拳と剣 その1
大貫山茶花が駆け出した頃と時を同じくして天骸百合、石神コタロウの両名は渡瀬秋桜と対峙していた。渡瀬の傍らに星屑姉妹の姿はない。
「・・・殿、ですか?」
「まぁ、そんなところです。もちろん、先輩方を倒した後に合流するつもりですが。」
「ほう・・・、随分と大口をたたく後輩じゃないか。俺たちは仮にもハウンドのメンバーだぜ?あまり舐めてもらっちゃ困るな。」
石神はそう言って不敵な笑みを浮かべたが、それは虚勢であり、内心では焦っていた。彼女の纏う尋常ならざる殺気が、彼に本気で戦っても勝てないことを悟らせていた。そうして、それは天骸百合にも言えることであった。事前に風嵐侘助から聞いた情報を元に、色々と準備をして万全を期したつもりだったが、それでもなお準備不足であったと痛感するほどに、渡瀬の存在は脅威だった。
一方で、渡瀬自身もこの戦いにはそれなりの警戒心を抱いていた。ここに至る道中での不自然すぎる静けさが、何かしらの罠やそれに準じる何かの存在を考えさせたのだ。それは単なる深読みに過ぎず、ここを押し切ってしまえば後は生徒会室を目指すのみなのだが、それを知る術を彼女は持ち合わせてはいなかった。
(・・・ここまで無防備過ぎると、さすがの私でも腰が引けるよ。丸腰で相手を迎え撃つなんて有り得ない、絶対何かあるに決まってる!)
互いに先手を打ちづらい状況となり、このままでは膠着状態になると考えたのは天涯だった。背中に背負った大きめのバットケースを降ろし、中から木刀を二本取り出した。
「・・・まぁ、こうなってしまった以上、どちらかが倒れるまで戦うしかないでしょう。それに、そういう展開の方が、貴女も分かり易いでしょう?」
「それは先輩も同じじゃないですか?・・・分かるんですよ、感覚的に。先輩が私と同じタイプの人間だってことが。学園を守るためとか、命令だからとか、そんなのは建前で、内心では戦うことを快楽的に楽しんでいるんじゃないですか?」
渡瀬にそう指摘され、天涯は何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったという方が正しい。完全に見透かされている、そう感じた。確かに、戦いに愉悦を覚えていたことは事実だった。
だが、それに石神が反論した。
「いや、こいつはそんな人間じゃないぜ。百合はハウンドの誰よりも優しい。他人の心を大事にするし、他人の痛みも理解できる。まぁ、そういう性格だから、他人に対して踏み込めないところもあるんだが・・・。とにかく、百合はそんな戦闘狂じみた人間じゃないってのは事実だ。そこだけは、さっきの言葉を訂正して欲しい。」
彼の言葉は本心から来るものだった。それは天涯にも分かった。しかし、だからこそ、この場から逃げ出したくなった。違う、自分は彼女が言うとおりの人間なのだ、見せ掛けの優しさを纏ったただの戦闘狂なのだと、そう叫びたかった。
「・・・・・・分かりました、さっきの言葉が誤りだったことは認めます。・・・それにしても分かりませんね、何故あなたみたいな人がこの場に居るのかが。あなたが誰かは知りませんが、少なくとも“こっち側”に居るような人間ではないですよね?」
「おかしなことを・・・。俺からしてみれば、世の中を“あっち側”とか“こっち側”とかって区別してる方が余程不思議に思えるぜ。基準を教えてくれないか?思想か、はたまた過去の行動か、何が俺たちの間に存在しているのかを、明確に示してくれよ。」
石神の問いに、渡瀬は苦い顔をした。そう言われてしまうと、返答に困ってしまう。彼女のそれは感覚に頼っているところが大きく、言葉にするとなると簡単ではない。
(この人、風嵐くんと近いタイプの人間だ。おまけに、頭脳派・・・!まったく、どうしてハウンドはこう面倒な手合いが多いかな・・・!)
もしかすると、ハウンドは学園内のとんでもない人間を収納するための受け皿ではないかと、ついSFチックなことを想像するが、悪い冗談だと頭を振った。