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PrologueⅠ

 初のオリジナル作品です。もしおかしな点があったら、教えていただけると幸いです。

 四條(しじょう)皐月(さつき)が高校に入学してから一年の月日が流れた。

 桜の花弁(はなびら)がひらひらと踊っている。 天気は快晴。空に揺れる桜は雲もないこともあって一段と映えて見える。

 一点の曇りもない空の下を、彼女はいつもの暗い表情のまま歩いていた。


「……わたしは、わたしが嫌い」


 ――――唐突ではあるが、四條皐月は自分のことが大嫌いだ。

 性格も、背格好も、日常(じんせい)も、この日本人離れした碧眼の瞳も、金色の髪も、全部が全部大嫌いだ。 

 この瞳と髪が原因で小さい頃からよく馬鹿にされた。中学の頃には不良にも絡まれたことがある。

 理不尽以外の何物でもない。

 皐月も自分から望んでこんな髪に、こんな瞳になった訳ではない。生まれた時からこの色だったのだから、彼女には非はないはずだ。

 だからと言って、言い訳らしい言い訳が思い付かない。学校側には異人の血が入っているということで誤魔化しているが、家系図を見てみると、外国の人間が四條家に嫁いできた記録などは一切ないのだ。

 両親に尋ねようにも、それはもう叶わない。

 皐月の両親は既にこの世にいない。

 父親は物心つく前に病気で亡くなった。

 母親は中学まで女手一つで皐月を育ててくれた。だが皐月が中学二年に上がって間もない頃、事故で息を引き取った。

 母親には自身ことを聞いたことがあったが、詳しいことを尋ねる前に父がこの世を去ってしまった為、結局はわからずじまいだった。

 唯一聞いた話は『体質』という、なんとも説明にならない内容だ。こんなことを言ったところで信じるような人間はいないし、結果として理由を説明できなくなってしまう。

 だがもうそれも慣れた。高校に入学してからも何も変わらない。何も変わらないなら皐月自身が変わるしかない。

 自分が何も言い返さなければ因縁をつけてきた相手も興味を無くして離れていく。

 皐月も周りに積極的に関わり合いになりたいとは思っていない。

 故に学校では常に孤立している。母の言葉に従って学校は行っているが、それがなければ間違いなく受験などはしなかっただろう。

 ――――しかし、何事にも例外はあるもので、


「やっほー皐月! いつもと変わらず暗い顔してんねぇ!」


 いきなり背中をバンと叩かれた上に遠慮のない声がかけられた。ふらつきそうな足を支え、後ろを振り返ると、そこには皐月の少ない友人がいた。

 皐月が羨む日本人の特徴である黒の髪と瞳、大きな目からは活発な雰囲気が漂っている。

 胸元のネクタイをゆるめているあたり、あまり真面目とは言い難い人格であることも間違いないが。


天宮(あまみや)さん……おはようございます」

「うぃ、おはようさん!」


 天宮(つづり)は一年の頃からの皐月の友人だ。

 何が気に入ったのかは知らないが、綴は頻繁に皐月に話しかけてくる。最初は皐月も遠ざけようとしていたのだが、どうもこちらの心情に鈍いらしく結局は関わり合いになってしまった。

 もしかしたら、皐月も自分では気づいていないだろうが単純に嬉しかったのかもしれない。

 下心なく、妬み嫌味もなしに話しかけてきた人物は彼女が初めてだったのだから。……いや、下心ならあるのかもしれない。


「んぃ? 何かなさつきち」

「変なあだ名を付けないでください……。それにスカートの裾を離してください。というかなんで鼻息荒いんですか」

「おりょ、こいつぁ失礼」


 本当に今気がついたようにスカートを離す綴。

 今気がついたというようなことはないはずだが……彼女の様子を見ていると本当にその通りのように思えているような気もする。本能に忠実、という人間はこういうヤツを指すのだろう。……アッチの趣味があるのかどうかは本人のみぞ知る話だが。


「皐月さ、今日帰りにどっか遊び行かない? 琥珀(こはく)町に新しいゲーセンできたって聞いてさ、もういてもたってもいられんのよあたしゃ!」


 二人並んで学校に向かっていると、なんだか無駄に高いテンションで皐月に関係ないことを言われた。遊びに行くという点なら関係なくもないが、道端で地団駄を踏むのは正直止めてほしいのが心情だ。

