渡瀬秋桜 その4
12月1日
カーテンの隙間から覗き込むと、二人の男女がこちらの様子を伺っているのが見えた。男性の方に見覚えはなかったが、女性の方は何となく分かった。
「・・・あの女の人、マフラーで口元が隠れているけど、多分3年の天骸百合先輩だね。これは、ちょっと厄介な人が相手になったなぁ・・・。」
「あの、天骸先輩というのは一体どういう方なんでしょうか?それ程までに警戒する必要のある人物なんですか?」
夜顔さんが尋ねた。彼女がそういうのも無理はない。天骸先輩の名が表舞台から消えたのは、今の1年が入学してくる前の頃になる。
「剣道部の元エースだよ。数々の大会で優勝を果たし、全国の強者達に『その構えに一切の隙無し』と言わしめる程の腕前で、“天衣無縫”なんて呼ばれてたみたいだね。」
彼女が剣道部を退部した理由については諸説あった。怪我や病気、家庭の事情、何らかの不祥事や部内で不和が生じたなど、噂は尽きなかった。結局、真相は謎に包まれたままだったが、まさかハウンドに所属していたとは驚きだ。
私の言葉に、夜顔さんはやや思案するような表情を見せた。しかしもう一人、朝顔さんは怯えたような声色で言った。
「そ、そんな人に勝てるんですか・・・?そもそも、私たちだけで学園に歯向かうこと自体、無謀なだけじゃないでしょうか・・・?」
特徴的な縦ロールの髪が震えている。夜顔さんは、そんな彼女を安心させようと優しく頭を撫でていた。確かに、彼女が不安がるのも当然だと思う。女子高生三人で学園を相手に喧嘩しようなんて、馬鹿げていることこの上ない。それでも、私は今回の学園のやり方を許すことはできない。
「朝顔さん、このまま泣き寝入りするなんてナンセンスだよ。」
「だ、だけど、渡瀬先輩にも迷惑掛けてますし・・・。それに、長いものには巻かれろ、なんて言うくらいだから、私が我慢すれば、その、穏便に済みますし・・・。」
しどろもどろになりながらも、彼女は自分の意見を口にした。おそらく、元々争いごとが苦手なのだろう。優しい子だと感心したが、同時に、少なからずの危うさも感じた。
「・・・優しいのも素敵だけど、あんまり自己犠牲に走ると壊れるわよ、何もかも。」
そう、壊れてしまうのは自分だけではない。家族も友人も、何もかもが崩れてしまう。そうなる前に、彼女には自身が持つ危うさに気付いてもらいたい。だからこそ、この喧嘩には朝顔さんが参加しなくてはいけない。引き下がるのではなく、立ち向かって欲しい。
私は再びカーテンの隙間を覗いた。ハッとした。外にいる天骸百合先輩と目があった気がしたのだ。その瞬間、心の底から湧き上がるモノがあった。震えた。武者震い、というやつだろうか。恐怖を感じたわけではない、寧ろその逆、高揚感を覚えた。私は星屑姉妹に向き直り、やや上ずったような声で言った。
「・・・花の女子高生なんだからさ、ちょっとくらい生き急いだって罰は当たらないよ。それに、迷惑なんて感じてないよ?だって、これまでにないくらいワクワクしてるもの。不謹慎かもしれないけど、ありがとう。二人とも。」
一体、私はどんな表情をしていたのだろうか。二人の顔が強張り、まるで別の生き物を見るような目をしていた。