渡瀬秋桜 その2
11月29日
『ネモ』に到着し、店内に入る。中を見回すが、星屑夜顔らしき人物は見当たらない。腕時計を見ると、時間は午後1時だった。まだ早かっただろうか、そう思って分かり易いように窓側のテーブル席に着こうとしたが、不意に誰かに肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこには屈強な大男が仁王立ちしていた。スキンヘッド、厳ついサングラス、怖い顔・・・。『ネモ』のオーナーである。彼は私を見下ろしながら、特徴的なハスキーボイスで言った。
「渡瀬秋桜さん、ですね。夜顔が奥で待ってます。どうぞ、こちらへ・・・。」
風体に似合わず丁寧な接客だ、なんて失礼なことを考えていると、レストルームの前に案内された。オーナーが扉を開けると、中には円形のテーブルが一つ置かれていて、その席に星屑夜顔が着いていた。私を部屋の中に入れると、オーナーは軽くお辞儀をしてから扉を閉めた。
さて、どうしたものか。昨晩、電話越しに会話しているとは言え、彼女と直接会うのはこれが初めてだ。なんとなく居心地の悪さを感じていると、彼女が立ち上がって私に握手を求めてきた。
「初めまして、渡瀬先輩。私が星屑夜顔です。お寒い中にわざわざお呼び立てして、本当に申し訳ありません。」
「あぁ、いえいえ、全然構わないから、気にしないで。こっちこそ、待たせてごめんね。大丈夫?寒くなかった?」
「私は寒さには強い方ですので、ご心配なく。あ、どうぞ、掛けてください。」
握手を交わしながら、なんだか私は気恥ずかしくなった。先程からずっと年下の彼女に気を遣わせているみたいで、少し情けなくなったのだ。相手は後輩だ、どっしり構えろ!と自分に言い聞かせるが、この夜顔という少女は、とてつもなく大人な雰囲気を持っているのだ。それこそ、自分より何歳も年上のような気がしてならない。促されるまま椅子に腰掛ける。夜顔さんはそれを見届けると、おもむろに紅茶の用意を始めた。勝手知ったる何とやらといった様子で、てきぱきと準備を進めていく。電気ストーブは点いているが、部屋はまだ寒いままだ。そんな中、自分が来るまで温かい飲み物も飲まずに待っていてくれたのかと思うと、ますます申し訳なく思えてくる。お願いだから、これ以上私に惨めな思いをさせるのは勘弁して!心の中で顔を覆っていると、夜顔さんがこちらを振り向いた。
「渡瀬先輩は、ストレートがお好みですか?それとも、ミルクの方が宜しかったですか?バリエーションティーもできますよ?」
彼女の前には何種類かの茶葉が用意されていた。流石はカフェだなと感心した。紅茶は茶葉で淹れるらしい。私みたいな凡人は市販のティーパックで精一杯だ。「じゃあ、ミルクで」と答えると、彼女は肯いて再び作業に戻った。本当に良く出来た子だ、それに比べて私と来たら・・・。おそらく、今の私はひどく赤面しているだろう。部屋は相変わらずの寒さだが、私の顔はえらく火照っていた。
暫く待つと、私の前にミルクティーの入ったカップが置かれた。その頃には大分部屋も暖かくなっており、私はコートを脱いでいた。夜顔さんも私の前に向かい合わせに座る。改めて彼女を見ると、やはり早熟な印象を受けた。身長などにはまだ幼さが見えるものの、言葉遣いや態度はそこいらの高校生とは全く異なっていた。ただ、やはり気になったのは彼女の容姿だった。
「・・・生で見ると、やっぱり凄いね、“ソレ”。」
「・・・やっぱり、そう思いますか?」
彼女は苦笑いしながら、後頭部の“寝癖”を撫でた。