バカ一代の帰国子女
1.バカ一代の帰国子女
季節はずれの転校生にクラスの面々は興味津々だった。
「何処から来たのー」
「好きな食べ物は?」
「1ちゃんねるって知ってる?」
などと、次々に質問攻める生徒たち。それを、担任が
「はいはい、興味があるのはわかるけど、一時間目始まるわよ、あとにしなさい」
と諌めた。そして一時間目が始まった。だが、その時点で彼―純一の奇妙さが現れつつあった。
一時間目は『古典B』だった。
教科書がないので、純一は隣の男子生徒に教科書を見せてもらうことになった。
「よろしく頼む」
「どうぞどうぞ。あ、俺の名前は藤原藤二。よろしくな、萩原くん」
「(こうも早速見つかるとは・・・)」
「何か言った?」
「いや、何も」
純一は黙り込み、ノートと睨めっこを始めた。
壇上の教師は、「伊勢物語」の歴史的背景について饒舌を振舞っていた。そして、転校生の学力を知りたくなったのだろう、純一に質問を振ったのだった。
「これに書いてあることなんだが、どうして在原業平は平安京を出たのだと思う?」
「は・・・・・・」
「教科書を見ればわかりますよ」
と言いつつも、教師は純一は答えられないだろうと考えていた。ずっとアメリカ暮らしをしていたのだ、日本の歴史などわかるわけがない。彼のプライドは傷つくかもしれないが、誰かが助け舟を出してやることで早くクラスに馴染める筈だ、などと親切心から小さな意地悪を考えたのだった。
「むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
藤二に借りた教科書を睨みつける純一。そのまま穴が開いてしまいそうな睨み様だった。
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「わからないか?」
「うぬぬぬぬぬ・・・・・・・」
「わからないなら、わからないって言ってくれればいいんだぞ?」
純一は尚も考えていたが、観念したのか、
「・・・・・・はい、わかりません」
と殊勝な面持ちで告白した。教師は苦笑しながら何処に書いてあると思うと聞いたのだが―
「わからないのです」
と泣きそうな顔で答えたものだから教師は慌てふためき、
「い、いや、現代語訳しなくてもいいから、どの文がその理由を表していると思うか、原文のまま読んでくれれば―」
「読めないのです」
「・・・・・・へ?」
「この教材には、何処の国の言語が使用されているのですか?」
純一は、至極真面目な顔で教師に尋ねた。
教室の空気が一気に5度は下がったような気が―純一は感じていた。
四時間目は『芸術』の授業だった。
彼が選択した科目は美術。担当教師は、「自分の思いつく情景を描きなさい」と告げたのだが。
「どれどれ・・・・・・」
恭子は興味本位から彼が何を描こうとしているのか後ろから覗いた。
すると―
「うげっ」
キャンバスに描かれていたのは、さながら戦場写真のようだった。マシンガンを片手に突撃する兵士、子供を抱き泣き叫ぶ布を纏う女性、そして点在する死体、それらを眺め下ろすETC・・・・・・
ちなみにETCとは、地域紛争やテロリスト制圧などで幅を利かせている人型二足歩行戦闘兵器である。この世界に登場したのはわずか2年前だが、瞬く間に世界中にその存在が広がり、今ではETCを主役にした漫画が有名になっていたりする。
絵そのものは巧く描けているのだが、なんともおぞましい絵であった。
「な、なんでそんな絵を?」
恭子はおそるおそる聞いてみたのだが、彼はこう答えたのだった。
「昔からあまり外出するという機会がなくてな。風景画など描けないから、今まで見てきたのを思い出したら、真っ先に浮かんだのがこれなんだ」
「変な妄想癖でもあるのかな・・・・・・」
昼休み。藤二・恵美・恭子と幼馴染三人は机を囲んで昼食をとりながら、萩原純一に関する話をしていた。
「多分脳みそが迷彩色してるのよ」
「親の顔が見てみたいわね〜」
(ずいぶんと失礼な話だな・・・・・・)
噂の彼―純一はその時藤二たちがいる校舎と反対側の屋上で昼食をとっていた。近くのコンビニで買ったカツサンドである。
(しかし、俺のやってる事はかくも奇妙なのか?)