 他人のふりをしたいところだが、今から無視する訳にもいかない。何故なら、余計に目立つからだ。

 ――――ここ美然市(みぜんし)は、皐月の住む翡翠町と隣町の琥珀(こはく)町に分けられており、名前の通り美しい自然に囲まれた場所でもある。他に特徴といえば琥珀町の方が近代的に発展しているくらいだが、ゲームセンターなども翡翠町より多い為、綴はよく入り浸っているとか。

 だが皐月はゲームセンターのようなうるさい場所はあまり好きではない。

 ――――それに今日は、特別な用事がある。

 いや、あるというよりつい先ほどにできた。できてしまった(、、、、、、)


「すみません天宮さん。わたし、今日は大事な用事があるんです」

「大事な用? ありゃ、もしかして彼氏とデートとか?」

「まさか、そんなわけないでしょう」


 綴の言葉に苦笑いで答える皐月。

 そもそも彼女に近づいてくる男子は見掛けに釣られた馬鹿な羊のみだ。そんな男たちに恋慕の感情など浮かぶはずもない。


「だったらなんの用があんの? 無理して聞こうとは思わないけど」

「それならそんな恨みがましい目で見ないでいただけませんか?」

「それは無理! 見捨てられた女の恨みはブラックホールよりも暗く、引き裂かれた人形よりも(むご)いのだ!」


 断っても罪悪感を植え付けるとは、なんという卑怯さか。しかも喩えに無意味にリアリティがある。

 とはいえ、言う訳にもいかない。

 国と国の言語が違うように、世界も言語が違う――――そもそも、皐月と綴のいる世界が違うのだから。


「すみません、必ず埋め合わせはしますので」


 膨れっ面をする綴になんとか納得させ、共に学校に向かう。

 ――――聖なる(あざ)(うず)く。

 それは悲鳴か、それとも歓喜か――――


 ◇◆◇


 ――――世界は表と裏で作られている。

 光と闇、太陽と月、日向と日陰、上と下があるように世界そのものに表と裏が存在する。

 表と裏は最も近く、だが決して関わり会えない存在だ。人間が自分自身を肉眼で目視できないように、表と裏は向き合うことができない。

 だが――――裏が無ければ、表も存在できない。裏という犠牲(きばん)の上に表という平和(にちじょう)が成り立っている。

 四條皐月は自身の髪と瞳がコンプレックスで、いつも悩んでいる。異人の血が混ざっているわけでもないのに色が違う原因はわからない。確かにわからないが――――すでに予測はついている。

 それは彼女が特殊な家系の生まれだからだ。

 “騎士”と呼ばれる、一般には公開されずに人外(じんがい)の者達と戦う、平和の為の犠牲者(いけにえ)


「ここね……」


 翡翠町の一角に存在する無人の洋館。そこは文字通り、“異界”への入り口だった。

 ――――否、正確には違う。入り口は常に隣に、この洋館は、単純に妙なモノが住み着いているだけ。それも向こう(はんたい)側に。

 皐月が聞いた話では、この洋館は十数年前までは住んでいた人物がいたらしいが、今ではその人間はこの世を去っている。しかしそれは重要な事ではない。

 境界面(あちらがわ)に行けば、人間など誰一人として存在しないのだから。

 ――――学校は午前中に早退してきた。聖痕(せいこん)が反応している以上、見過ごすわけにはいかない。

 騎士である以上、問題(、、)を長い間放置してしまうと、色々な事で面倒が起こる。この場所に着くまでに反応が無くなればよかったのだが、未だに聖痕(せいこん)は時折痛み続けている。


「あまり気は乗らないけど……仕方ないわね」


 皐月は自身では意識していないが、一人の時と他人といる時で口調が変化する。表と裏、その境界線を忘れない為に無意識に(おこな)っていることだろうが――――昔からそうだったわけではなかったはずだ。


「――――さあ、今から裏側わたしたちの日常をを始めましょう――――世界よ回れ(リバース)


 (まぶた)を軽く閉じる。

 胸に刻まれた聖痕が生物のように感じる。

 ジクジクとまるで体の中で動き回っているような気がして気持ち悪い。

 視界が回る。

 空気が変わる。

 世界が綻びる。

 ぐるんと逆さに吊られたような感覚。

 遊園地のジェットコースターをベルトなしで乗った気分。

 回って回って回って…………唐突に止まった。

 何度やってもこの激しい乗り物酔いのような感覚は慣れる気がしない。


 目を開く。

 日本人ではありえない、碧眼に映る世界はまるで瓦礫(がれき)の都市。

 世界そのものが死に絶えている。

 今にも空が崩れ落ちそうな異界空間。

 この世界こそ、表と対を為す裏の世界――――境界面(きょうかいめん)

