雷桐カツヒコ その1
11月29日
通話を終えて、携帯電話をテーブルに置く。相手は言わずもがな、とでも言うべきか、渡瀬秋桜だった。
「ふむ・・・。まさか、本当に掛かってくるとは・・・。賭けはお前の勝ちだな。」
ロッキングチェアに腰掛けて文庫本を読むアスカに話し掛けると、彼女は悪役さながらの不敵な笑みを浮かべて応えた。
「まぁ、予想通りの結果だね。少し考えればすぐに分かることでしょうに。」
「そりゃあ、どういうことだ?」
「ハァ、まったく、アンタはダメだねぇ。自分で考える努力すらしないのかい?アタシは恥ずかしいよ・・・。侘助の頭の回転が早いのはアンタも知ってるだろうけど、あの男の真骨頂は“先を読む”ことにあんのよ。ああすればこうなる、こうすればああなるっていうのが全部繋がって見えてんのさ。一見無意味にも思えることだって、アイツからすれば十分すぎるほどの意味を持ってるってわけ。簡単に言うと、侘助が『もしかしたらこうなるかも知れねぇぞ』と言ったことは、高い確率で実現するのよ。」
なるほど、分かりやすい。そう言われると、その通りかも知れない。彼女の簡潔すぎる説明に納得したフリをしてから、俺は外出の準備を始めた。ジーンズの尻ポケットに財布を入れ、セーターの上にダウンジャケットを羽織る。首にマフラーを巻きながらアスカを見ると、彼女の方は既に準備が出来ているようで、急かすような目付きで俺の方をじっと見つめていた。肩を竦め、ニット帽を被る。
「・・・さて、それじゃ、行くとするか。」
アスカの手を引き、ゆっくりと立たせる。部屋を出て鍵を締めながら、そろそろ引越しの計画も立てないといけないな、と思った。
「今日は寒いし、鍋にしよう。あの子の好きな鶏肉をたくさん放り込んでさ。」
「それは、喜ぶだろうな。そうと決まれば、早く買い物を済まさないと。そろそろ晩飯時だから、あの子も腹を空かせてるに違いない。」
「だからって、身重の妻を急かすもんじゃないだろうに。」
おっと、それもそうだな。逸る気持ちを抑え、ゆっくりとした歩調のまま並んで歩く。
「ん?・・・雪だね。」
アスカが空を見上げながら呟いた。俺も釣られて見上げると、薄暗い空から雪がちらほらと降り始めていた。
「途中で傘も買わないといけないな。」
「そうだね、でも、相合傘だけは御免だよ?バカップルみたいで恥ずかしいからね。」
「バカップル上等じゃないか。昔はよくしただろう。」
そう言って笑うと、アスカは俺の腕を軽く小突いた。彼女の顔がほんのりと朱に染まっているのが分かる。寒さが理由じゃないだろう。ただ、それを口にすると、小突くどころじゃあ済まないはずだ。俺は何も言わずにもう一度笑ってアスカの肩を抱き寄せた。
「あぁ、今日は寒いなぁ。嫁さんに温めてもらわないと。」
「・・・バカだね、アンタは。嫁さんと、まだ見ぬ可愛い“娘”に、だろう?」
これは失敬、うっかりしていた。俺は彼女のやや膨らんだ腹を優しく撫でた。