右手に双眼鏡、左手に指向性マイクを持ちながら純一は首をかしげた。
(目立たぬようにしているつもりなのだが・・・・・・)
一方、三人の話はますますエスカレートしていた。
「裏の裏をついて、実は少年兵だとか!?」
と目を輝かせて戦争マニア・藤二が叫ぶ。
「なんで少年兵が平和な日本に来るのよ」
とジト目で藤二を睨む恭子。
「まあまあ、いいんじゃない?彼、結構二枚目だし」
と目をうっとりさせて言う恵美。
「もしかして、惚れた?」
「な、違うわよ。・・・・・・ただ、なんか・・・」
「なんか、どうしたの?」
「ん〜、なんか、昔からの知り合いみたいな感じがするのよ」
「ん〜確かにいきなりタメだからね」
うんうんとうなずく藤二と恭子。だが、それに対し恵美は首をかしげるのだった。
「それとはなんか違う感じがするんだけどね・・・・・・」
「もしかして、あの子かな・・・・・・ほら、昔よく遊んだ」
恵美がそういうと、三人は一様に同じ人物を思い出していた。
―今より一回りも二回りも小さかった、まだ保育園に通っていた頃。幼馴染は、五人組だった。一人は体が弱く、もう一人は年頃の好奇心旺盛な子供にふさわしくなく無口であったため、自然と三人で遊ぶ機会の方が多かったのだが、ある日、体の弱い一人はこの世を去り、もう一人無口な方は行方不明になってしまったのだ。―萩原純一はその無口な子供と何処か雰囲気が似ているのだった。
(やはりわからないか・・・・・・)
純一は唸った。
彼はこちらへ来る直前、とある情報筋から三人のこれまでの情報―交友関係から、大人に怒られた内容に至るまで―を調べていたのだが、「あの時」以来、彼らが誰とも深く関わらないようにしていたのが心に引っかかった。
あれから彼らと再び会うのは十年ぶり。純一は彼らのことはよく憶えていたが、彼らは純一のことは憶えていないようだった。
(まあそれが当然か。俺はあの時以来人付き合いを止めたからな・・・)
ふと、頬をぬるいものがよぎった。
それを拭った指は、湿っていた。
(今日は異常なし、か・・・・・・)
再び双眼鏡を覗いた。すると―
朝比奈恵美の視線がこちらに向いていた。
「どういうつもり?人の談笑を盗聴なんて!?」
昼休みは残り20分。監視がバレ、純一は三人の尋問を受けていた。
「盗聴していたのではない、最新型の偵察装置の実地試験をしていたんだ」
苦しい言い訳をする純一。彼なりの必死な抗弁だったが、
「そもそも、こういうおもちゃは持ってきちゃいけないのよ!」
<対象年齢5才以上>くらいの玩具を持ってきた純一の抗弁には説得力がないのだった。
「他にも持ってきてるんじゃないでしょうね?」
そういうと、恭子は純一の鞄を漁り始めた。
「ま、待て―」
中から出てきたのは、教科書類の他に、少し重たいモデルガンが2丁、そのマガジン4本、おもちゃの手榴弾4個、それとは違った形のが5個、そして重たいバーチャコップのようなヘルメット。
「あんた、相当なオタク君ね・・・・・・藤二と気が合うんじゃない?」
「い、いやー俺もちょっとな・・・・・・」
「こんなもん、誰に向かって撃つつもりなのよ?」
<少し重たいモデルガン>を持ち問い詰める恭子。
「ま、待て。それは危険だ。今すぐ机に置け」
真剣な口調で訴える純一。だが、恭子はそれをオタク特有の物への愛着心と受け取り、
「そうね、確かに危険だわ。いたがる人が出るでしょ?」
と言うと笑いながらその銃口を純一に向けた。
「な、何をする気だ―」
一気に青ざめる純一。その顔はゴキブリを見た主婦のような顔だったが、額にどっと脂汗が噴出していた。
「あなたみたいなのはね、自分で痛みを知っておかないと誰かに怪我させちゃうタイプなのよ。間違いないわ」
恭子は引鉄に手をかけた。今すぐ飛び出してその銃を奪いたかったが、今純一は彼らによって椅子に縛り付けられているのであった。
「・・・・・・っ!」
仕方なく純一は椅子ごと倒れた。
どだんっ!
「えっ・・・・・・」
気がつくと、天井を見ていた。それに、背中が痛かった。
<少し重たいモデルガン>の銃口からは、煙が出ている。目を下ろすと、窓ガラスに穴が開いており、それを中心に蜘蛛の巣状のひびが入っていた。
「安全装置を掛け忘れていたか・・・・・・」
純一が沈痛な面持ちで告げる。
わけがわからない恭子。端で見ていたが同じく何が起こったのかわかっていない恵美。そして藤二だけが、
「うわ〜、実弾、実弾だよこれ!お前すげえもん持ってるんだな!」
と騒いでいた。