崩焔寺鈴蘭 その9
「大きなモノ、ですか・・・?」
その、ひどく抽象的な表現に、私は首を捻った。
「そう、大きなモノだ。事象、意思、様々な事柄を意のままに操るモノだ。」
「まさか、そんなオカルト・・・!さっきまで思想的かつ哲学的な話を展開していたくせに、ここにきて急にSFですか?」
「オカルトではない、とは言えない。だが、根拠はある。例えば、少し前に首相が変わっただろう?革新的な政策を打ち出すわけでもなく、彼が政権を握ってから何か変わったかと問われれば、何も言えない。だが、少なくとも、今までの首相よりは強い意欲があった。この国を変えてみせるという気概が見えた。しかし、彼は解任された。」
副会長はそこから黙ったが、私には何故だか分かるか、と尋ねられているような気がした。もしかしたら、小休止しているだけかも知れないが、とりあえず答えてみた。
「・・・彼の弟が国際テロ組織に加担していたこと、親しかった議員のスキャンダルなどが国民の不信感を招き、彼が様々なルートで資金を掻き集めて私腹を肥やしているという疑惑が決定打となり、各地でデモ行為が頻発。議事堂に火炎瓶が投げ込まれたこともありましたね。とにかく、そう言った諸々の責任をとって退任・・・。」
「その通りだ。絶望した彼は自室にて自殺。殺し屋に始末されたなどと、奇天烈なことを言っている輩も居るようだが、死んだことに変わりはない。だが、後日、彼自身には全く非がなかったことが判明した。そこいらの政治家よりも清廉潔白で、余程の熱意があった彼は、マスコミと、不確かな情報に踊らされた国民に殺された。なんて理不尽な世の中だ、国の未来を国民自身が潰しているではないか、そう思った。」
彼の言うとおりだ。あの件に関しては、私も腹が立った。自殺した元首相を、マスコミはさらに糾弾した。「死んで許される罪ではない」、国民はおろか、見識ある評論家たちでさえ、声を揃えて死者に対し罵詈雑言を投げ掛けた。ところが、元首相が全くの無実であったことが分かった瞬間、それらは一気に沈静化した。今までのことが、まるでなかったことにされたかのように報道されなくなり、評論家たちは、次に誰が政権を握るのかを議論していた。報道特番にて、残された元首相の遺族は悲しみと怒りを露わにし、マスコミに詰め寄るシーンが撮影されていたが、誰一人として謝罪はしなかった。それどころか、無実を認めず、彼を罵倒する声さえ聞こえた。曖昧になった責任の所在、つまり、誰が彼を追い込んだかすら分からないまま、遺族はやり場のない怒りを抱えて生きていくのだろうかと、私は遣る瀬無い気分になったことを覚えている。
「しかし、こうも思った。考えてみれば、これほどの要素がほぼ同時に集まること自体が不自然なのだ。まるで、彼が退任することが既に決定していたような、小説のようにオチに向かって小気味よく展開していくような流れが、そこには感じられた。で、俺は悟った。彼は、そうなることが決まっていた。周囲で起こった事象、彼を取り巻く歯車が噛み合い、終結へと彼を導いた。」