法条蒲公英 その1
12月1日
執行部部員からの連絡に、副会長は短い溜息を漏らした。
「やはり仕掛けてきたか・・・。」
「当然でしょうね。彼女があのまま引き下がるはずないわ。」
星屑姉妹が自宅から脱走したという一報に、私は特に驚かなかった。こうなるであろうことは確信していたし、そうでなくては困るとも思っていた。
生徒会室の窓から校庭を見下ろす。前日からの雪は既に降り止んでいたが、大量の残雪によってグラウンドは純白に染められていた。学園内には執行部以外の生徒がいないため、あまり人気はない。この事態を見越して、一般生徒には臨時休校を通達しておいたからである。執行部は兎も角、少数とは言えハウンドまで動かしているとなれば、何が起こってもおかしくはない。一般生徒への被害を避けるための緊急処置だった。
副会長の方に向き直ると、彼が尋ねてきた。
「間違いなく、ここに来るだろうな。どうする、護衛の人員を増やすか?」
「・・・・・・いいえ、執行部は全員帰らせて構わないわ。護衛は隠密治安維持部にお願いするとしましょう。これは、生徒会長としてではなく、執行部部長としての判断よ。」
「・・・血迷ったか?いくらハウンドとは言え、数はたったの四人なんだぞ?」
「執行部の部員をあっさり倒すような相手が敵にいるのよ?これ以上、うちの者を危険に晒すわけにはいかないの。彼らは消耗品じゃないわ。代替品なんて存在しないのよ。」
私の言葉に、副会長は苦い顔をした。もちろん、ただの方便である。本当の目的は別にあった。虚を実に変えることである。比喩ではない。星屑姉妹に罪がないのなら、罪へと誘導すれば良い。その為に、非公表のまま彼女らに処分を与え、こちらと敵対するように仕向けた。この考えは、誰にも伝えてはいない。卑怯なやり方であることは重々承知だったし、何よりも、私のこの薄汚れた心を皆に知られるのが怖かった。
「・・・貴方も帰りなさい。私の右腕を、危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。」
「何を馬鹿な。俺には、生徒会副会長としてこの件を最後まで見届ける義務がある。」
彼は凛とした態度で言った。だが、それでは私が困る。彼が居ては、星屑姉妹との交渉が為難くなる。私は彼に、これは命令だと言った。彼は暫く食い下がったが、結局は折れて執行部の部員たちを引き連れて学園を後にした。
誰一人として居なくなり、校内は静寂に包まれた。あとは星屑姉妹の到着を待つのみだった。
「・・・・・・本当に、最低だわ。」
誰に言うともなく呟き、私は立ち上がって本棚に歩み寄った。そうして、一冊の哲学書を手に取りページを開いた。
「『人は生きていれば必ず罪を犯す。同様に、生きていれば必ず誰かを救う。善行と悪行の繰り返しこそが、人生であるといっても過言ではない。』・・・か。」
この書籍の著者の言葉である。言い得て妙、とまではいかないが、強ち間違いではないかも知れない。誰だって、大小問わず悪い行いはするし、良い行いもする。・・・私は今、卑劣な手段で守るべき対象であるはずの生徒を陥れるという罪を犯している。これも人生なのだと開き直るつもりは毛頭ないが、この言葉で幾分か気持ちが楽になったのも確かだった。本を閉じ、再び外を見る。星屑姉妹の住所はそう遠くない、そろそろ姿を見せるだろうと校門付近に目を移すと、閉められた鉄門を乗り越える三人の少女の姿が見えた。