代錯誤な貴族観を持っているようだ。

 苛立たし気に彼女は隣を見る。八つ当たりは予測していたのか、『彼』は肩をすくめた。

 少女の言葉に全く反応しなかった為に他人と思われがちだが、隣の少年も彼女の連れである。正確には少女の方が連れなのであるが、彼女をオマケみたいな扱いをするとそこら辺の家の壁か林の中に頭から突っ込む羽目になるので少年は口を出さない。わざわざ自分から面倒な種を撒く必要はないということだ。


「俺にそんなことを言われてもね。それに他の連中は席を外していたんだ。もとより、今回の任務(きしさがし)でもっとも適任なのは朱鳥(あすか)――君だろう。君を連れて行くように進言したのも団長だ。愚痴ばかり溢しても始まらないよ」


 少年の言葉に偽りがない為か、少女――――皇樹(すめらぎ)朱鳥は反論はしなかった。反論はしなかったが、月のような美しい瞳が少年を見据えていた。

 見る者を震え上がらせるほどに冷たい瞳。美しい薔薇(モノ)にはトゲがあるとは聞くが、絶対零度があるとは聞いたことがない。


「なんだい、文句があるならさっき君が言った通り団長に言えばよかったじゃないか。正直な話、俺だって君と同じ任務は就きたくないんだ」

「へぇ……それはどういう意味かしら。私が足手まといだとでも言いたいのでしょうか、紫音(しおん)さん?」


 御剣(みつるぎ)紫音は特徴的な藍色の瞳を閉じ、瞼を押さえながらため息を溢した。

 朱鳥が組織に加入してから仲が良かったことなどはなかったが、それにしても紫音と朱鳥(かのじょ)は相性が悪いらしい。というか、朱鳥は基本的に組織の誰とも仲が悪い。寧ろ紫音はまだましな方だ。

 彼らの組織は小数精鋭の形をとっており、加入した順に序列が成される。小数の名の通り、人員は非常に少ないものの、個々の戦闘力に関しては突出している――――が、実力を最優先にするあまり、人格的に問題がある者が多い。それを鑑みれば紫音はもちろん、朱鳥もまともな人格者と言えるだろう。

 朱鳥はもっとも新入りの十二位でありながら非常に高い実力を持つ。それが組織の人間は気に入らないのだろう。身も蓋もない言い方をすれば嫉妬の一言で終わりだが、紫音も他の連中の気持ちはわかる。わかるが朱鳥とて幼い頃から騎士として訓練して来たのだから、彼女には落ち度は全くない。寧ろ非は他の連中にあるだろう。

 ……彼女の態度が癪に障ることはあるが、この程度で頭を沸騰させていてはあの組織ではやっていけない。

 紫音は特に気にしていない……どころか友好的なのだが、朱鳥の方が拒絶しているようではどうしようもない。


「違う違う。少なくとも君の実力は認めてるさ」


 相変わらず敵意むき出しの瞳で紫音を見据える朱鳥。何故会話だけでこんな一触即発――――というかマジで爆発する二秒前(MBN)みたいな状況になるのか不思議に思わなくもないが、彼としては無意味な戦闘はしたくない。

 それ以前に、もし身内になったと組織に知れたらどんな処罰(おしおき)をされるかわかったものではない。裏切りともなれば話は別だが。


「大体、君は団長のお気に入りだろう? そんな奴の実力を低く見るほど、俺だって落ちぶれちゃいないよ」

「あ、あらそう? 私が団長のマスコット的お気に入りだと言っているの?」

「……まぁ、君がそう解釈するなら俺は構わないけどね。もう少し上の表現をしたつもりだったんだが……」

「ま、まさか私は団長の私服同然だと!? いけませんわそんな! 私などが団長の――――!」

「……ああ、そういえば君は団長が絡むとネジが飛ぶんだったな――――というか危ない。トランクを振り回すな、他の人に迷惑だし、はっきり言って見ている方が痛々しくて辛い。子供という年でもあるまいに」


