天骸百合 その2
『蒼々』に到着した私たちは、ひとまずホットコーヒーを一つずつ注文した。マスターの蒼宮さんが手際良くコーヒーを淹れ、ウエイターの戌淵さんがそれを運んできてくれた。店内は相変わらず閑散としていて、カウンターに常連のおじさんが一人座っているだけだ。
角砂糖を二個ほど入れて掻き混ぜ、私はカップに口をつけた。ふと部長の方を見ると、幾つも角砂糖を放り込んだコーヒーを美味しそうに飲んでいる。彼女の味覚はどうなっているのだろうかと疑問に思っていると、部長が一つ咳払いをして口を開いた。
「・・・実は昨日、また侘助を怒らせたというか、何と言うか。」
「・・・彼は理由もなしに怒ったりはしません。何か原因があるんでしょう?」
私が言うと、部長は苦々しい表情で例の甘ったるいコーヒーを啜った。
「まぁ、その原因なんだけど・・・。宮流璃を動かしたことなのよ。」
「・・・なるほど、そういうことですか。」
宮流璃さんの名前が出てきたことで、状況は大体把握出来た。あの子は去年の梅雨に起きた事件以降、自宅に引きこもるようになってしまった。ただ、最近では風嵐君が一緒にいれば外にも出られるようになったと伝え聞いていた。おそらく、部長もそのことを把握していたのだろう。彼女なりの気遣い、とでも言うべきか。リハビリの意味も込めて学校まで出向かせたに違いない。そして、風嵐君はこう言ったのだろう。
「・・・『テメェの基準が宮流璃にも当てはまると思うなよ』、とでも言われましたか?」
「よ、よく分かったわね・・・。あなた、一緒に居たんじゃないでしょうね?」
彼の性格や日頃の言動を考えれば、このくらいは容易に想像できた。怪訝そうな表情で私の顔を覗き込む部長に、こう言った。「女の勘、という奴です」
「まぁ、あなたや鈴蘭は彼とは比較的仲が良いから、分かってしまうのも当然と言えば当然なんでしょうね。と言うより、知り合ってからの一年半で何一つ進歩していない関係性がそもそもの間違いなんだろうけど。・・・理解してるんなら改善しろ、って話よね。」
部長は物憂げな表情で言いながら、コーヒーに再び口を付けた。彼女の言いたいことはよく分かる。部長と風嵐君、二人はとても似ている。しかし、それゆえに交わらない。同族嫌悪とまではいかないが、似ているからこその反発が二人の間に存在している。風嵐君は、たぶん他人の本質を見て敵か味方かを判断しているのだろう。そして、彼は部長を敵と認識したに違いない。私には分からないが、彼の中にある基準が、そう判断したのだ。
と、私の中で勝手気ままに推理を並べ立ててはみたものの、結局のところはまるで分かってはいない。てんで見当違いかもしれないし、強ち間違いではないかもしれない。部長は相変わらず不景気そうな顔でカップの中のコーヒーをかき混ぜている。大量に放り込まれた角砂糖も、今では完全に溶けてしまっている。あの大量の角砂糖も、時間の経過と共に混ざり合ってしまうのだから、二人も分かり合える日が来るに違いない。私は自分に言い聞かせ、コーヒーを飲み干した。そして、私の電話が鳴った。出ると、風嵐君の声が聞こえた。彼はやや悔しさが入り混じったような感じで簡潔に要件を伝えてきた。
「・・・容疑者が浮かび上がったぜ。1年A組の“星屑朝顔”。あの“スターダスト”の片割れだよ。」