風嵐侘助 その12
全身が痙攣する。呼吸の方法を忘れてしまったかのように、口がパクパクと動く。ヤバい、こりゃあ、死ぬな・・・。再び、頭が引っ張られる。もう一発来る、そう思い身構えようとするが、不意に渡瀬の腕から力が抜けた。渡瀬自身も、何故そうなったのか理解できていない様子だった。おそらく、さっきの頭突きのダメージが遅れてやってきたのだろう。この機を逃す手はない、俺は渡瀬の腹に蹴りを入れ、手が離れると同時に、逆に渡瀬の顔面を鷲掴みにし、そのまま逆側の木造の塀に叩きつけた。
「テメェの意思がねぇ、だと・・・?ギャグのつもりか、ドサンピン。」
「・・・私の思いは、確かにエゴかも知れない。でも、同時に私の思い、優しさでもある。山茶花くんを守るために、私は自分の手足を、この力をオルトロスに貸したの!」
渡瀬の拳が腹にめり込んだ。胃の中身が逆流しそうになる。いや、胃そのものが飛び出しそうになった。鈍痛に耐え、俺は声を搾り出した。
「や、優しさってのは、誰かを、ぶん殴って他人に与えるものかよ。答えろ、誰かをぶん殴ることで、誰かを守るのは、優しさか!?答えろッ!!」
言いながら、渡瀬の額に再度、頭突きをかました。渡瀬は何も言わない。ただ、無言で、俺の土手っ腹に膝を叩き込んできた。だが、その攻撃には全くと言っていいほど力が込もってなかった。
「・・・テメェは、山茶花にエゴを押し付けるために、人をぶん殴って、しかも、それを他人のせいにしてやがんだ。結局のところ、テメェは責任から逃げてんのさ。ぶん殴るのはオルトロスのせい、エゴ押し付けんのは山茶花のためってな。だから、テメェはクソみてぇな女だって言ってんだよ。分かったか、この野郎、ざまぁみろ・・・!」
渡瀬は何時の間にか気絶していた。なるほど、あの膝蹴りは、無意識で行なった最後の反論、あるいは抵抗だったのかも知れない。渡瀬から離れると、木造の塀にもたれ掛かったまま、力無く地面に尻を付いた。終わった、そう意識した瞬間、足の力が抜けた。おや、と思う前に尻餅を付いた。そうか、思えば、こんなに本気を出したのは、随分と久しぶりのような気がした。コンクリートの塀にもたれ掛かり、地面に突っ伏したまま動かない渡瀬を見る。確か、山茶花はこんなことを言っていた。
『渡瀬さんは、とんでもない怪力の持ち主だ。それを知っている人間は少ないけれど、知っている人たちからは、裏で“タイラント”なんて呼ばれているらしいよ。』
タイラント・・・、俺が聞き覚えあるのは、“暴君”って意味と、後は昔流行ったテレビゲームに登場するモンスターの名前ぐらいだ。間違いなく、由来は後者だろう。名付けた奴は、本当に良いセンスをしている。この女の力は、まさにモンスター級だった。
「痛ってぇな、クソ・・・!もう、どこが痛ぇのかも分かんねぇよ・・・。マジで、骨が何本かやられてるのかも知んねぇな・・・。こんな化け物に好かれるたぁ、お前は本当に、運がないな、えぇ、山茶花よ・・・。」