姫咲向日葵 その10
漸く、この舞台の主役が姿を現した。法条蒲公英である。彼女は友禅とした足取りで前へと進み、呆気にとられて停止したままの雷桐さんの横を通り過ぎ、副会長が腰を下ろすソファの前で立ち止まった。蒲公英はソファに一瞥をくれ、小さく肩をすくめた。
「二人掛けじゃないのね、そのソファ。なら、いいわ。このままで。少し話しましょうか。」
蒲公英が言うと、副会長は無言で肯いた。
「それじゃ、取り敢えず、尋ねておくけど、何故こんなことを?」
「学園を変えるため、と言っておこう。ただ、俺自身には、学園を支配しようなどという大それた野望は無い。意思がない、と言ってもいい。」
鈴蘭が、「大きなモノ、ですか・・・」と、小さく呟いた。僅かに聞き取れたその言葉に、私は首を傾げた。どうやら、私がここにたどり着く前に、彼女は副会長から何か聞かされたようだ。私の疑問を代弁するように、蒲公英が訝しげな表情を浮かべつつ、「意思がない?」と、オウム返しに聞き返した。
「貴方自身に、意思がない、と・・・?なるほど、これについては、ひとまず置いておきましょう。では、次に、貴方を動かした起爆剤について、教えてもらえる?」
「逆に聞くが、とある料理の材料が揃っていたとして、それ以外の料理を作るのか?」
「ああ、なるほど・・・。言わんとしていることは理解できるわ。」
蒲公英はそう言ったが、私には全く理解できなかった。彼女が本当に理解できているのかも疑わしい。ただ聞き流しているようにも見えなくはなかった。
「・・・それで、ハウンドを使って俺を処理するのか?だが、それだけでは革命は止められない。ハウンドやスイーパー、そこにいる姫咲向日葵の存在を生徒に開示すれば、少なからず、学園全体の会長への認識は変えられるはずだ。校則第四十六条、『生徒会に対する不信任号令が提示された場合、生徒会を解散し再選挙をもって新生徒会を発足する』。まさか、忘れたとは言わないだろう?」
なるほど、そうきたか。思わず感心してしまった。彼の言うとおり、学園の校則の一つである第四十六条はそのように規定されていたはずだ。彼の目的が学園の支配ではなく、学園の変革であるのなら、生徒の生徒会に対する不信感を煽ることさえできれば、あとは誰かが不信任号令を提示するのを待つだけで、変革は起こる。彼の思惑通りというわけだ。もちろん、それがどういう風に転がっていくかは予測不可能であり、果たして正しかったのか、それとも正しくなかったのかは、その時にならなければ分からないが。
さて、副会長が切ったカードに対して、あなたはどう切り返すのかしら?私はまるで、将棋の対局の行方を見守る観客のような気持ちになった。学園内において異端と呼ばれる両者が、果たしてどういった討論を繰り広げるのかと、心が踊った。同時に、もしかすると蒲公英が敗北してしまうのではないかとも思った。副会長に言い負かされ、しょんぼりと肩を落とす彼女の姿を想像し、ついつい、にやけてしまった。