姫咲向日葵 その15
侘助はその背中を見届けた後、その場に座り込んだ。今度は雷桐さんの方を向き、手をヒラヒラと振りながら言った。
「よう、なんとか生きてるぜ。あの女も殺してねぇ。完璧だろ?」
「ボコボコじゃないか、お前も、あの子も。女性には優しくしろと教わらなかったのか?なんなら、俺が一から教育してやってもいいが・・・。」
「いらねぇよ。テメェのフェミニズムを押し付けてくるんじゃねぇよ。そんなことより、テメェも片を付けなきゃいけねぇもんがあるだろうが。油売ってねぇで、さっさと行け。」
「あぁ、お前の言うとおりだな。ただ、片はもう付いてるんだ。あとは、こいつの気持ち次第さ。それじゃ、またな、侘助。お前も、もうオルトロスにちょっかい出すなよ。」
今度は、雷桐さんが御原を担いで出て行った。最後に放った副会長に対する警告には、敵意は無かった。おそらく、先程のやり取りを見て、彼がそこまで悪い奴ではないと思い至ってのことだろう。だが、それより何より、私の驚きは、侘助にあった。
年上だろうが誰だろうが気にしない言葉遣い、他人を寄せ付けない攻撃的な態度。一見すれば、真っ先にコミュニティから迫害されてもおかしくはない。だが、そうはならない。幅広い交友関係の中に、強い信頼関係を築き上げている。これは私見であるが、彼には、他の人にはないカリスマ性が備わっているのだろう。また、彼のまっすぐな生き方に自然と惹かれている者も少なくはないはずだ。
雷桐さんが廃工場を立ち去ると、侘助の顔から表情が消えた。敵意に満ちた鋭い視線を私に向けてくる。
「・・・いやはや、知らなかったぜ。俺に黙ってこんな面白そうな事してるなんてなぁ。俺に隠してた理由は・・・、まぁ、聞くまでもねェか。」
「月神先生が下された判断よ。私たちは逆らえないわ。君も分かっているはずよ。」
「もちろん。十分すぎる程に理解してるぜ、俺はな。むしろ、アンタらの方が理解できてねぇんじゃないのか?月神が俺を外した理由を、アンタは理解してるのか?」
「・・・一年前のような事件を恐れたんじゃないかしら?」
「へぇ、あの時の事件は、まるで俺が原因で起こったみてぇな言い方すんじゃねぇか。責任転嫁してんじゃねぇよ。あれは、アンタらの早とちりが原因だろうが。」
「それは認めるわ。ただ、君の方にも非はあった。」
お互い譲らない。蒲公英と副会長のように歩み寄ることはなく、只々ぶつかり合うのみであった。このままでは押し問答になって収拾がつかなくなると判断したのか、蒲公英が間に割って入ってきた。
「私はその事件の当事者じゃないし、それに対して特別な感情も抱いてはいないわ。けれども、詳細だけは知っている。その上で、第三者としての私見を言わせてもらえば、どちらにも問題はあるんじゃないかしら?その理由の第一として・・・。」
蒲公英が理由を挙げ始めたときは、たいてい話が長くなる。私は咄嗟に彼女の言葉を遮った。「それは、私たちで解決するから。」
話はそれきり途切れてしまい、私たちは廃工場を後にした。この数日後、全校集会にて隠密治安維持部と掃除部の存在が公表され、生徒会長である蒲公英が持つ権限の一部破棄と、校則の細かな改正が発表された。大方の予想通り、生徒たちはザワつき、教師陣にも少なからずの動揺はあったらしいが、時間の経過とともに落ち着いていった。
こうして事件は一件落着となり、私たちの仕事は報告書の提出と同時に終了した。ただ、侘助との溝は、活動を通じて狭まるどころか、更に広がり深まるばかりだった。一年前に感じた暗雲が、再び立ち込めているような気がした。