渡瀬秋桜 その1
11月28日
壁に掛けられた時計を見ると、短針は9時を指し示していた。机の上には、今日学校で風嵐くんに手渡された紙切れがある。紙面には携帯電話の番号が書かれている。もしかしたらと思って自分の携帯電話のアドレス帳を調べてみたが、見当たらなかった。念の為、風嵐くんに連絡を取ってみたものの、彼が電話に出ることはなかった。
「・・・まぁ、何にせよ、保留はできないよね。彼が私に頼み事なんて、余程のことじゃない限り有り得ない事だもの。確か、後輩って言ってたような・・・。」
意を決し、私は紙面の番号に電話を掛けてみた。数回のコール音の後、少女の声が聞こえた。当然と言えば当然だが、こちらを警戒しているような声色だった。
「・・・何方ですか?」
「あぁ、えっと、私は2年の渡瀬秋桜って言います。風嵐くんに言われてお電話したんだけど・・・。それで、あなたは?」
風嵐くんの名が出た途端、少女の口から安堵の溜め息が漏れた。警戒心が溶けたのが分かる。そして、少女も自らの名を名乗った。
「・・・はぁ。・・・では、貴女が先輩の言っていた協力者の方ですか。申し遅れました。私は1年の星屑夜顔と言います。」
「星屑・・・って、まさか、あの星屑姉妹?悪名高いスターダストの?」
「いえ、悪名高いかどうかは知りませんが、スターダストなんて二つ名で呼ばれているのは確かです。以後、お見知りおきを。」
まさか、学園でもトップクラスの超有名人が電話に出るとは夢にも思わなかった。私は驚きつつも、彼女の言った“協力者”という言葉が気になった。
「・・・ところで、協力者ってどういうこと?」
「え・・・、あの、先輩から聞いていないんですか?実は・・・。」
そして、彼女から現在起こっている事態を聞かされ、私は頭を抱えた。知らない間に、私は事件に巻き込まれていた。もちろん、断ることも出来た。だが、星屑さんが私に期待しているのは明白だった。それに、こうして彼女との関係性が構築されてしまった以上、助けないわけにはいかない。おそらく、この展開も風嵐くんの計略なのであろう。滅多にない彼からの頼み、後輩の危機、私の性格・・・。これらの要因が、何時の間にか外堀を埋めていた。私が巻き込まれることは、既に決まっていたことだったらしい。
私、やっぱり彼のこと大嫌い・・・。
「・・・まぁ、経緯はどうであれ、私とあなたは関わりを持った。知り合いが困っているなら、何が何でも助けるのが私の性分。いいわ、力になってあげる。」
「本当ですか!?・・・御助力、感謝します・・・!」
「取り敢えず、まずは会って話さないとね。状況に関しても、ざっくり聞いただけじゃあ把握しづらいし、今後どう動くかについても決めないと・・・。」
「・・・では、明日、『ネモ』で会いませんか?」
『ネモ』とは、山茶花くんや風嵐くんがよく出入りしているカフェのことだ。味は確かで客も非常に多いのだが、その客も専ら女性であり、男性客は月に一人か二人のもので、頻繁に訪れるのは彼ら二人ぐらいのものらしい。
「え、でも、学校の近くじゃない。執行部やハウンドに見つかるわよ?」
「いえ、あそこは私の行付けなので、オーナーに事情を説明すればスタッフ用の休憩室を使わせてもらえると思います。」
確か、『ネモ』のオーナーと言えば、かなりの強面で有名だったはず。そんな人と顔見知りとは、流石は大物だ。私は彼女の提案を了承し、昼過ぎに『ネモ』で落ち合おうと約束してから電話を切った。
「はぁ・・・、まだ決まったわけじゃないけど、ハウンドの人たちとやり合うことになるのかなぁ。できることなら、穏便に収まって欲しいんだけど・・・。」
もしかしたら、山茶花くんとも戦う羽目になるのではと思ったが、後の祭りだ。なるようになると自分に言い聞かせるしかなかった。