 境界面は表の世界の死んだ姿だ。正確には表の世界に存在する生物のみを排斥した世界。照らす太陽(ひかり)は常に赤く、破滅の色に照らされている。ひび割れ、生物を存命するという役目を失った天地。いや、もしかすると、こちらが本来の世界の在り方なのか。

 生物という害虫から解放された一つの(ほし)

 どちらが本当で、どちらが偽物かどうかなど少女にはわからない。

 そんなことを考える為にこの壊れた世界に赴いたわけではない。

 少女の目的は唯一つ――――裏から表に害を為す、表には存在し()ない、人外の生物を排斥する――――


「……待ちわびたみたいですね。マナを常人よりも多く持つ騎士を前にするのは初めてですか」


 (あお)の瞳が映す物は先と同じ無人の洋館。

 違うことといえば、この世界の色である赤に染まっていることと――――屋根の上に、ヒトのカタチをした何かがいるだけだ。


「キ、キ………キキキ……」

 人形(ヒトガタ)の物体から理性の欠片もない声が漏れる。声が出たということは言語機能はあるようだが、知性が劣化しているらしい。

 その人形は威厳を感じる男性の老人だった。右の手には剣、左の手には盾。甲冑こそ着用していないものの、紫の衣装に身を包んだその姿は、現代の学校の制服を着ている皐月などよりも騎士という印象が強い。……しかし、それは見かけのみ。

 本来なら凛々しい顔だとしても、理性を無くし、狂気の色に染まったその瞳は単なる破壊者にしか見えない。

 しかしそんなことは関係ない。むしろ好都合だとも言える。感情がないのなら、皐月も感情を持ち込む必要はない。


「ベルセルク……いえ、エインヘリアルですか……北欧(ほくおう)の主神オーディンの人材コレクションの一つ……名前こそ借り物ですが……帰る場所を見失いましたか、歴戦の戦士」


 皐月の声に答えるものはない。目の前の人形はただ感情のない声を漏らすのみ。あるのは目の前のマナの塊をどう喰らうか、という調理法のみ。

 エインヘリアルとは北欧神話に登場する勇敢な戦死者の魂を主神であるオーディンが回収し、再び肉を与えた存在だ。

 オーディンが肉体を復原していたのか、彼が住むヴァルハラという宮殿にその力があったのかは本人のみぞ知ることだが、それはどうでもいいことだ。何せ今目の前にいるエインヘリアルはその名を冠した全くの偽物。単に戦死した人間の魂が長い間迷い、世界に漂う戦士の魂と意識(せいしん)が混ざり合い、自身をかつて世界に存在した戦士だと勘違いしただけだ。“エインヘリアル”という名前も過去の騎士達によって命名されたモノ達にすぎない。

 ――――境界面は世界に存在しないモノが存在する箱庭(せかい)

 その庭園には人を餌にする生物達が数多く根を張っている。そこに住む生物達の共通点はマナを自身で生み出せないこと。

 マナとは裏側に生きる者達にとっては生命力と言っても過言ではない。表に存在する生物には、感知する能力こそないが、生きている限りマナを生み出させる機能がある。

 境界面に住む生物にはそれがない。

 表の住人にはそれほど重要視されないが、裏の住人にとっては生命線とも言えるモノ――それがマナと呼ばれるエネルギーだ。

 人外の生物は生きる為にマナが必要だというのに、それを生み出す機能がないのだ。

 カレラにとっての生命力が無くなれば力尽きることは自然の摂理。ならばどうするか……簡単な話だ。自身では不可能なら他所から貰えばいい。

 同じ境界面の生物からでもマナは強奪することはできるが、それは効率があまりよくない。何せ全員が全員、ヒト以上の力を持っている。襲われれば誰でも抵抗するし、短期で決着を着けなければならない。

 何故なら、先の通りマナは彼らにとって生命力だ。傷をつけるほど生命力は低下するし、満身創痍の状態で取り込んでも戦闘で発生した傷を癒す程度が限界だろう。実力が伯仲したら尚更だ。マナがなければ生きられないというのに、その貯蔵量を減らしてしまっては本末転倒だろう。

