石神コタロウ その1
12月1日
早朝の寒空の下、俺は星屑姉妹の自宅前に居た。今回の案件は単純明快だった。黒を白に変えること。真実を嘘で塗り潰すこと。
最低最悪の案件。俺が抱いた感想は、ただそれだけだった。俺が生まれて18年経つが、こんなに苛立ちを覚えたのは初めてだった。理由は至ってシンプルで、俺じゃなくとも、嫌な仕事を押し付けられればこんな気分になるはずだ。
鈴蘭を含め、ほとんどの部員が部長の命令を拒否した。結果、この案件に参加したのは部長と百合、山茶花、それから俺を含めた四人だけだった。当然と言えば当然だと思う。逆を言えば、部長の命令に従った俺たちの方がおかしいのかも知れない。ただ、断れない理由があった。侘助に彼女たちのことを頼まれたからだ。そうでなければ、俺だってこんなこと願い下げである。
突然、一陣の風が駆け抜けた。余りの寒さに体が震え上がる。寒風に体温を根刮ぎ奪われてしまったように感じた。
「・・・・・・飲む?」
目の前に缶コーヒーが差し出された。見ると、首元から口までをマフラーでぐるぐる巻きにした百合が佇んでいた。俺は一言礼を述べて缶コーヒーを受け取ったが、俺の手はすっかり冷え切ってしまっていたため、缶の熱さに慣れるまで少々時間が掛かった。
「自動販売機の、あの表示は何とかならんものか。」
「・・・どういうこと?」
「ほら、“つめた~い”と“あったか~い”が在るだろう?“つめた~い”はまだ良い。だが、“あったか~い”は、響きの柔らかさに比べて熱すぎる。いっそのこと、“つめた~い”と“あっつ~い”にして欲しいものだ。」
俺の文句に、百合は僅かにキョトンとした後、軽く吹き出した。
「・・・・・・そうね。石神君の言うことにも一理あるわ。」
「だろ?・・・はぁ、早く春になってもらいたいものだ。」
言いながら缶の蓋を開け、暖かな中身を一気に流し込んだ。それによって僅かに体温が戻ったのも束の間だった。再び吹いた寒風が俺を責め立てたことで、俺の体温はまたしても下がりきってしまった。
白い息を吐き、百合を見た。それから、一つ気になったことを聞いてみた。
「そういえば、お前、なんでこの案件を断らなかった?何が目的だ?」
「・・・目的?いいえ、そんな大それたものは無いわ。ただ・・・、興味があるの。」
彼女はそう言って、目を細めた。おそらく、マフラーで隠れた口元は不敵に歪んでいるに違いない。彼女もやはり俺たち同様にネジの外れた人種なのだ。大人しそうな顔をしてはいるが、その裏で物騒なことを考えている。これが同じ歳の女の子だと思うと、ゾッとする。
「・・・そう言う石神君は、何故?」
彼女に尋ねられ、俺は侘助から頼まれたと答えた。
「あいつには色々と借りがあるからな。俺に手伝えることなら、喜んで協力するさ。」
「・・・それに、彼はあなたに期待しているものね。」
「それこそ、買い被りだぜ・・・。俺はあいつが思うような人間じゃない。」
空になった缶を弄りながら言った。本心だった。ただ、そんな過度な期待を嬉しく思う自分がいることもまた事実だった。
「・・・・・・動いたわ。」
唐突に百合が言った。俺には何のことか分からなかったが、家の裏口に張り込んでいた執行部部員の悲鳴が聞こえたことで、戦争の火蓋が切って落とされたことを察知した。既に百合は走り出している。空き缶のポイ捨てという行為を躊躇した俺は、電信柱の裏に缶を隠してから駆け出した。