崩焔寺鈴蘭 その2
「・・・まぁ、それはさて置き、ですよ。侘助ちゃんは、瞿麦ちゃんのことをどう思っているんですか?お姉さんは非常に気になっているのですよ。」
実のところ、こっちの質問の方が私にとって本命だったりする。無神経な質問と分かってはいるものの、私も一人の女子。人の恋路には興味津々なのだ。
「・・・・・・そういうことを聞くのは野暮よ。止めなさい。」
百合ちゃんがやや厳しい口調で言う。と言うのも、彼女は誰よりも“心”というものを大事に思っているからである。他人が踏み入ってもいい領域と、そうでない領域を自分ではっきりさせているからこその考え方だと思う。もちろん、その考え方を真っ向から否定するわけではないが、それが全てではないだろう。
「・・・百合ちゃんはいつもそうですね。他人に対して踏み込み過ぎない。こう言っちゃなんだけど、そんなだから友達が出来ないんじゃないんですか?人の気持ちを重んじるのは悪くないですけど、腹を割って話すことも大事とは思いませんですか?」
自分でもよく分からないが、何故か食って掛かってしまった。百合ちゃんが鋭い目付きで私を睨む。彼女がここまで感情を顕にするのも珍しい。私は余程の地雷を踏んだらしい。気まずくなり、下を向く。百合ちゃんも黙りこくってしまった。
「・・・鍋囲んで喧嘩もないでしょうよ。せっかくの飯が不味くなっちまう。」
空気を変えたのは侘助ちゃんだった。彼は鍋の中に残った最後の肉を口に放り込むと、咀嚼もせずにそのまま飲み込んだ。そして、語り始めた。
「宮流璃、か・・・。俺がアイツの面倒を見てんのは、ある種の責任感からだよ。あの時、俺がもっと早く駆け付けていれば、宮流璃が引きこもることはなかった。」
「・・・そんな、侘助ちゃんに非はないですよ。」
「だが、事実だ。それに、正直な話、俺の行動は正しかったのかとふと思うこともある。磨り減った精神を留めるための拠所として、アイツは俺に依存するようになっちまった。徐々に良くなってきてるが、何時、どういう切欠でまた振り出しに戻るか分からねぇほど、アイツの心は危ういんだよ。このままの状況がズルズルと続いちまうと、この先、宮流璃は一人で日常生活を送れなくなるに違いない。」
侘助ちゃんの言葉に、百合ちゃんは目を見開いた。驚きや怒り、悲しみが綯い交ぜになったような、そんな表情だった。そして、唐突に立ち上がったかと思うと、襖を開けて隣の和室に進んだ。床の間に飾り付けられた日本刀を手に取り、再び部屋に戻ってくる。私は何が何だか分からず、ただ動揺するのみだった。百合ちゃんは刀を鞘から抜き、切っ先を侘助ちゃんの喉元に突き付けた。ともすれば喉を切り裂いてしまう距離だ。彼女の目に迷いがないことから、本気であることは明白だった。本気で殺す気なのだ。
「・・・・・・宮流璃さんを助けない方が良かったと?」
「今後のことを考えれば、そのほうが最善だったかも知れないって話ですよ。」
「・・・今後なんて、付加価値に過ぎないわ。そもそも、未来なんて流体みたいなモノ、誰も予測できない。そんな訳の分からないモノが“命”に勝ると?貴方は何様なの!?」
百合ちゃんが声を荒げた。彼女の怒号で、世界が揺れたような気がした。いよいよ切り掛らん勢いだ。私は動けなかった。対する侘助ちゃんだが、彼は刀を向けられているにも関わらず物怖じ一つせず淡々と答える。
「確かに、未来なんてモンは流体だ。軽く力を加えりゃ、形なんてすぐに変わっちまう。宮流璃が普通の女の子として生活できるようになる可能性だって否定はできねぇよ。だが、その逆も然りだ。一生あのまま引きこもり続ける可能性だって十二分に有り得るんだぜ。何事においても、リスクは常に付きまわる。ノーリスクの人生なんて有り得ねぇのさ。」