崩焔寺鈴蘭 その1
11月28日
午後7時過ぎ、私と百合ちゃん、それから侘助ちゃんは鍋を囲んでいた。各々が自分のペースで鍋をつつく。先程から無言の食卓が続いていた。気が置けない間柄であるとは言え、さすがにこれだけ沈黙が続くと気まずくなってくる。何か話題はないだろうかと思案していると、空気を読んでくれたのか、侘助ちゃんが口を開いた。
「ところで、親御さんは居ねぇんスか?」
「・・・父なら、三ヶ月ほど前から全国を行脚しているわ。」
「へぇ、修行ってことか・・・。あれ、じゃあ、お袋さんは?」
「・・・・・・私を産んですぐに亡くなったらしいわ。」
食卓が、更に重苦しい雰囲気に包まれた。侘助ちゃんが「なんか、すいません」と非礼を詫びたのに対して、彼女は「気にしないで」と答えたのみだった。それきり会話は途切れてしまい、部屋は再び沈黙に覆われてしまった。これから暫くの間はひとつ屋根の下だと言うのに、こんな調子で大丈夫だろうかと心配になってくる。部屋の隅に置かれた石油ストーブの上のヤカンからは、甲高い音と共に水蒸気が立ち上っている。私は口の中の肉を飲み込み、軽い溜息を吐いた。
「・・・侘助ちゃん、先に言っておきますけど、今回の件は星屑朝顔で決まりですよ。現場から見つかった髪の毛に始まり、目撃情報、それに加えて日頃の行い・・・。どういう策を講じたかは知らないけど、時間の問題です。侘助ちゃんには悪いですけど・・・。」
私の指摘に、彼は食べるのを止めて箸を置いた。
「いや、アイツはそんなことしねぇよ。確かにアイツはどうしようもねぇクソガキだが、夜顔と同じで筋は通ってるんだよ。アイツら、“悪戯”と“悪事”の境界線をきっちり把握してやがるからな。だから、絶対に朝顔はやってねぇ。」
彼は確信を持ってそう言った。疑いや迷いはない。私は再び溜息を吐いた。星屑姉妹と彼の付き合いは長い。侘助ちゃん曰く、「何時の間にか懐かれていた」らしい。面倒臭がりつつも、可愛がっていたのは目に見えて明らかだった。そんな後輩のことを信じたい気持ちは痛いほど分かる。自分も、陸上部の仲間がそんな疑いを掛けられたら真っ向から否定するだろう。
それに、と侘助ちゃんが続けた。
「それに、もし仮に朝顔を捕まえたとして、だ。夜顔が黙ってねぇだろうな。怒らせると怖いぜ、アイツは。キレると何を為出かすか分かったもんじゃねぇからな、最悪、真正面からの戦争も有り得ると思うぜ?」
「まさか、ハウンドの詳細が公表されていないとは言え、個々人が一騎当千の実力を備えていることは周知の事実ですよ?それを理解した上で真っ向勝負なんか・・・。」
有り得るわけがない。オルトロスと同等か、それ以上の数の兵隊を用意できるなら話は別だが、彼女がそれを用意できるとは思えない。それに、彼女はスターダストの司令塔だ。慎重かつ狡猾に、裏からハウンドを潰しに掛かるなら兎も角、正面切って戦争なんて愚行、彼女が考えるとは到底思えなかった。しかし、侘助ちゃんは不敵に笑いながら鍋の肉を箸で掴んだ。
「それをするのが夜顔さ。それに、そういう事態になった時のために、俺は先手を打ったんだぜ?あの女が夜顔の側に付けば、戦力差が無くなるどころか、ゲームバランスが一気に崩れちまうだろうなぁ。ハハッ、ハウンドの連中、吠え面かくに違いねぇ。」
言いながら美味しそうに肉を咀嚼する侘助ちゃんに、今まで黙々と鍋を食していた百合ちゃんが唐突に質問した。
「・・・私や、鈴蘭や、部長が居ても均衡が崩れると?」
「そうだな、百合さんや鈴蘭さん、石神の旦那に執行部の連中、それからあのクソ部長でやっとあの女と五分五分ってところだな。一対一じゃあ、確実に勝てねぇよ。」
そんな化け物じみた人間、居るはずがない。私はそうタカをくくったが、百合ちゃんは何故か神妙な面持ちで彼の話に耳を傾けていた。