姫咲向日葵 その2
学園の裏門に到着し、車から降りる。駐車場に向かう車を見送り、懐から鍵を取り出して裏門を閉ざしている南京錠を開けた。重い鉄門を押して中に入ると、そこには副会長が待っていた。
「・・・付いて来い。大まかな事は移動しながら話す。」
副会長はそう言ってそそくさと歩き出した。私は黙って後に続いた。校舎の外壁に増設された鉄製の非常階段を登り、四階の生徒会室へと向かう。道中、何があったのか副会長に尋ねると、彼は少し思案してから答えた。
「・・・例の事件、犯人が自首してきた。」
「え、犯人って、星屑朝顔が?そんな報告はなかったけど・・・。」
「いや、彼女は犯人ではなかった。真犯人は、3年の男子生徒だった。」
彼の答えに、私の胃はキリキリと痛んだ。もしかしたら、今朝の怠さはこの事態を予期してのものだったのかも知れない。虫の知らせ、という奴だ。これは骨が折れるぞと溜息を吐いている内に、私たちは生徒会室の前までやって来た。
「今までにも、彼は厄介事を持ち込んできたが、今回のそれは桁外れだ。会長の、いや、生徒会はおろか、学園全体の威厳をも失墜させかねん事態だ。」
副会長は言いながら扉を開けた。中には、深刻な表情の蒲公英が居た。彼女は私を部屋に招き入れると、副会長に指示を出した。彼は周囲に人が居ないことを確認し、扉を閉めて鍵をかけた。
「・・・慎重ね。そんなに状況は芳しくないの?」
ほんの軽口のつもりだったが、彼女の表情は益々以て沈んでしまった。
「芳しくないどころか、真っ黒焦げの消し炭状態だわ。世の中どこをどう探しても、これ以上に不味い状況はないでしょうね。」
「・・・一体、何があったの?」
「“黒蜜電撃ニュース”は知っているでしょう?」
「ええ、もちろん。学園内で起こった様々な事件がニュース形式で投稿されている非公式のBBS。危険性は無いってことで黙認されている電子掲示板ね。」
私の答えに蒲公英は肯き、目の前に置かれたノートパソコンの画面をこちらに向けた。ディスプレイには例のBBSが表示されているのだが、そこに投稿された記事を見て、私は言葉を失った。
「・・・『速報。先に発生した、期末試験問題漏えい事件の犯人が誤認であった事が判明。なお、真犯人は特定されており、近日中に執行部と隠密治安維持部が動くと思われる。』って・・・、何なの、これ?全くの偽情報じゃない!」
「その通り、事実無根だ。だが、その投稿に踊らされて真犯人が現れた。動機は至ってシンプルなものだった。星屑朝顔に愛を告白したものの断られ、その腹癒せに罪を擦り付けたそうだ。現場の髪の毛や例の証言も、彼によるフェイクらしい。」
副会長は淡々と言ったが、その表情は苦々しかった。投稿日時を見ると、昨日の深夜となっている。侘助は軟禁してあるし、山茶花や宮流璃とのコンタクトは確認されていない。もし、彼がこの事態を引き起こした張本人なら、軟禁以前に既にアクションを起こしていたことになる。迅速な対応をとったと安心していたが、まさかその先を行かれるとは思ってもみなかった。
「・・・優秀な部下を持つと苦労するわね。そう思わない?」
果敢に発したジョークだったが、二人には不発だった。