風嵐侘助 その9
俺と雷桐、渡瀬はアパートを後にした。
「風嵐くん、だよね?成績優秀だけど顔が怖い不良の風嵐侘助くん。言っておくけど、私、君のことが嫌いなんだよね。山茶花くんのお友達みたいだけど、君みたいな不良風情が彼の周りをうろちょろ飛び回ってるのは気に食わないんだ。」
先頭を歩く渡瀬が、こっちを振り向きもせずに言った。こめかみの血管がヒクつく。落ち着け、相手はたかが女だ。クールにいこうぜ。
「へぇ、そうかい、奇遇だな。俺もテメェみたいな、人を見掛けで判断してくる女が嫌いなんだよ。そんな奴に出会っただけで吐き気がしやがるのに、それが、いきなり殴りかかってきて、更に喧嘩まで売ってきやがった日には、もう腸が煮えくり返るどころの騒ぎじゃあ済まねぇのさ。」
腹の中を、何やら得体の知れないものが這いずり回っている。怒りで脳みそが沸騰して、ドロドロに熔けているのかも知れない。まるで抑えが効かないのだ。自分でも気付かないうちに、拳を握り、振り被りそうになる。それを堪え、クールになれと自分を諌める。
「・・・相手は女の子だ、しかも同級生だろう。今は我慢しろ。」
俺の様子に気付いた雷桐が、俺の肩を軽く叩いて、耳元で囁いた。諭すような口調で、幾分か心のザワつきは収まったように感じたが、またすぐに何かが腹の中で蠢いた。
雷桐の言うことも充分に理解している。女に手を上げるような、器量の小さい男になったつもりはない。だが、単にこの女が気に入らないだけで、ここまでキレたりはしない。俺の心を無神経に揺さぶっているのは、この女の目だ。こいつは、俺を、まるで害虫を見るような目で見てきたのだ。おそらく、こいつの中では、俺を殴り殺すのは、ゴキブリを叩き潰すのと大差ないのだろう。
落ち着くために、今の状況を考えてみた。何処に向かっているのかは分からないが、路地を進んでいる以上、人の目につかない場所を目指しているのは明らかだ。よし、幾分かは落ち着いてきた、そう思った時だった。渡瀬が、唐突に口を開いた。
「・・・隠密治安維持部、通称“ハウンド”。校内で起こる荒事を秘密裏に処理する学園の暗部、執行部の対となる存在。ご大層な役目を背負っているようだけど、聞けば、メンバーのほとんどが君みたいな異端者らしいね。・・・ああ、なるほど、そう考えてみれば、君たちがハウンドに集められたのは必然だったわけだ。“毒を以て毒を制す”ってやつ。」
それを聞いた瞬間、頭の中で張り詰めていた糸がプツンと切れた。俺だけなら構わない、だが、百合さんや鈴蘭さん、それに宮流璃まで毒呼ばわりされたのには、耐えられなかった。もう、一切合切磨り潰してやろう。そう決めた。
渡瀬の髪の毛を鷲掴みにして後ろに引いた。俺の突然の行動に、雷桐の動きが止まった。渡瀬の顔を覗き込むと、驚愕の色に染まっていた。何が起こっているのか理解が追いついていない、そんな感じだった。おそらく、いきなり仕掛けてはこないだろうと高を括っていたのだろう。そんなもん、知るかよ。俺は勢いを付けて、そのまま渡瀬の頭を、コンクリートの塀に叩きつけた。短い呻き声が聞こえ、渡瀬の体から力が抜けていく。頭を塀から引き剥がすと、血の跡がべったりと塀に残っており、額から流れ出した鮮血は、顔面を伝い、そのまま地面に滴り落ちた。
「おい、この程度で済むと思うなよ、クソ女。二度と表を出歩けないようになるまで痛めつけてやるよ。死んでたほうがマシだった、って思うくらいにな。」