姫咲向日葵 その9
山茶花が「マジか」と言った。正確には、そういう風に口が動いただけで、実際に声を発したわけではなかったが、彼の様子を見る限り、間違いはなさそうだ。
仰向けになって倒れたままの御原を一瞥し、雷桐さんはソファのさらに奥に潜む影に対して穏やかに呼びかけた。
「御原は単純だからな、こういう入り組んだ厄介事には、自分から首を突っ込まないのさ。ほら、出てこいよ。俺や、俺の弟分をヘンテコな面倒事に巻き込んだんだから、落とし前をつけさせてもらわないとな。」
物陰に逃げ込んでしまった猫にするように、優しげに声を掛けたが、そうではないことがすぐに分かった。殺気だ。並々ならぬ殺気が、彼から溢れ出ていた。そもそも、「落とし前」などという物騒な言葉が出ている時点で、穏やかなはずがない。このまま放っておけば、黒幕が名乗りを上げる前に攻撃を仕掛けるかもしれない。だが、それだけはダメだ。雷桐さんが行動を起こす前に、私は声を張り上げた。
「おっと、それ以上は私の仕事ですので、落とし前とやらをつけるのは、私の用事の後にしてもらえますか?・・・という訳で、さぁ、出てきて下さい、副会長?」
私が言うと、暗闇の中から人影が現れた。颯爽とソファを飛び越え、そのままソファに尻を沈める。現れた男は足を組み、私を見た。
「・・・歯車がさらに填まり、残るはあと一つ。」
黒蜜学園副会長であり、今回の黒幕。
「副会長、今回は随分と派手にやりましたね?執行部と私たちが同時に動くなんて、異例中の異例ですよ。しかも、学園の法律、“ルールブック”に楯突くなんて、正気ですか?」
私が尋ねると、副会長は「正気だとも言えるし、正気ではないとも言える」と、禅問答のような返答を口にした。私が首を捻ると、鈴蘭が横から口を挟んだ。
「ダメですよ、部長。あの人、基本的な会話能力が欠如してます。さっきから、歯車だの何だのとか言ってますけど、まず、あの人の会話の歯車が足りてないです。」
彼女に言われて思い出した。そうだ、彼はそもそもこういう男だ。生徒会選挙の時も、全校生徒はおろか、教師陣をも置き去りにして謎の持論を展開し、自身が生徒会に必要であることを主張した。余りの意味不明さに誰もが唖然とする中、ただ一人、生徒会長である法条蒲公英のみが口を開いた。「生徒会副会長は、彼に決定します」と。蒲公英直々の指名によって、彼は生徒会副会長に即時就任した。私がその理由を蒲公英に尋ねると、彼女はこう答えた。「彼は、いずれ呼び水になるからよ。」
「・・・確かに、呼び水にはなったわね。やっぱり、よく当たるじゃない。」
ここにはいない友人に向かって呼びかける。もちろん、皮肉だ。これからは、不用意な発言は控えるようにしてもらわないと。すると、私の声に反論するように、入口から馴染みのある威圧感を伴った風が吹き込んできた。お、漸く現れたわね。
「本当に、私の予感はよく当たるわね。彼はやはり呼び水になってくれたわ。今回の件で、学園のあり方、いえ、私たちのあり方が劇的に変化する。」