崩焔寺鈴蘭 その7
ふと目を覚ますと、私は見知らぬ場所に居た。立ち上がろうとしたが、何故か身動きが取れない。それで漸く、私がドラム缶にロープで縛り付けられていることを理解した。頭がはっきりしない。ある一点からの記憶がごっそりと抜け落ちてしまったかのように曖昧なのだ。微かに残っていたのは、あの大男、御原の間延びした声だった。朧げだった記憶がだんだんと鮮明に蘇ってくる。あの時・・・。
「・・・そうでした、あの大男に・・・。」
自分が一番弱いと指摘され、頭に血が登った。カッとなって飛び出してすぐ、それが御原の挑発であることに気付いたのだが、もう遅かった。一度動いてしまえば、自分でも簡単に止めることは出来ない。勢いをそのままに、御原に飛び蹴りを繰り出したが、彼はその大柄な見掛けに似合わず素早くて、これは避けられてしまった。着地と同時に振り返ると、御原の拳が眼前に迫っていた。慌てて横に転がり、拳を回避する。
「ちょっと、女の子に手を上げるとは何事ですか!?殴るにしても、グーはないでしょう、グーは!せめてビンタにして下さいよ!」
「先に仕掛けてきておいて、よく言う。それに、可愛らしい声のくせして、中身はとんだ怪物じゃないか。すっかり油断させられた。」
油断してた?まったく、ご冗談を。拳を振り下ろす瞬間のあの目、あれは本気だった。私は立ち上がり、服に付いた砂埃を叩き落した。軽く息を吐き、御原を見据える。軽口を叩いてはみたものの、状況はかなりヤバい。多分、と言うか、確実に山茶花ちゃんは役に立たない。ふと山茶花ちゃんを見ると、彼は既に地面に座り込んで観戦に徹している。
「先輩、頑張ってください!因みに僕は降参しますので、後は頼みます。」
彼は何時の間に作ったのか、木の枝に白い布を巻き付けただけの白旗を振りながら、私にそう言った。その姿がとても滑稽で、緊迫した状況であるにもかかわらず、私は思わず吹き出してしまった。緊張が解れ、体がさっきよりも軽くなったように感じた。
「まぁ、やれるところまでやってみましょうか。これって、アニメなら、覚醒フラグってやつですよね?」
そう言ったところで、私の意識がブラックアウトした。
「・・・なるほど、所詮、アニメはアニメだったってわけですか・・・。」
「いや、倒れる寸前のあの声は、アニメさながらだった。キューってなぁ。」
声の方を向くと、御原がボロボロのソファに腰掛けていた。手には読みかけの文庫本があり、見たことのないタイトルの小説だった。
「先輩、あれはさすがにカッコ悪かったですよ?フォローのしようがありません。」
背後から山茶花ちゃんの声がした。どうやら、ドラム缶の真裏に、私と同じように縛り付けられているらしかった。