 コマみたいにぐるぐる回る朱鳥に声をかけるがまるで届いていない。そして周辺の視線が痛々しい。

 先の通り、朱鳥は基本的に組織の誰とも仲が悪い。しかし、彼女を推薦した団長――――すなわち、第一位の騎士だけは話が違う。

 『彼女』だけは例外的に朱鳥を認め、朱鳥もそんな『彼女』を慕っている……というレベルを超えている状態である。

 要するにベタ惚れ状態。紫音が口にした通り、見ているのが痛く感じるくらいに。

 紫音は他人のふりで誤魔化そうと歩く速度を速めようと


「――――と、それはそうと紫音さん?」


 した瞬間に朱鳥から声がかけられた。……相性が悪いだけでなく、間が悪いにも程がある。


「なんだい。荷物を持てという話はここに来る前に断ったはずだけど」

「レディーに荷物を持たせる貴方の頭は擂り潰して花壇に植えてあげたいほどですが、その話ではありません」

「……朱鳥、この際だからはっきり言っておくけどね、レディーを自称するならその歳不相応言動を何とかした方がいい。それと気に入らない奴は片っ端から吹っ飛ばすような思考回路もね」

「やかましいですわよ。実際に吹き飛ばした訳でもないのですから、別に構わないでしょう?」


 ……その犯罪はバレなきゃ犯罪じゃないみたいな考え方がまずいのだが、このままでは話が進まない為、ここは紫音が聞き流す方が賢明だ。


「はあ……それで、なんの話だい?」

「これから声をかける人の話ですわ」


 ――――紫音の顔が変わる。呆れたような表情は消え、その顔には一切の感情がない。


「団長から話は聞きましたが……四條とはあの四條ですの?」

「騎士団に所属していない騎士の家系なんてそうあるものじゃない――――というよりも、騎士団に所属していないのに騎士として活動していることがおかしいんだ。そんな条件を満たしている四條は一つだけだよ」


 騎士は表では存在しないモノではあるが、命を秤にかけている以上見返りはある。騎士団に所属している限りその間の生活・金銭面は約束されているし、戦いに関する知識も与えられる。

 何より、騎士ならば誰もが抱く目的がある。

 四條はその一切を求めず、何度も騎士団からの勧誘がかかったはずだが、その全てを断り続け、ただ根を張った土地を守護し続けた。

 それ故、四條は今までどこの騎士団にも所属したことがなく、何を行動理念にしているのかが全くわからない状態である。

 ――――ただ一つの噂を除いて。


「精霊に最も愛された一族とは聞きましたが……何かしらの異能があるのでしょうか」

「さてね。個人ではなく家系が精霊と契約しているという話以外、ほとんどがわかっていない状態だからな」


 騎士は精霊と契約した人間が成るモノ。

 しかし精霊と呼ばれるモノ達は人間には認識できず、そこにいようとも精神体である為に干渉できない。故に契約とは精霊からの呼び掛けがなければ、成立はおろか結ぶことすら叶わない。

 精霊は決して人間からの呼び掛けには応じない。カレラにとっては人間は特別視するような生物ではなく、世界に寄生する害虫という認識でしかないからだ。

 ここまで聞くと精霊が人間と契約を結ぶ理由がないように思えるが、精霊にも目的があるらしい。

 だがそれを知る騎士は今のところ存在しない。もとより、知る必要などないのだ。

 精霊の考えと同じように、騎士のほとんどが精霊の与えてくれる力を目的としているだけで、カレラの思惑など考えたこともない。

 しかし四條はどのような理由かは不明だが、多くの精霊に愛され、唯一精霊が心を許す人間となっていたらしい。

 あくまで一部の騎士の中で囁かれた根も葉もない噂ではあるのだが、紫音と朱鳥も騎士である以上、気にならないと言えば嘘になる。

 だが――――


「四條のことは後に本人に問いただすとして、それよりも私は団長が何故今さら四條を取り込もうとするのかが気になりますわ。今代の四條の後継者はそれほどに強い方なのですか?」


