大貫山茶花 その3
11月30日
彼女から電話が掛かってきた時、僕はある程度の覚悟を決めていた。そして、電話越しに彼女の声を聞いてから、三途の川を渡る覚悟を決めた。
「山茶花くん、残念だけど戦争だよ。私は今、猛烈に怒っています。まさに怒髪天を衝くってやつだね。徹底抗戦の構えも出来てるよ。相手が誰だろうと、殴って蹴って叩き潰すつもりでいくから、君も覚悟しておいてね?それじゃあ。」
有無も言わさず電話を切られてしまった。まさか、こんなことになるとは思いもよらなかった。学園側、つまりは生徒会長であるが、彼女の選択によって星屑姉妹と学園の戦争は避けられないものとなった。おまけに、彼女らの側に居るのが恋人である渡瀬秋桜とくれば、頭を抱えずにはいられない。星屑姉妹とどういった関係なのかは定かではないが、本気で学園に喧嘩を売る気なのは明らかだ。
溜息を吐いて、僕は携帯電話をベッドに放り投げた。溜息を吐くと幸せが逃げていくと聞くが、こっちはもう不幸が舞い込んでいる。幸せを先払いしているのだ。どれだけ溜息を吐こうが関係ないぞと、再び盛大な溜息を吐いた。
「・・・さて、どうしたもんかな。」
何気なく呟いてみたものの、実際には何も考えてはいない。無い頭で考えたところで、状況が一気に好転するような対策が浮かぶとは思えない。ならばいっそ、他の有能な人間に丸投げしてしまった方が良いに決まっている。
僕は本棚から一冊の哲学書を取り出し、栞を挟んでおいたページを開いた。
「『逆境に臆するな、ただし無理はするな』、か・・・。」
侘助から譲り受けたこの本には、使いどころがイマイチはっきりとしない教訓が脈絡もなく書き綴られていた。文章構成も稚拙で、よく出版できたものだと感心するような出来のものだったが、筆者が何を伝えたいかだけは、妙に理解できた。
「“ビリジアン・リリエンタール”・・・。」
この作品の著者だが、おそらくはペンネームであろう。この人物のプロフィールは謎に包まれており、詳しくは分からない。ただ、何故か侘助はこの人物と面識があるらしく、イタリアで孤児の面倒を見ていると教えてくれた。ページを捲ると、次に書かれていたのはこんな言葉だった。
「『正義を決めるのは自分であり、悪を決めるのもまた自分である』・・・。これはまた、難しいことを言ってくれるなぁ。」
侘助なら、この程度は難なく理解できるだろう。この難解な哲学書を読み、その全てを理解した上で、必要だと判断して僕に譲ったに違いない。彼の期待に添えるかどうかは分からない・・・いや、あまり自信はないけれど、僕なりに頑張ってみよう。
見ていろ、ビリジアン・リリエンタール氏。あなたの全てを読み取ってやる!と勇んだものの、早くも眠気が襲ってきた。
「・・・・・・明日は大変そうな気がするから、今日はもう寝るとするよ。あなたを理解するのは、まだ先になりそうだ・・・。」
僕は本を閉じ、元の場所に戻してから布団に入った。目を瞑ると、リリエンタール氏の言葉が順番に木製の柵を飛び越えていた。羊じゃないのか、と最初は戸惑ったが、数えている内に段々と気にならなくなり、何時しかそのまま眠りに落ちていた。