大貫山茶花 その5
12月1日
二人のやり取りを、そして会長の告白に対して、僕は黙って見ているだけだった。そもそも、僕はこの件に関して何の感情も持ち合わせていない。会長に対して義憤を覚えているわけでもないし、かと言って星屑姉妹を支持するわけでもない。僕はただの付き添いであって、この場において僕が発言することは何一つ無い。秋桜が向こうにいることが唯一の心配事であったが、侘助の不参加によってその心配も杞憂となった。先輩方には悪いが、彼女を止められるのは侘助ぐらいのものだろう。
そういうことで、最初は僕もこの案件を断るつもりだったが、今では来て良かったと心底思っている。いつもは毅然とした態度を崩さないあの生徒会長が、椅子から転げ落ちる場面をお目にかかれるなんて、なんて幸運だろうか。こんなことは二度とないだろう。
僕の携帯電話が鳴った。相手は石神先輩で、たった今学園に到着したとのことだった。
「・・・部長、石神先輩と天骸先輩が到着したようです。」
「これで役者は揃ったわね。副会長風に言うなれば、歯車が噛み合ったってやつかしら。まぁ、彼みたいにオカルト理論を振りかざすつもりは無いけれど。」
部長は大袈裟な身振り手振りを交えつつ言った。心なしか、何処か楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。いや、間違いなく、彼女は今のこの状況を楽しんでいる。何が彼女の心をそんなに躍らせているのかは定かではないが、やはり少なからずの狂気を感じずにはいられなかった。
「・・・石神先輩、どうなると思いますか?」
「どうなる、と言うと?」
「彼女たちが勝つか、生徒会が勝つか、ということです。」
僕の問いに、彼は分からないと答えた。
「物事はどう転ぶか分からん。だからこそ面白いと言うものだが・・・。ただ、一つだけはっきりしていることがあるとすれば、俺と百合ではあの桃色の髪の子は止められない。勝負は確実にそっちで決まることになる。覚悟しておけよ?」
彼はそう言って電話を切った。怖いことを平然と仰る、と軽口で済ませられるものならそれに越したことはないのだろうけど、実際彼の言うとおりだろう。石神先輩や天骸先輩では秋桜は止められない。あの侘助でさえ勝てたのは偶然だと言い、正面切って戦ったら負けるかもしれないと零していたぐらいだ。失礼な言い方だが、止めるどころか、少々の時間稼ぎが関の山だろう。
勝った方が正義で、負けた方が悪となる。至極シンプルで分かりやすいが、同時に人が持つ意志や矜持の一切を蔑ろにするものだと感じた。それでも僕の心が動かされることはなく、まるで、興味のないテレビを見るかのように、ただ漠然とそれを客観視している。僕はやはり、人間として決定的な何かが欠けているのだろうか。以前、秋桜はこんなことを言っていた。
『私は、自分が誰よりも生き急いでいることを自覚している。』
その時はただ聞き流すだけだったが、今はどうだろうか。同じ言葉を聞いたとき、僕の生き方は変わるのだろうか。この曇った視界は晴れるのだろうか。
「・・・僕も行きます!!」
既に足は動いていて、それを口にしたのは会議室から体が出た後だった。廊下を疾走し、階段を段飛ばしで駆け下りる。最早自身を客観視する余裕はなく、ただ一つ、生き急ぐという言葉のみが僕を突き動かしていた。