渡瀬秋桜 その5
星屑姉妹とともに一階に降りて、一度思案した。さすがに玄関から出るのは不味い気がする。相手はあの天骸百合先輩だし、もう一人の男性の方も相当な手練っぽい。おそらくこの子達は戦力にはならない。私一人でも戦えないことはないが、下手に長引けば応援を呼ばれて囲まれるかも知れない。そうなってしまえば、さすがの私でも手に負えない。
玄関以外の出入口を尋ねようと夜顔さんの方を向くと、彼女も同様の結論に至ったのか玄関の反対側を指差して言った。
「キッチンの勝手口から裏庭に出られます。付いて来てください。」
廊下を歩き始める夜顔さんの後に続く。突き当りのドアを開けると、目の前にキッチンがあった。中を通り、勝手口から外に出る。彼女は周囲を警戒しながら、この家と隣家を仕切る生垣を指差した。
「少々面倒ですが、あの生垣を通ってここを出ましょう。」
「あそこにも出入口があるけど・・・?」
木製の柵には道路に出られるはずの扉があったが、夜顔さんは首を横に振った。
「・・・相手はあの生徒会長です。これは推測ですが、正面にわざと強者を配置して裏口へと誘い出し、周りを囲んで一網打尽にするつもりではないでしょうか?もちろん、私の深読みのし過ぎかも知れませんが、裏門にも正面玄関と同様のリスクがあります。念には念を、ということです。」
「なるほど、何事も最初が肝心ってことね。そうね、ここで失敗したら元も子もないもの。夜顔さんに任せるよ。朝顔さんも、それでいい?」
私が確認すると、朝顔さんは黙って肯いた。やはりと言うべきか、その表情には不安さが残っていた。無理もない。私と彼女が顔を合わせたのはつい先日のことで、そんな見ず知らずの赤の他人に「学園と戦え」なんて言われれば、混乱するに決まっている。
「・・・そんなに心配しなくても大丈夫だって。あぁ、そうだ、こう考えよう?私たちが今からやろうとしているのは、可愛い悪戯なの。“爆竹作戦”や“学園ピタゴラスイッチ”と同じだよ。ほら、いつもと変わらないでしょう?」
私なりに励ましたつもりだったが、彼女の表情は相変わらず曇ったままだった。ほかに何かかけるべき言葉はないものかと考えたが、夜顔さんに急かされたため、私は黙って先に進んだ。夜顔さんの後に続いて生垣をくぐり、隣の空家の庭に出る。
「あそこの裏口から道路に出られます。やや広い道なので見つかる可能性も捨てきれませんが、一気に駆け抜けてしまえば大丈夫なはずです。あとは路地を通りつつ学園に向かえば、第一関門は突破、というわけです。」
夜顔さんの作戦を了承し、なるべく足音を立てずに裏口へと近づく。到着し、木製の扉に手を掛ける。二人に目配せし、私は扉を押した。やや鈍い軋む音がしたため、一瞬手が止まる。・・・大丈夫、いける。私はそう判断し、さらに押す。扉を全開にして飛び出すのは宜しくない。そう思い、ギリギリで抜け出せるぐらいまで開けようとした。だが、再び私は手を止めてしまった。目の前には学生服を着た青年が立っており、目が合ってしまったのだ。突然動きを止めた私を不審に思い、背後の二人も顔を出して固まった。
「・・・お前ら、そこで何してる?」
青年がそう言った瞬間には、私は既に動き出していた。地を蹴って立ち上がり、その勢いで鳩尾に一発叩き込んだ。短い悲鳴とともに倒れこむ男子生徒を尻目に、私たちは路地に向かって駆け出した。生徒会長の采配によるものか、はたまた偶然か。いずれにしても見つかったからには私たちの脱走の件は生徒会長に伝わるだろう。何らかの策を講じられる前にケリを着けなければ、その時点でアウトだ。
「急ぐわよ!さっさとあの生徒会長をぶん殴っちゃおう!」
もう後には退けない。正面からぶつかって、力任せにごり押ししてしまった方が早いと結論付け、私はひたすら走った。