風嵐侘助 その10
間髪入れずに、もう一回塀に叩きつけると、血が飛び散った。俺が手を離すと、渡瀬は膝から崩れ落ちた。指にまとわりつく髪の毛を払い、渡瀬を見た。意識は辛うじて保っているのだろう。壁伝いに立ち上がろうとしたが、バランスを崩し、俯せに倒れ込んでしまった。だが、まだ立ち上がろうとしている。なんとも図太い女だ。ますます気に入らない。
突然の出来事に唖然としていた雷桐だったが、漸く口を開いた。
「おい、やりすぎだ!相手は女の子だぞ!?顔に傷でも残ったら・・・!」
雷桐の声は、僅かながら怒気を帯びていた。何フェミニスト気取ってんだ。俺は笑いながら、横たわる渡瀬の頭を踏み付けた。
「ハハッ、何言ってやがる。傷が残るようにやってんだよ。こういう馬鹿にはなぁ、口にして良いことと、悪いことの区別を体に教え込まねぇとダメなんだよ。徹底的に痛めつけて、傷跡を残しておけばな、良い教訓になる。何か言おうとする度に、傷跡が疼くんだ。果たして、これから言うことは良いことか、それとも悪いことか。それを判断するようになる。おい、起きてるか、渡瀬。良い勉強になったなぁ?きちんと復習しとけよ?」
まだ、終わんねぇけどな、俺はそう付け加えて、渡瀬の体を蹴り上げた。体が勢い良くひっくり返り、仰向けになる。目が虚ろだ、どうやら、まだ意識が回復していないのかも知れない。なら、起こしてやるか。俺はしゃがみ込み、渡瀬の耳元で囁いた。
「・・・よう、知ってるか?山茶花も、ハウンドのメンバーだぜ。」
言い終わると同時に、今まで半開きだった目が一気に見開かれ、凄まじい力で胸ぐらを掴まれた。俺を引き込むのと同時に自らも体を起こし、俺に頭突きをかましてきた。渡瀬の血が、俺の顔を伝う。
「・・・て、適当なことを、言わないでくれるかな?・・・殺すよ?」
「あぁ?死に掛けてんのはどっちだ?自分の面ァ鏡で拝んでから言えよ、雑魚。」
俺は渡瀬の腕を強引に引き剥がし、立ち上がって数歩ほど退がった。それから、一連の動きを黙って見ていた雷桐に、先に進むよう促した。
「そうは言うが、どこに行けばいいんだ?」
「知るかよ。とりあえず、いつもオルトロスのメンバーが集まる場所にでも行ってみりゃいいんじゃねぇの?そこがダメなら、後は自力だな。」
「・・・なるほど、あの廃工場か。可能性はゼロじゃないな。で、お前はその子に何をするつもりだ?殺してしまいそうで不安なんだがな。」
「ハハハッ、分かんねぇぜ?逆に、俺が殺されちまうかもな。そん時は、香典は多めに包めよ?そうだな、最低でも10は用意しとけよ?」
雷桐は、俺との会話中、終始険しい表情だったが、俺が軽口を叩くと、顔を綻ばせた。もしかしたら、幾分か俺が落ち着いてきているのを感じ取ったのかもしれない。
「それは、あまり笑えない冗談だな。貧乏人の身に10は辛いからな。」
そう言って、雷桐は路地の先に駆けていった。その背中を見送り、見えなくなってから、俺は渡瀬に向かって話しかけた。