姫咲向日葵 その4
放課後になり、全校生徒が下校したことを確認してから、蒲公英の住むアパートに
真っ直ぐ帰宅した。
蒲公英の両親は彼女が幼い頃に亡くなっており、彼女は一人暮らしだ。
また、私はとある理由で両親から疎まれていて、非常に自宅に帰りづらくなってしまっているために、蒲公英の部屋に居候させてもらっている。
やや錆び付いた鉄の階段を上がり、203号室のドアノブを回した。
扉を開けると、美味しそうな香りが私を出迎えてくれた。
「ただいま。この臭いはシチューかしら?」
玄関の横の台所では、エプロンを身に付けた蒲公英が鍋の中身をかき混ぜていた。
タンポポのアップリケが縫い付けられたエプロンは、彼女によく似合っていた。
「そう、大正解。ご都合主義的にシチューの材料が安売りしてたから。」
「ご都合主義って・・・。」
私は苦笑いしながら靴を脱いだ。居間に鞄と学ランを置き、普段着に着替えた。
「昨日、寝る前にシチューが食べたいって言ってたじゃない?」
蒲公英がシチューを混ぜながら話す。私はお世辞にも料理が上手いとは言えないので、居間でくつろがせてもらっている。
「あら、聞いてたの?寝てると思ってたわ。」
「最近はよくやっているみたいだから。まあ、ささやかなご褒美ってところね。」
私は不良だが、礼儀には人一倍厳しいと自負している。
なので、照れながらもお礼は欠かさない。
「蒲公英、ありがとう。」
鍋を居間に運んできた蒲公英は、少しだけ驚いた表情を浮かべた後、
これまた少しだけ微笑んだ。
「素直なことはいいことよ。さあ、お皿を出して?夕飯にしましょう。」
立ち上がり、台所の食器棚へと向かう。私が皿を出していると、
蒲公英が話し掛けてきた。
「麻雀部の“渡瀬”って生徒、知ってる?」
「渡瀬?いいえ、知らないわ。」
卓袱台に皿とスプーンを置き、蒲公英の向かいに座る。
「麻雀部部長、2年A組“渡瀬秋桜”。」
「コスモス、ね・・・。可愛らしい名前じゃない、清純派アイドルみたいで。
名付けた親御さんのセンス、素敵だわ。」
シチューの注がれた皿を受取りながら答えると、「真面目な話よ。」と諌められた。
「公にはされていないけど、最近、彼女の飲んでいた紅茶に少量のアルコールが
混入された事件が起こったわ。」
「アルコール、てことはお酒?部員の悪戯じゃないの?まあ、確かに問題だけど。」
これに対して、蒲公英は首を横に振った。