大貫山茶花 その1
11月26日
「まいったな、これは・・・。さっぱり分からん・・・。」
僕は教室で一人頭を抱えていた。机には中身がスカスカのノートと、新品同様の教科書が置かれていた。辺りを見回せば、同じように頭を抱えるクラスメイトがちらほらと目に付く。何故、このようなことになっているのかと言うと、理由は非常に簡単で、二学期の学期末試験が一週間後に控えていて、しかも試験勉強を全くしていないからである。
甘かった・・・。秋桜が全然焦ってなかったから、僕も余裕を持っていたが、よくよく考えてみれば、彼女は日頃から予習復習を欠かさなかった。だから、今更慌てる必要もなかったのだ。僕は大きな溜息を吐いて、一度目を閉じてみた。次に目を開けた時、自分のノートと教科書が秋桜のそれへと生まれ変わらないものかと期待したからだ。まぁ、実際にそんなことが起こったら喜ぶどころか、逆に大慌てするだろうなと思いつつ、そっと目を開けてみると、ノートは授業内容が簡潔かつ的確にまとめられたものに、教科書は重要語句に綺麗なアンダーラインが引かれたものへと変貌を遂げていた。これぞまさに優等生仕様と言わんばかりだ。思わず手を合わせて、神からの贈り物に感謝した。日頃の行いが実を結んだに違いない!
が、そんなことはなく、ふと前を見ると、腰に手を当て鬼の形相で僕を見下ろす秋桜の姿があった。生まれ変わったノートと教科書の背表紙を見ると、そこには僕の名前ではなく彼女の名前が記入されていた。
「神様はそんなに甘くないよッ?どうして山茶花くんのノートはこんなにスカスカなの?どうして教科書はこんなに新品みたいに綺麗なの?ねぇ、どうして?」
秋桜に詰め寄られた僕は、咄嗟に「部活が」と口にしていた。すると、彼女の目が一層鋭くなった。あれ、火に油?
「部活、ねぇ・・・。なら、同じ部の風嵐くんのノートはどうしてあんなに丁寧にまとめられているのかな?風嵐くんの教科書はどうしてあんなにアンダーラインだらけなのかな?要領の問題かな、違うよね?」
首を傾げながら、ぐいと顔を近付けてきた。一見すれば優しく微笑んでいるように見えなくはないが、目は笑っていない。僕は苦笑いしながら椅子を後ろに引いて距離を取ってから、ゆっくりと立ち上がった。少し待っていてと彼女に言い、隣の教室に向かった。
2年B組の引き戸を開け、中の様子を伺う。そして、風嵐侘助の姿を見つけた瞬間、僕は唖然とした。彼の前に何やら行列が出来ているのだ。教室から出て行く生徒を呼び止め、彼が何をしているのかを尋ねると、またもや度肝を抜かれる答えが返ってきた。
「あぁ、“フーさん”か。みんな、フーさんに質問してるんだよ。数学とか英語とか、下手に先生に聞くよりも余程解りやすく説明してくれるから。」
成績優秀とは聞いていたけど、あいつってそんなに凄いのか!?というか、“フーさん”ってなんだ、ニックネームなのか?色々と疑問は残るが、僕はひとまず侘助の所に行き、声を掛けてみた。
「よう、忙しそうだな。何してるんだ?」
「うるせぇな、今それどころじゃねぇんだよ。あとにしてくれ。」
こちらを見ることもなく、一蹴されてしまった。彼の前に並ぶ行列は、未だ終わる気配を見せない。僕は仕方なく、伝家の宝刀を抜いた。
「・・・パフェ、奢ろうか?」