月神菖蒲 その6
5月12日
午後4時、私は会長からの電話で目を覚ました。あまりに良い陽気だったので、窓際で寝転がっていたら、何時の間にか眠っていたようだ。会長が言うには、今回の件の犯人を突き止めたらしい。それを聞いて、私は答えた。
「あら、意外に早かったわね。私の予想だと、後二日ほどかかる見込みだったんだけど。やっぱり、教え子たちの成長って嬉しいわ。教師冥利に尽きるってやつかしら。」
これを聞いた会長は、しばらく黙り込んでしまった。おそらく、開いた口が塞がらないといった顔をしているに違いない。沈黙の後、会長は怒り出した。沸騰したヤカンの如き勢いで繰り出される説教を聞き流しながら、彼女の怒りの熱気が、ケータイから伝わるのではないかと心配になった。
「・・・で、先生は、何時の間に真相にたどり着いていたんですか?まさか、あの夜にはもう既に気付いていたとか・・・!」
「いやいや、さすがにそれはないわよ。そうね、でも、次の日の夜にはだいたいの概要は把握できたわ。アウトラインができれば、後は細かく内容を加えていくだけ。宮流璃にも手伝ってもらったしね。まぁ、真相は割りとシンプルだったけど。」
最後の一本となったタバコを咥え、火を点ける。紫煙をくゆらし、更に続けた。
「副会長はね、オカルトなんか信じてないのに、変なところでオカルトを肯定する矛盾した哲学を持っているのよ。彼が今まで何もしなかったのは、ただ単にトリガーが存在しなかったから。だけど、それは現れた。大小様々なトリガーが、ほぼ同じタイミングで彼の前に姿を現した。そして、彼は持ち前の矛盾哲学に則って、次々とトリガーを引いた。疑いつつも、まるで、こうなることが決まっていたような展開に、彼はいよいよ確信する。自分が、周囲の人間が、事象が、何か大きな存在によって歯車となり、それらが複雑かつ綿密に噛み合っているのだと・・・。まぁ、彼が何をしたいのかは知らないけど。」
タバコの煙を吐き出すと、会長がいつものように、無責任だと批難してきた。まさしくその通りだ。私は、彼女らに対して何ら責任を負わない。何故なら、私の役目は見届けることだからだ。隠密治安維持部の顧問と言っても、彼女らの手助けをするわけでもなければ、何らかの失敗の後始末をするわけでもない。彼女らが何をするかを見届け、事後報告を受けるだけだ。つまり、何もしない。こういった“答え合わせ”的なことをするのは、相手が会長の時だけだ。
沈み始めた夕日を見ながら、私は言った。
「・・・とりあえず、副会長に会ってきなさい。そして話しなさい。荒事はハウンドの仕事だけど、副会長を説得するのは、同じ生徒会である貴女の仕事よ。分かった?」
「もちろん、そのつもりです。彼のような優秀な人材を、そうそう手放したりはしません。だって、勿体無いじゃないですか。」
「フフ、そうね・・・。会長、人の上に立つのは、腕力が優れている者でも、巨大な権力を持っている者でもないわ。真に人の上に立つのは、弁で心を掴むことのできる者よ。」
私の言葉に、会長は、そうですね、と呟くように答えて電話を切った。ケータイを閉じ、ソファに向かって無造作に放り投げた。タバコを咥えたまま、深く息を吸う。それから、肺の中の煙を全部吐き出すように息を吐いた。灰皿でタバコの火を消し、空になった箱を握り潰す。そう言えば、買い置きしてなかったっけ・・・。わざわざ買いに行くのもやや面倒臭いような気がした。最近、また値上がりしたしなぁ・・・。
「禁煙、してみようかしらね・・・。」
誰に言うともなく、呟いてみた。