 朱鳥の言葉に、紫音の表情が陰る。

 紫音達の組織は能力の高さが最優先だ。

 今代の当主に関してははある程度の調べがついている。

 ――――もちろん、表側の顔だけではあるが。


「名前は四條皐月。年齢は十六歳、現在は高校二年生……ああ、君の一つ下だね。良かったじゃないか。歳の近い同性の仲間ができて」

「そんな御託はどうでもいいですわ。仲間と言っても仕事仲間ですし……何より、のんびりと学校になんて行っている騎士など、私は認めません。認めたくもない」


 きっぱりと断言する朱鳥。

 言葉に偽りはなく、その金色の瞳にも露骨な嫌悪が宿っている。

 紫音も朱鳥がこのような反応を示すことはわかっていた。

 幼い頃から夢を捨てざるを得なかった少女――そんな彼女が、年相応の生活を送る四條皐月のことを受け入れるなどあり得ない。

 ――――しかしそれは、かつて夢と言う名の幻想を捨て切れず、今まで引きずって来た証ではないのか。


「第一、歳のことを言うなら貴方だって私と同じ歳ではありませんか」

「おや。君に教えた覚えはないが……もしかして君、“匂い”とやらで人の年齢までわかるのかい?」

「違いますわよ! 以前、団長から聞いただけですわ! 人を勝手に匂いフェチみたいに言わないで下さる!?」

「いや、そこまでは言ってないだろう。単に人のことまでわかるなら便利そうだと思っただけで……」

「余計なことは考えなくていいんですわよ! それよりも続きは!? 先ほどの話の続きはどうしましたの!?」

「話? 君が匂いフェチって話かい?」

「……どうやら頭に(しわ)が足りないようですわね。仕方がありません、心苦しいですが、直接刻んで差し上げましょう」

「すまない、今思い出した。確か、四條の当主に関してだったね」


  このままでは本当に脳に皺どころか、線を刻まれそうだったので早々に話を切り上げ、本題に入る。しかも心苦しいとか言いながら、笑顔が浮かぶのは明らかにおかしいと思う。

 ……正直な話、朱鳥にはこの話はしたくないというのが紫音の心だった。

 気遣いという訳ではなく、単に間違いなく紫音が八つ当たりされるからである。


「幼い頃に父親を亡くし、約二年前に母親も事故で死亡している」

「……他には?」

「なんだい、スリーサイズも教えろと?」

「違いますわ! 騎士としての実力を聞いたのに、本題が語られていないではありませんか!」

「わかるわけないだろう。どこの騎士団にも所属していなかった騎士の技量を、どうやって調べると言うんだ」

「……は? わからない?」


 まるで空気が凍ったかのように足が止まる。

 ああ、来るな――――と紫音が思った瞬間、


「どどどどどどどどどどどどどどどういうことですの!? 騎士としての能力もわからず、純粋な力量すらも不明な馬の骨を組織にスカウトすると!?」

「まぁ、そういうことだろうね。だが少なくとも馬の骨ではないだろう? 個人の能力はわからないが、家自体は数多くの組織から噂されるほどの名門――――」

「私達の組織は家柄などは関係ないですわ! 貴方もそれはわかっているでしょう!?」

「まぁ、わかってはいるけどね」


 辺りを見回すと朱鳥の大声に反応して通行人が紫音達をちらちらと見ていた。

 大方、恋愛絡みの勘違いをされているのだろう。

 実際はそんなに甘くも酸っぱくもない会話なのであるが。


「しかしそれを言うなら君もわかっているだろう。これは団長の決定だ。彼女に逆らうと、彼女にどのような意思があってもアレが黙っていない。いくら君でも、奴と喧嘩はしたくないだろう」

「う……そう、でしたわね……」


 彼らの組織では基本的に個人の意思が尊重され、行動に関しても特に制限はない。

 だが団長の命令に逆らうことは禁忌(タブー)とされている。

 理由は一つ。団長の傍らには必ず一人の守護騎士が控えている。彼は“規律”の名を借りた、呪いに近い特性を帯びており、命令違反・団長への反論を一切認めない。

 アレを止めるには団長の力を借りざるを得なくなる。

 ――団長に心酔している朱鳥がわざわざ面倒を起こすはずもない。否、起こしてはならない。


「……わかりました。任務に関して、これ以上口を挟むことは致しません」

「それが賢明だね。俺としても、好き好んでアレの暴走を引き起こしたいとは思わない」

「――ですが、あちらが断ってきた場合はどうするのですか?」


 朱鳥の何気ない一言。

 少年は予め用意していた言葉を口にする。

 任務に失敗は許されない。故に――――


「当然力ずくだ。団長は良い顔色をしないだろうが、団長自身の命令である以上、手を抜くつもりはない」


 桜の舞う中、二人の騎士が歩を進める。

 出会いの時は近い。

 ――――一人の少女騎士はこの日、初めて真の騎士を目の当たりする。

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