天骸百合 その4
「ノーリスクの政治なんて在りゃしねぇよ。利益の裏で、必ず誰かが被害を被ってんだ。誰も泣かない、みんなが笑って暮らせる世の中?俺からしてみりゃあ、そっちの方が余程嘘くせぇぜ。政治を知らねぇ奴が偉そうに語るのは、大概が理想論だ。悪政だの何だのと人は言うが、政治に善悪なんて区別は存在しねぇと思うんだよ。」
彼は力説を終えると、一息ついてからお茶を飲んだ。
部長は彼の見えざる勢いにやや気圧されていたように見えたが、一方で、私は彼に感心していた。私と一つしか歳の違わない彼が、政治に対して明確な考えを持っているのに、私はどうだ。彼の言う理想論こそが、正しい政治の形であると信じていた。もちろん、彼の持論が正解であるとか、不正解であるとかの判断は誰も出来ないだろう。でもやはり、今の世の中には彼のような人間が必要なのは確かだ。
「・・・感情論も大切だけど、物事を俯瞰で捉える広い視野を持つことも重要ね。」
「そういうことだ。直線的すぎる考え方じゃ、政治はできねぇよ。多角的な視点と、柔軟な思考、それからカリスマ性。これが揃ってなきゃ、指導者とは呼べねぇ。俺が知りうる中でこれが軒並み揃ってる人間は一人しかいねぇ。例の会長様だよ。」
私の達した結論に、風嵐君はそう応えた。確かに、言われてみれば、彼の言う指導者に必要な要素は、会長に全て当てはまる。そして、そう言う彼にもまた、その要素は揃っている。彼自身が気付いていないだけだ。
唐突に、部長が口を開いた。表情からして、軽口や冗談を言おうとしているわけではないようだ。彼女は自身の前髪を弄りながら言った。
「・・・さて、星屑朝顔を容疑者とする今回の案件は、真犯人が現れたことで一応解決と処理するわ。従って、風嵐侘助の拘束は解除されたわけだけど・・・。」
「アンタの言いたいことは予想できてる・・・。夜顔は納得しねぇだろうな。おそらく、朝顔ともう一人、あの女を引き連れて学園と戦争を始めるだろうよ。それに俺が協力するか否か、ってことだろう?答えは、否だ。俺は今回、傍観に徹する。」
余りに予想外の返答に、私は湯呑を落としそうになった。彼のことだ、可愛がっている後輩の名誉を守るため、私たちを敵に回してでも彼女たちに協力するものだと思っていた。だが、協力はしないと言う。ここで嘘を言っても彼にメリットはない。おそらく、本当の意味での傍観。ただ成り行きを見守ることしかしないのだろう。ただ、それは同時に私たちに対しての宣言であるようにも感じた。どちらにも肩入れしない、中立としての存在であると彼は主張しているのではないだろうか。
果たして、私の推測は正しかった。彼は続けて言った。
「同時に、ハウンドに対しても一切の協力をしねぇ。俺は純粋に興味があるんだよ。この戦争で勝つのはどっちの正義なのか。引き分けのねぇ、どちらかがぶっ潰れることでしか決着しねぇ戦いで、学園が勝ってアイツらを磨り潰すか、それとも、敗北によって学園がその威厳を地に堕とすか。」
彼はそう言って笑った。部長は何も言わず、黙って部屋を出た。私は、空になった湯呑をぼんやりと覗き込んでいた。これがただの案件ではなく、極めて政治的な、本当の意味での戦争であるという事実が、私の思考を鈍らせていた。