 対して人間は生物の中でも膨大な知性とマナの持ち主だ。目にかけられるのは当然と言える。

 本来、(おもて)の住人は決して(うら)には届かない。それは逆も然り。

 しかし、その境界線は容易く崩壊してしまう。人間では不可能だとしても、境界面にすむ生物には世界の違いなどは裏表の関係ではなく、隣り合わせの関係に過ぎない。要するに、歩いてすぐに到達できるような関係なのだ。

 彼らは特別な資質を持った生物でしか視認できず、表で何をしようとも普通の人間には確認するすべがない。死体を食らってしまう為、単なる惨殺殺人にしか映らないだろう。

 彼らは自然現象のように現れ、唐突に去っていく。

 自然現象を抑える力は人間にはない。それはもはや神の領域。人ではたどり着けない、禁断の領域に他ならない。

 彼らは間違いなく無敵の存在だっただろう――――騎士という者(かのじょ)達が存在しなければ。



「キキキ……キキキキキィ――――!」


 老人の怪物が弾けるように跳んだ。

 佇んでいた屋根を踏み砕き、空気を裂き、待ち望んだ最高の御馳走(マナの塊)に疾駆する。

 その速度は正に閃光。光を避ける手段を持たない人間には回避することはできない煌めきだった。

 少女は動かない。今から回避動作に移っても間に合わない。

 もとより、魔の閃光に抗う手段を持たない人間には防ぐことはできない。

 もはや死の運命を受け入れたように佇み、そのまま


「キキキキキ――――!?」


 容易く、死の強風を弾き飛ばした。

 死の恐怖という生物の生存本能に従い盾を咄嗟に構えたのは正解だった。でなければ今頃は、弾かれるどころか、首を斬り飛ばされていただろう。

 超人じみた運動能力で空中で体勢を立て直した老騎士は、理性の失った瞳で自身の食事を黙視する。


 ズキンと、胸の聖痕が一層痛んだ。

 それを超え、聖痕に刻まれた神秘をここに実現する――――!


 ――――旋風が巻き起った。


 今現在砂ぼこりを起こしている風は生命力の奔流だ。

 老騎士にとってフルコースとも言える濃密なマナの渦。

 本来なら飛びかかってもおかしくないであろうそれを見ても、老人は黙視を続けた。

 これは生物としての生存本能だ。

 飛び込んだら殺されるという、恐怖心による行動。いや、それとも隠れた理性による行動か。

 風が止んだ。

 おかしなまでのマナの奔流は唐突に止まり、おかしなまでのマナ塊と化した。


 そうして――――幻想が具現化した。

 学校指定の黒の制服は見る影もなくし、そこには純白の姿をした姫騎士がいた。


 死に絶えた世界を照らす白の衣装、淀んだ空気を浄化する金色の長髪、見た者全てが羨むような碧の瞳、そして――――その全てを覆うような黒の長剣。

 黒の剣を握った少女には感情の色がなく、ただ目の前の敵を斬ることのみを考えている。

 狂った騎士は本能で感じた。逃げ出したい。コイツと戦って勝っても間違いなく割りに合わない。でも逃げられない。逃げた瞬間に四肢を封じられ、頭を潰されると。

 騎士とは体の一部に聖痕を宿した人間を指す。

 聖痕は精霊(せいれい)と呼ばれる、人外でありながら人間と協力するモノ達と契約した人間のみに浮かび上がり、心象器(しんしょうき)と霊装とという武装を聖痕(からだ)に宿す。

 精霊は精神体で存在している為、いかなる騎士でも認識できない。生まれつき奇怪な眼を持っていたり、何らかの手段で実体化していれば話は変わるが、原則として視認は不可能だ。

 皐月の家系は個人ではなく、家自体が契約をしている為、跡継ぎに選ばれた者には必ず浮かび上がる。

 当然、本人の意思とは関係なく。

 

「開幕といきましょう、記憶と魂の残留(エインヘリアル)。騎士団に所属しないはぐれの身ですが――――」


 歪な形をした黒の剣の切っ先を老騎士に向ける現代の騎士。

 白の衣装を装着してからの彼女は、先とは比べ物にならないほどのマナを纏っている。


「――――この刃を以てその魂を解放します」

「キ――――キキキキキキキキキキ――――――!」


 目を合わせたのは一瞬、白の姫騎士と紫の老騎士は閃光と化した敵を、同じく閃光で以て叩き落とした。

 終焉を迎えた世界で鉄の音が響き合う。

 ――――戦闘開始。

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。感想などお待ちしております。

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